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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第九章

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第111話 プール① —琴葉の囁き—

「お待たせー!」


 入道雲が空に高く伸びる夏真っ盛り。

 更衣室の前で待っていた翔と潤の元に、弾むような声が届いた。琴葉だ。


 腕をぶんぶん振りながら小走りで近づいてくる彼女は、黒を基調とした大人っぽいデザインの水着をつけていた。

 腹筋が割れているわけではないが、スラッとした肢体は、野球部のマネージャーとして活動している賜物だろうか。


「おっ、似合ってんじゃん」

「へへ、ありがと。潤もかっこいいよ」

「おうよ!」


 潤がニカっと白い歯を見せた。

 琴葉はくすっと笑みを漏らしたが、翔に視線を向けると、ぴたりと動きを止めた。その瞳が真ん丸に見開かれた。


「……翔、なんか筋肉すごくない?」

「俺も更衣室で見たときはびっくりしたぜ。脱いだらすごいタイプだったとはなー」

「まあ、最近ジムに通ってるからな」


 潤にバシバシと背中を叩かれ、翔は肩をすくめた。

 努力の成果を驚かれるのは悪い気分ではない。


「にしても、なかなかすごいよ。ね、彩花?」


 琴葉がくるりと彩花のほうを向いた。


「え、あ、うん……そうだね」


 彩花は視線を泳がせ、曖昧な笑みを浮かべた。

 どこか、心ここに在らずという口調だ。その目線は翔のほうを向こうとしない。


「あれ、あんまり驚いてないね。あ——もしかして、もう何回も見てるのかなぁ?」

「そ、そんなことないよっ!」


 彩花の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。

 琴葉はその反応を見て、「くぅ……!」と胸を押さえてしゃがみ込んだ。


(……半分くらいは正解なんだよな)


 琴葉は間違いなく変なニュアンスを含ませているが、「何回も見ている」こと自体は事実だ。

 彩花には筋トレの成果をチェックしてもらっているのだから。

 とはいえ、正直に話して潤と琴葉に餌を与えるつもりはない。


「琴葉。目立つからやめてくれ」


 翔はため息混じりに声をかけた。

 ただでさえ翔以外は目立つ容姿なのに、美少女が不可解な動きを見せれば、注目が集まるのは当然だ。


「いやぁ、やっぱり彩花はかわいいねぇ」


 琴葉は悪びれもなく立ち上がったが、ふと自分のお腹のあたりを手で覆った。


「でも、私だけお腹の筋が見えないから、なんか恥ずかしいな」


 そう言いながら、ちらっと彩花に視線を向けた。


(……琴葉だけ、なのか)


 翔は思わず彩花を見た。

 彼女はビキニの上に、白い薄手のパーカーを羽織り、前のファスナーを一番上まで閉めていた。


「あれ、翔。この下が気になるの?」


 琴葉がいたずらっぽく目を細め、不意に彩花のパーカーのファスナーに指をかけた。


「ちょ、琴葉⁉︎」


 彩花が慌てて琴葉の手首を掴んだ。


「えー、せっかくかわいい水着なのに、お披露目しないのはもったいないよ?」

「それとこれとは別なのっ!」


 彩花は耳まで赤くしながら、琴葉の手をぺしぺしと叩いた。

 本気で怒っているというよりは、照れ隠しの抵抗に近い。


 琴葉のほうも、よく見ると指先に力は入っていない。彩花の反応を楽しんでいるだけのようだ。

 とはいえ、これ以上は彩花も嫌がるだろう。


「変態オヤジみたいな絡み方すんな。格好なんて人それぞれだろ」


 本人が見せたくないのなら、間違っても強要するものではない。

 翔が呆れを滲ませながら口を挟むと、琴葉も「まあね」とあっさり彩花を解放した。


「じゃ、そろそろ行こうか」

「おうよ」


 琴葉が潤の腕にそっと手を添え、潤も微笑んでうなずいた。

 公共の場ということもあってかいつもよりは控えめだが、二人の間にはピンク色のオーラが見えるようだった。


「っ……」


 彩花がビクッと肩を跳ねさせ、自分の腕を抱くようにして縮こまった。

 相変わらず、他人のイチャイチャに対する耐性が著しく低い。


「俺たちも行こうぜ」

「う、うん」


 彩花は歩き出しつつ、きょろきょろと所在なさげに周囲を見回している。

 最も肌の露出を抑えているのに、最も落ち着かない様子だ。


「そういえばさ、双葉」

「な、なに?」

「今更だけど、大丈夫なのか? 男で上を着てる人、ほとんどいないけど」


 翔一人の筋トレチェックで未だにオロオロしている彩花にとっては、上裸の男性が多いプールは精神的にキツいのではないか。

 翔はふと心配になったが、彩花はこくんと首を縦に振った。


「うん、大丈夫。……その、知らない人たちばっかりだから」

「なるほど」


 一応は納得できる理由だ。

 ただ、彩花は先程、潤には普通に視線を向けていた気がする。


(……いや、別にいいけど)


