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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第九章

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第113話 プール③ —同級生との対峙と、お姫様の乱入—

「その手を離せよ——田畑」

「っ……」


 翔が指先に少しだけ力を込めると、田畑は小さく息を呑み、女性を解放した。

 怯えた表情の二人組を背中に隠し、翔は田畑と向かい合った。


 心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝う感覚がある。

 けれど、不思議と足は震えていなかった。

 田畑の仲間らしき三人が、怪訝そうな目でこちらを見ている。


「おい、田畑。こいつ、誰?」

「……中学ん時の同級生だよ」


 田畑は舌打ちしながら答え、舐めるように翔の全身を観察した。


「なにお前、筋トレでもしてんの?」

「まあ、一応」

「へぇ、まさか高校デビューってやつか?」

「別にそういうわけじゃないけど。というか、相手が嫌がってるんだから、大人しく引けよ」

「っ……生意気な口を聞くようになったじゃねーか。中学ん時は、ビビって俺から逃げ回ってたくせに」


 お前がしつこく絡んでくるからだろ——。

 翔は喉から出かかった反論をぐっと飲み込んだ。


 それを怯えていると勘違いしたのか、田畑はニヤリと口の端を吊り上げた。


「そういえば、聞いたぜ。お前、赤月にフラれたんだってなぁ」

「なに、こいつ、こんなヒーローよろしく登場して傷心中?」


 ここぞとばかりに、仲間の一人が口を挟み、翔に嘲笑を向けた。

 田畑は満足そうにうなずいて、


「らしいぜ。しかも、そいつとだって幼馴染だから付き合えてただけだしな。釣り合わねーってみんなから言われてたのに調子乗ってたから、勘違いすんなって優しく教えてやったら、こいつもうビビり散らかしちゃってさ!」

「はっ、そりゃ、フラれて当然だわ!」


 翔はそっと拳を握りしめた。

 爪が掌に食い込む痛みが、冷静さを保たせてくれる。


(……ここは、我慢だ)


 向こうが勝手に盛り上がってくれるのなら、むしろ好都合だ。

 騒ぎを聞きつけた警備員が来るまで、刺激しないことだけを意識していればいい。


「あ、それで筋トレ始めたんじゃね? 筋肉さえあればモテる、みたいなの信じちゃってさ」

「うわ、ありそ〜」

「それで正義のヒーロー気取りで乗り込んできちゃったってか? ——妄想はシコってるときだけにしろよ!」


 田畑が得意げに言い放つと、どっと他の三人が沸いた。

 小学校のとき、教室で大声で下ネタを連呼する男子がクラスに一人はいたが、たまたまそれが四人も同じ高校に集まってしまったのだろうか。


「あー、笑った……つーかお前、もしかして一人?」

「いや、友達と来てるけど」

「ふーん。そいつら、どこだよ?」

「今は別行動してる」


 翔が答えると、四人は顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出した。


「やばっ、こいつ邪魔者扱いされてんじゃん!」

「男にまで嫌われてんのかよ!」

「空気読めなくて置いていかれたんだろ!」


 別に、男だけで来ているとは言っていない。

 だが、訂正する必要も感じなかった。


 ここで「女の子と来ている」と言えば、彼らの興味がそちらに向くのは明白だ。

 自分のちっぽけなプライドのために、彩花を巻き込むわけにはいかない。


 翔が、彩花のほうに向けそうになった視線を戻したところで、


「草薙君。お待たせ」


 聞き覚えのある声が、背後から飛んできた。


「……えっ?」


 翔の喉から、間の抜けた声が漏れた。

 ——彩花が、手を振りながら駆け寄ってきていた。


「この人たち、誰? 知り合い?」


 彼女は翔の隣に並ぶと、田畑たちを見上げて小首を傾げた。


「ああ、いや……一人が中学の同級生で」

「へぇ、そうなんだ。はじめまして。草薙君の彼女です」

「「——はっ⁉︎」」


 翔と田畑の声が重なった。


「え……彼女?」

「こんな子が? はっ?」


 田畑たちがざわつく中、翔は彩花の横顔を盗み見た。

 彼女は涼しい顔で田畑たちを見返していたが、その口元には、わずかに意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。


(……声、聞こえてたのか)


