表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第九章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/129

第110話 頬の柔らかさ

 翔が歌い終えると、採点が表示されるのを待たずに、彩花がストローに口をつけた。

 翔の歌唱中、彼女はずっと上の空だった。


「彩花、どうした?」


 翔が声をかけると、彩花はストローから口を離し、こちらに顔を向けた。

 躊躇うように視線を彷徨わせてから、彼女はゆっくりと口を開いた。


「さっきのことが、気になって」

「……さっきのこと?」

「誤魔化そうとしたでしょ、赤月さんのこと。——本当は何を考えてたの?」


 その声は静かだったが、どこか有無を言わせない響きがあった。

 下手に気を回したことで、かえって機嫌を損ねてしまったらしい。


「そんな大したことじゃないんだけどさ……あいつ、大丈夫かなって」


 彩花の眉間にぐっとシワが寄った。


「……翔君が心配する必要はないと思うけど。それこそ、桐生君あたりが寄り添うべきだし」

「そうだけどさ。あれだけ荒れてるのは、やっぱりちょっと変だろ」


 翔から見ても、翼は間違いなく優良物件だ。

 サッカー部でイケメンというステータスだけではなく、単純にいいやつだし、真剣に部活に打ち込むその姿は、同じく向上心を持つ香澄には合っているはず。


 そもそも、香澄は自ら翼を選んだのだから、そこに不満を覚えるとは思えない。


(ということは、翼以外に原因があるのかもしれないな)


 これ以上火の粉が飛んできてほしくないというのが翔の本音だが、気に掛かっているのも事実だった。


「確かに、付き合いの薄い私でも、最近の赤月さんはらしくない行動や言動が多いとは思うけど——私は草薙君のほうが心配だよ」

「えっ、俺? いや、もうあいつのことは引きずってないよ」


 そうでなければ、放っておいてくれ、などと言えるはずもない。


「そうじゃなくて、悪い女の人に引っかかりそうってこと。泣き落としとかされたら、どんなに酷いことされた相手でも、なんだかんだ助けちゃいそうだもん」

「それはないと思いたいけど……危なそうだったら、ビンタでもしてくれ」

「了解。——言質は取ったからね」


 彩花はそう言うなり、勢いよく手を振り上げた。


(う、嘘だろっ?)


 翔は反射的に目をつむった。

 しかし、痛みはやってこない。その代わりに、頬を引っ張られる感覚があった。


「……えっ?」


 彩花の人差し指と親指が、翔の頬を挟んでいた。

 痛くはない。

 けれど、触れられた場所から熱が広がっていくのは止められなかった。


「……危なそうだったらって、言わなかったか?」

「だって、危なそうなんだもん。普通は翔君の立場で、赤月さんのことを気遣ったりなんてしないからね」


 彩花は指を離すと、ふいっと顔を背けた。

 翔はポリポリと頭を掻きながら、苦笑を漏らした。


「一応は幼馴染だからな。いきなり意識の外に放り出すのは、ちょっと難しいよ」

「……定期的につねっておく必要がありそうだね」

「勘弁してくれ」


 慌てて両手を突き出し、こちらに伸ばされた彩花の指先をガードする。

 顔を触られるのは、頭ポンポンよりも破壊力が高いかもしれない。


 彩花はしばらくジト目を向けていたが、やがてふっと息を吐いた。


「ま、そういうところが翔君の良さでもあるんだけどさ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、彼女はおもむろにデンモクに手を伸ばした。

