第11話 お姫様の弱音と、意味深なメッセージ
「気をつけて帰ってね」
「また来てねー!」
玄関で靴を履いている翔に、真美と弓弦から声がかかる。
「お邪魔しました」
彩花は何も言わないな、と思っていると、なぜか彼女も靴を履き出した。
「双葉、何してるんだ?」
「駅まで送るよ」
「えっ、いや、いいって。数分だし」
「方向音痴なんでしょ? 迷子になってから迎えに来てって言われても困るもん。それに、今後の日程も確認しておきたいし」
そう言いながら、彩花は翔よりも先に玄関を出た。
「……俺の信頼、無さすぎないか?」
「そ、そういうわけじゃないって。……ちょっと不安なのは事実だけど」
「そこはちゃんと否定しておけよ」
思わず眉を寄せると、彩花は小さくクスッと笑った。
その笑みに負けたような気がして、翔はため息をひとつ吐き、門をくぐって歩き出す。
「草薙君。逆だよ」
「っ……そういうボケだよ」
顔が一気に熱を帯び、逃げるように早足で歩く。
「ね? 着いてきて正解だったでしょ」
「……ひとりなら、ちゃんとスマホ見てたし」
「そっかそっか」
軽く流されて、余計に自分がムキになっていたことを思い知らされる。
頬の火照りを夕陽に責任転嫁して、翔は話題を切り替えた。
「それより、長居しちゃって悪かったな。ジムもプロテインもありがとう」
「ううん、むしろ助かったよ。ボール遊びもゲームも、私だとイマイチ盛り上げられないんだよね。性別違うと、どうしても遊び方が合わなくてさ」
彩花はそれまでのご機嫌な様子から一転、小さく息を吐きながら肩を落とした。
「本当は、草薙君に頼っちゃダメなんだろうけど……」
「なんでだ?」
「えっ?」
思わぬところで言葉を挟んだせいか、彩花が目を瞬かせる。
「人間、苦手なことのひとつやふたつは誰にでもあるんだから、別にいいだろ」
「でも、遊んであげるのは姉の責任だし」
「そんなふうに真剣に考えてる時点で、責任は十二分に果たしてると思うぞ。そうじゃなきゃ、弓弦からゲームしようなんて誘わないんじゃないか?」
「そう、かな……」
「そうだよ」
翔は断言した。ちょっと一緒に遊んだだけでも、弓弦が姉のことを大好きなのは伝わってきた。それは間違いなく、彩花の楽しませてあげたいという思いが届いているからだ。
やがて、彼女の横顔がわずかにやわらぎ、口元がほんのり弧を描く。
「そっか。なんか、ちょっと心軽くなったかも。ありがとう、草薙君」
「いや、俺もそういうこと言ってくれて嬉しいよ。サンキューな」
「えっ……あっ、うん」
目を丸くさせたあと、彩花はサッと視線を外し、わずかに早足になる。
(どうしたんだ?)
翔が首を傾げていると、彼女は数歩進んでから、くるりと向き直った。
「じゃあ、そっちも弱音言ってよね。私ばっかりじゃずるいから」
「ずるいってなんだよ。しかも、最初のほうに結構愚痴った気がするんだけど」
我ながら、情けない言葉ばかりだった。思い出すだけで、また顔が熱くなる。
「そうだけど、これからもってこと。プロデュースの方向性にも関わってくるんだから」
「安心してくれ。筋トレするたびに自然と弱音は漏れる」
「あっ、それは例外として無視するよ」
「おい」
軽口を交わすうちに、駅の明かりが見えてきた。
「それじゃ、送ってくれてありがとな。帰り、気をつけて」
「ありがと。また弓弦とも遊んであげてね」
そう言って親指を立てる彩花の表情は、すっかり明るくなっていた。
少しだけ、恩返しできただろうか。
「双葉も、ちょっとはゲーム上手くなっとけよ」
「次回、メニュー三倍ね」
「えっ⁉︎」
「冗談だよ」
「びっくりした……」
揶揄われるのは苦手でも、揶揄うのは得意なようだ。
男のプライドとして、せめてそこでは優位を取りたい。少し気を引き締める必要がありそうだ。
「じゃ、今度は明後日だな」
「筋トレはね。でも、明日会うでしょ?」
「えっ? ……あぁ、学校か」
「サボっちゃダメだよ」
彩花が怒ったようにほんのり眉を寄せ、指を突きつけてくる。
「わかってるって。じゃ、また明日な」
「うん、また明日」
——とは言っても、学校で話すことはないだろうけど。
駅の改札を抜けながら、翔は肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
「……何やってんの?」
翔が服をラックにかけようとして腕を震わせていると、花音がジト目を向けてくる。
「腕が上がらん……」
ゲームをしているときはアドレナリンでも出ていたのか、彩花と別れたあたりから、急激に疲労感が襲ってきたのだ。
「……お兄ちゃんの好きにすればいいけど、あんまり変な人と付き合わないほうがいいよ」
「イジメられてるわけじゃないから。筋トレしてただけだよ」
「えっ、女の子と?」
「成り行きでな」
「……セクハラ発言とかしてないよね」
「どこでそうなったんだよ。至って健全な関係だって」
「ホントかなぁ」
眉をひそめる花音の気持ちもわかる。逆の立場だったら、翔も間違いなく不審に思うし、強引に引き留めるかもしれない。
真美たちはよく許してくれたものだと思うし、その信頼は絶対に裏切るわけにはいかない。
(双葉、意外と距離感近いからな……)
そう苦笑していると、スマホが震えた。
「——えっ⁉︎」
画面を見た瞬間、思わず声が出る。
「お兄ちゃん、うるさい」
「あ、ああ、ごめん」
画面には、彩花からのメッセージが表示されていた。
『明日のお昼、屋上に来てください。渡したいものがあります』
らしくない丁寧な言葉遣いに、胸の奥がざわついた。