 彩花が乗り込んできた理由を悟り、翔は小さく息を吐いた。

 嬉しさと、申し訳なさが同時に込み上げてくる。


「い、いやいや、嘘だろ。本当に付き合ってんのかよ?」


 田畑が疑わしげな目で二人を交互に見る。


「うん。わざわざ嘘つく理由なんてないでしょ?」

「っ……いや、弱みでも握られてる可能性とかあるし」

「た、確かに! こいつに脅されてんじゃねーのか?」


 田畑たちが再び勢いづいた。


「そんなわけないでしょ」


 彩花が眉を寄せてそう言い返しながら、翔の腕をとった。

 ぎゅっと抱き込むように密着してきて、翔の心臓が跳ねた。


「っ……」


 柔らかい感触と、ほのかに香る甘い匂い。

 翔は視線を泳がせながら、横目で彩花を窺った。


 彼女の耳は真っ赤だった。けれど、離れる気配はない。覚悟を決めているようだ。

 ならば、翔も流れに乗るしかない。


「……これでわかっただろ?」


 翔は努めて平静を装いながら、田畑を見据えた。

 彼は唇を噛み、悔しそうに顔を歪めている。


 馬鹿にしていた相手にこんな可愛い彼女がいたなど、簡単に認められることではないだろう。

 実際には付き合っていないのだから、認める必要もないのだが。


「れ、レンタル彼女じゃねーの? 今そういうのあるらしいじゃん」


 仲間の一人が食い下がる。

 翔はふっと息を吐いて、


「あいにく、存在しか知らないよ。——知る必要もないしな」


 そう言いながら、彩花の腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。

 半ばヤケクソだった。パーカー越しでも、その柔らかくも弾力のある腰の感触と体温が伝わってきた。


「ひゃっ……⁉︎」


 彩花が可愛らしい悲鳴を上げ、肩が大きく跳ねた。


「「「っ……」」」


 田畑たちの表情が、さらに険しくなる。

 そして、田畑が口を開こうとした瞬間、


「——こら、君たち!」


 野太い声とともに、制服姿の警備員が駆け寄ってきた。


「女性が絡まれていると通報があったんだが」


 鋭い視線が、翔と田畑たちを行き来する。

 すかさず、後ろにいた女性二人組が声を上げた。


「あ、あの! 彼が私たちを守ってくれたんです!」

「そうです! あっちの人たちにしつこくされて困ってて……」


 女性たちが田畑たちを指差す。

 警備員の表情が一段と厳しくなり、田畑たちに向き直った。


「君たち、ちょっと話を聞かせてもらえるか?」

「は? べ、別に俺ら、なんもしてねーし」

「そうだよ。ナンパくらい普通だろ」


 田畑たちは気丈に言い返すが、その声はわずかに震えていた。

 警備員はふぅ、と息を吐き出した。


「相手が嫌がっているなら、それは迷惑行為になるんだよ。次やったら退場処分だからね」


 そう言い残して、警備員はその場を離れたが、所定の椅子に座ると、厳しい目線でこちらを監視している。


「……チッ」


 田畑はポケットに手を突っ込みながら舌打ちした。

 仲間の一人が、落ち着かなさそうに周囲を見回しながら声を上げた。


「おい、行こうぜ。なんかもうシラけたわ」

「つーか、わざわざこんな面倒なやつに構う必要もねーだろ。女なんて他にいくらでもいるし」

「それな——精々カッコつけてろよ、草薙」


 田畑は翔を一瞥してそう吐き捨てると、そのまま他の三人とともに、人混みの中へと消えていった。

 その背中を見送りながら、翔はようやく肩の力を抜いた。


 ——と同時に、隣の彩花に向き直る。


「双葉、なんで来たんだよ?」


 その声は、自分でも驚くほど低かった。

 彩花がびくりと肩を震わせ、身を縮こまらせる。


「だ、だって……」

「だってじゃない。待っててって言っただろ? 変に逆恨みされて、双葉に何かあったらどうするんだよ」

「それは……」


 彩花は視線を落とし、唇をきゅっと結んだ。

 パーカーの裾を、指先がぎゅっと握りしめている。


「あの、あんまり彼女さんを責めないであげてくださいっ」


 不意に、女性二人組の一人が声を上げた。


「目の前で好きな人がバカにされたら、私も咄嗟に言い返しちゃうと思いますし……」

「そうそう。あくまで彼氏さんを想っての行動だったんですよ」


 もう一人も、優しい目で彩花を見ながらうなずいた。


「えっ、あ、その……」


 彩花が顔を上げ、ぱくぱくと口を動かした。

 ただ、言葉は出てこなかった。


「……そうですね」


 翔は頭を掻き、ため息を吐いた。

 そもそも恋人じゃないと否定するのはややこしいし、そこは重要ではないだろう。

 彩花が翔のために行動してくれたのは事実だ。


「ごめん、双葉。言いすぎた」

「ううん。私のほうこそ、勝手なことしてごめんなさい」


 彩花はぺこりと頭を下げると、困ったように笑った。

 翔は女性たちに向き直り、頭を下げた。


「こちらのゴタゴタに付き合わせてしまって、すみません」

「いえ、とんでもないです! 助けていただいて、ありがとうございました」

「あのまま絡まれ続けてたら、どうなってたか……本当に助かりました」


 二人は顔を見合わせてから、翔に深々と頭を下げた。


「大したことはしてないですよ。警備員さんが来てくれたおかげですし」

「いいえ、あなたが止めに入ってくれなかったら、もっと大変なことになってましたよ」


 女性の一人がそう言って、ふと彩花のほうを見た。


「——素敵な彼氏さんですね」

「っ……!」


 彩花の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「ふふ。それじゃあ、お世話になりました」

「このあとも楽しんでくださいね」


 女性二人組は、その反応を見てくすっと笑い、最後に軽く会釈をして去っていった。

第114話は「プール④ —それぞれの過去—」です!

翔君と彩花さん。それぞれが中学時代について話しますが、その流れで彩花さんが口を滑らせかけて——

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