 迷いのない手つきで操作を始める。


 何か歌いたい曲でも思いついたのだろう。

 そう思って、翔がソファーに身をもたれかけさせると、ずいっとデンモクの画面が鼻先に現れた。


「ねぇ。せっかくだし、これ歌わない?」


 画面に表示されていたのは、前に潤たちと来たときに歌ったデュエット曲だった。


「お、いいじゃん。五分で二人とも歌えるの、お得だし」

「だからなんでそんなに華のない発想になるかなぁ」


 彩花が呆れたように笑いながら、曲を予約した。

 軽快なイントロが狭い室内に響き渡り、空気がふと軽くなる。


 彩花の横顔を伺うと、そこにはもう先程までの暗さはなかった。

 翔はマイクを握り直し、モニターに視線を固定した。


 潤と琴葉がいない分、前回よりもリラックスして歌えるだろう。

 ——そう思っていたのは、一緒に一番のサビを歌い終えるまでだった。


 間奏に入ると同時に、ふつりと糸が切れたように静寂が落ちた。

 スピーカーからは賑やかなメロディが流れているはずなのに、互いの呼吸音だけがやけに耳につく。


 翔は逃げるようにグラスに手を伸ばした。

 視界の端で、彩花も同じようにストローに口をつけているのが見えた。

 視線が一瞬交差したが、すぐにお互い画面に目を戻した。


 その後も、なぜか息が微妙に合わないまま、曲は終わりを迎えた。

 二人揃って黙ったまま、採点画面を見つめる。

 表示された点数は、前回よりも低かった。


「……なんかさ」

「うん」

「なんだかんだで、盛り上げ役って必要だと思うんだ」

「そうだね」


 彩花も同じことを考えていたのか、照れたように笑った。

 採点画面が終了すると、歌唱中は薄暗くなっていた照明が、以前の柔らかな暖色を取り戻した。


 翔はストローをくわえ、妙に乾いていた口内を潤した。

 すると、横顔に視線が刺さる気配がした。

 ——彩花がじっと、翔の頬の辺りを見つめていた。


「えっと……どうした?」

「……翔君の頬、男の子なのにけっこうぷにぷにしてたなって」

「知るか」


 翔はぶっきらぼうに答え、顔を背けた。

 次の瞬間——


 ぷに、と頬をつままれた。


「っ……」


 翔は反射的にのけぞった。顔が一気に熱くなる。


「あれ、頬赤いよ? そんなに痛くしたつもりはなかったんだけどな」


 彩花はすっとぼけたように手をひらひらさせるが、その表情は活き活きしていた。


「……女の子のほうが柔らかいだろ」


 翔は半ば無意識に、彩花の頬をつまみ返していた。

 やられっぱなしは癪だった。


「っ……⁉︎」


 彩花はびくっと肩を震わせ、みるみるうちに赤くなって縮こまった。

 翔は手を離すと、半分以上残っていたジュースを一気に飲み干した。ふぅ、と息が漏れた。


「……外ではやるなよ。頭ポンポンも」

「や、やらないよ。誰にでもこんなことするって思われたら困るし……」


 彩花がグラスを両手で抱えながら、ゴニョゴニョと言葉をこぼした。

 それから、窺うように流し目を向けてくる。


「でも……外ではってことは、二人きりならやってもいいってこと?」

「さっきの空気感に耐えられるならな」

「……精神的に成長できそうではあるよね」

「ストイックを拗らせないでくれ」




◇ ◇ ◇




 カラオケ店を出ると、陽はだいぶ傾いていた。


「この時間になると、けっこう気温も下がるんだな」

「ね、ランニングとかしたら気持ちよさそう」

「確かに」


 翔は、前に一緒に走らないかと誘われていたことを思い出した。


(確か、彩花から言い出したよな、あれ……)


 それに、カラオケの誘いにも乗ってくれたのだ。

 きっと大丈夫だろう。


「……あのさ、双葉」

「ん?」

「筋トレだけじゃなくて有酸素運動もしたいし、ランニングマシーンよりも景色とか見ながら走りたいから、今度一緒に走らないか?」

「あ、いいね! やろうやろう」


 食い気味の返事に、翔はふっと肩の力を抜いた。

 彩花はビシッと人差し指を立てた。


「明日の今の時間帯とかどう?」

「明日は勉強会と筋トレじゃないか?」

「あ……そうだった」


 風船が萎むように、彩花の声がしゅん、と小さくなった。


「珍しいな。双葉が予定を忘れてるの」

「わ、私だって、全部覚えてるわけじゃないし」

「それもそうか」


 自分から誘った以上、積極的に予定を立てるべきだろう。

 翔はポケットからスマホを取り出し、カレンダーアプリを起動した。


「あっ」


 覗き込んできた彩花が、小さく声を漏らした。


「どうした?」

「ううん、その……名前にしてくれてるんだなって」


 彩花の白い指が、『彩花と筋トレ・勉強会』という欄を指差した。


「何回も見るものだからな。双葉のままだったら、またうっかり呼んじゃいそうな気がして。実際、さっきも呼んじゃったし」

「いい心がけだね。私も直しておいたよ」

「そうか」


 翔は、自分だけじゃなかったことに安堵すると同時に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「今度の文化祭準備の後とかにするか?」

「でもいいけど、いっそのこと、朝はどう?」

「あー、なるほど。確かに、朝も涼しいっちゃ涼しいもんな」


 むしろ、昼間の熱気が残る夕方よりも気温は低いかもしれない。


「うん。それに、何かの予定の後よりも、確実に時間が読めるし、朝のランニングは一回やってみたかったんだよね」

「生産性が上がるってどこかで聞いたな。朝活ってやつか」

「そうだね。しっかり二度揚げしておくよ」

「二度揚げ? ……ああ、朝カツか。たぶん、ランニングよりしんどいぞ」

「間違いない」


 彩花がけらけらと笑った。

 今日はしょうもない駄洒落が多い。ご機嫌なのはいいことだ。


「どうする? 早速明日、やってみるか?」

「うん」


 彩花は間髪入れずにうなずいた。

 夕陽に目を向けながら、ふとつぶやく。


「——楽しみだね」

「っ……そうだな」


 頬を撫でる風が、先程よりも冷たく感じられる。

 この短時間で急激に冷えたわけではないことは、翔自身が一番理解していた。


「……やっぱり、今から走るか」

「駅、すぐそこだけど」

第111話は「プール① —琴葉の囁き—」です!

二対二で別れるときに琴葉さんが彩花さんに何かを囁くと、彩花さんは真っ赤になり——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