 自分だけ仲間外れだ、なんて言い出すのは子供みたいだ。

 翔は小さく息をついて、その考えを頭の隅に追いやった。




◇ ◇ ◇




 まずは流れるプールで軽く体を慣らしてから、ウォータースライダーへ向かった。

 待ち列に並んでいる間も、潤と琴葉は楽しそうに会話を弾ませている。


 一方、彩花は少し緊張した面持ちで、翔の斜め後ろに佇んでいた。

 文武両道を地で行く彼女だが、意外なことに水は少し苦手らしい。


「大丈夫か? 怖かったらやめておくか?」

「ううん、平気」


 彩花は首を横に振るが、その拳はそっと握られていた。


 やがて、翔たちの順番が来た。

 翔は先に二人乗りのボートに乗り込むと、少し躊躇ってから、彩花に手を差し伸べた。


「双葉——ほら」

「う、うん……」


 彩花が伏し目がちに翔の手を取り、そっとボートに足を踏み入れた。

 柄にもないことだとはわかっていたが、一応は男女で来ているのだ。このくらいのエスコートは許されるだろう。


「それでは、行ってらっしゃいー」


 係員に押され、ボートが滑り出す。


「きゃっ……!」


 水しぶきと共に彩花の悲鳴が上がった。


(やっぱり、止めておくべきだったか?)


 ボートの縁に掴まる姿を見て、翔の脳裏を後悔がかすめた。

 しかし、コースの終盤に差し掛かるころには、楽しさが恐怖を上回り始めたのか、彩花の表情には笑顔が咲いていた。


「はぁ、ドキドキしたね……!」


 ボートから降りると、彩花は上気した顔で、興奮気味に翔を見上げた。

 濡れた髪が頬に張り付き、パーカーが肌に吸い付いている。


「っ……」


 その無防備な姿に、翔は思わずドキリとした。


「おい、もう一回乗ろーぜ!」


 潤が興奮気味にスライダーの頂上を指差し、その場に笑いが広がる。

 その間に、翔も一息つくことができた。


「潤、ナイスだ」

「おっ、翔ももう一回乗りたかったのか?」

「いや……うん、そういうことでいいよ」




◇ ◇ ◇




「じゃ、せっかく男女二対二で来てるんだし、ここからは別行動しよっか」


 一通り遊び尽くして休憩していると、琴葉がパンと手を叩いた。

 それに呼応するように、潤が琴葉の背中をそっと押した。


「俺たち、ちょっとあっち行ってるなー」

「えっ?」


 翔が声を上げる間もなく、二人は踵を返した。


(いや、まあ、あいつらも二人で遊びたいか)


 翔は腰を浮かせかけたが、途中で動きを止めた。

 去り際に、琴葉が彩花に何かを手渡した。


「これ、二つ持ってきたから使って」

「あ、うん……ありがと」


 どうやら、ボート型の浮き輪のようだ。


「それと——」

「——っ⁉︎」


 琴葉が彩花の耳元に顔を寄せ、何かを囁いた瞬間、彩花がボッと音が出そうなほど赤面した。


「それじゃ、またね〜」


 琴葉はニヤニヤしながら潤の元へと駆け寄った。

 二人は人混みに紛れ、すぐにその姿は見えなくなった。


 彩花は恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、上着の裾をキュッと握りしめている。


「……双葉、大丈夫か?」

「あっ、えっと、その……お、お花摘んでくる!」


 彩花は浮き輪を翔に押し付けると、慌てた様子でトイレのほうへと駆けていった。


(……漏れそうだったのか?)


 いや、それなら普通に行けばいいはずだ。

 翔は手渡された浮き輪と、彩花の後ろ姿を交互に見比べ、首を傾げた。




◇ ◇ ◇




「お、お待たせ……」

「——えっ?」


 しばらくして戻ってきた彩花を見て、翔は時が止まったような感覚に陥った。

 ——彼女は羽織っていたパーカーを脱ぎ、水着姿になっていた。


 身につけているのは、白を基調としたフリルのついたビキニだった。

 きゅっと引き締まったくびれには健康的なラインが走り、腹部にはうっすら縦線が浮かんでいる。


 思わず「お姫様」と呼んでしまいそうな、可憐さと華やかさを兼ね備えた少女が、そこにはいた。

 白く輝く肌が、夏の日差しを浴びて眩しい。


「……草薙君?」

「あっ、わ、悪いっ! その……すごい、似合ってると思う」

「ほんとっ?」


 不安げな表情を浮かべていた彩花が、パァっと顔を輝かせた。

 彼女は息を吐き出し、そっと胸元に手を添えた。


「よかった……。琴葉と買いに行ったときに、猛プッシュされたんだけどさ。ビキニなんて初めてだから、ちょっと不安だったんだ」

「その心配は無用だと思うぞ」


 現に、たまたま近くにいた大学生らしき男グループの面々が、彩花に熱い眼差しを送りながら、何やら言葉を交わしているようだ。

 翔は何気ない素振りで半歩にじり寄り、彩花との距離を詰めた。

 肩が、ちょうど大学生たちの視線を遮る角度に収まる。


「草薙君、どうしたの?」

「いや……なんでもない」


 大学生グループだけではない。

 男女問わず、周囲の人間の多くが彩花に注目していた。


 やっぱり隠していたほうがいいのではないか——。

 そんな考えが翔の頭をよぎるが、彩花もせっかくなら今の姿で遊びたいだろうし、それを止める権利は翔にはない。


 それでも、あれだけ恥ずかしがっていたにも関わらず、勇気を出して見せてくれたのだ。


(……せめて、悪い虫がつかないように見張っておかないとな)


 翔は二人きりのときは彩花のそばを離れないでおこうと、密かに心に決めた。

第112話は「プール② —お姫様がしがみついてきた—」です!

琴葉さんから借りた浮き輪で遊ぶことになった翔君と彩花さん。少しずつ慣れてきた彩花さんを見て、翔君のイタズラ心に火がつき——

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