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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第九章

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第104話 お姫様の家での昼食

「二人とも、できたよー」


 その声に翔が振り向くと、彩花がキッチンから顔を覗かせていた。

 翔と弓弦がゲームを終わらせて、手を洗ってダイニングへ向かうと、テーブルの上には鮮やかな黄色のオムライスと、彩り豊かなサラダが並んでいた。


「すごい、豪華ですね……」


 翔は思わず声を漏らした。

 昼食にしては、気合いが入りすぎている気がする。


「大したものじゃないわよ。ありあわせで作っただけだから」


 真美が笑いながらグラスを並べていく。

 翔は自分の前に置かれたグラスを見て、わずかに息を呑んだ。


(薄い……)


 指で弾けば高い音が鳴りそうなほど繊細なガラスだ。

 下手に力を込めれば、シャボン玉のように割れてしまいそうな危うさがある。


(やっぱり、いいもの使ってるな……そりゃ、ホームジムのある家だもんな)


 翔は感心しながらも、グラスには極力触れないようにしようと心に決めた。


「翔くん、見て見て!」


 弓弦が自分のオムライスを翔のほうに傾けてきた。

 ケチャップで何かが描かれている。


「あー……」


 好意的に解釈すればソフトクリームのコーンより上のクリーム部分にも思えるが、弓弦のイタズラっぽい表情を見る限り、十中八九、アレだろう。

 小学生男子が最も愛するモチーフだ。


「弓弦、汚いよ」


 彩花が笑いながら、ポンっと弓弦の頭を叩いた。


「えー、うまいじゃん!」

「上手い下手じゃなくて、品がないって言ってるの」

「俺も小さい頃にやったことあるよ」


 翔がフォローを入れると、真美が苦笑した。


「男の子は必ず通る道だけど、確かに客人がいるときにやることではないわね」

「お母さんまでー」


 弓弦が頬を膨らませた。

 彩花はくすくす笑いながら、翔のオムライスを覗き込んだ。


「翔君のも書いてあげよっか?」

「え、弓弦と同じものを?」

「書いてほしいの?」

「……別のやつでお願いします」


 翔が真顔で答えると、彩花は声を上げて笑った。

 そしてケチャップのボトルを手に取ると、翔のオムライスの上にすらすらと線を引いていく。


 描かれたのは、ひらがなで『かける』の三文字だった。

 バランスも良く、丸みを帯びた文字が可愛らしい。


「お姉ちゃん、うまっ!」


 弓弦が身を乗り出して声を上げた。


「ほんと、上手ね」

「カフェとかで出てきそう。——これはさすがに記録に残しておくべきだな」

「ちょっと、やめてよー」


 翔がスマホを取り出して写真を撮ると、彩花は口では抗議しつつも、止める様子はない。

 むしろ、嬉しそうに口元を緩めている。


「じゃあ、翔くんもお姉ちゃんの書いてあげなよ!」


 弓弦が無邪気な提案を投げ込んできた。


「いや、俺はいいよ」

「えー、いいじゃん。書いてよ。手先は器用でしょ?」


 彩花が自分の皿とケチャップを翔の前に寄越してきた。


「こういうセンス系は普通に苦手なんだけど……」


 手元の作業はともかく、芸術の才能は翔にはないのだが、彩花は期待するような眼差しを送ってくるのみだ。


(……これは、やるしかないか)


 変な絵を描いて事故になるよりは、文字のほうが無難だろう。

 翔は慎重に容器を逆さにし、彩花の名前を書こうとした。


 しかし、一文字目の『あ』が予想以上に膨れ上がってしまった。

 皿のスペースは、残り半分しかない。

 翔は冷や汗をかきながら、なんとか次の文字を書き足した。


『あや』


 そこで、スペースが尽きた。

 ——『か』が入る余地は、どこにもなかった。


「あら」


 真美が口元に手を当てた。


「もしかして、二人のときは『あや』って呼んでいるのかしら?」

「ち、違います!」


 翔は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて否定した。


「あはは、翔くん顔真っ赤ー。ケチャップみたい!」


 弓弦が翔を指差してはしゃぐ。

 翔は深くため息を吐きながら、自分の椅子に戻った。


「さ。翔君と彩花は時間もあんまりないでしょうから、食べちゃいましょう」


 真美がパンと手を叩いて場を切り替えてくれた。

 翔は内心で感謝しながら、スプーンを手に取る。


「いただきます」


 四人で声を揃えてから、翔はオムライスを一口頬張り、


「うまっ……」

「お口に合ったかしら?」

「はい。チキンライスも美味しいです。味付けが絶妙で……」


 バターの香りとケチャップの酸味が、完璧なバランスで共存している。

 翔が素直に感想を伝えると、真美がにっこりと笑った。


「このオムライスの味付けは、全部彩花がしたのよ」

「えっ」


 翔は思わず彩花を見た。

 彩花は少し照れくさそうに視線を逸らしている。


「……マジで美味しい。ありがとな」

「……うん、良かった」


 彩花が、はにかむように小さく笑った。

 翔は急に恥ずかしくなって、勢いよくオムライスを口に運んだ。


「翔くん、早食いは良くないんだよ?」

「ハイ、ごめんなさい」


 弓弦に諭され、翔が素直に謝ると、彩花と真美が同時に吹き出した。




◇ ◇ ◇




「真美さん、皿洗いくらいはさせてください」


 食事を終え、翔は立ち上がりながら申し出た。

 まだ少し時間に余裕がある。何もせずに帰るのは、さすがに申し訳ない。


「あら、いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」


 真美は柔らかく微笑んだ。


「彩花、食洗機に入れるの、手伝ってあげて」

「うん、わかった」


 彩花がうなずき、翔と一緒にキッチンへ向かう。


「軽く擦って汚れを落としてくれればいいから。汚れてないやつは、水ですすぐだけでいいよ」

「このグラスも?」

「あ、それは食洗機じゃなくて手洗いでお願い」

「了解」


 翔はスポンジを手に取り、まずは慎重にグラスを洗い始めた。

 薄いガラスを割らないように、指先に神経を集中させる。

 泡を流し、水気を切ってから、隣の彩花に手渡す。


「はい」

「ん、ありがと」


 指先が触れそうな距離での受け渡し。

 彩花が丁寧に布巾で水滴を拭き取り、食器棚へしまっていく。


 グラスが終わると、今度は皿だ。

 必要ならスポンジで汚れを落とし、彩花に渡す。彩花が食洗機のカゴに、手際よくセットしていく。


 特段、会話はない。

 けれど、水音と食器が触れ合う音だけが響く空間は、不思議と居心地が良かった。


(なんか、前からこうしていたみたいな感じだな……)


 翔がふと、そう思ったときだった。


「今の二人、お父さんとお母さんみたいだねー」

「「っ……!」」


 翔と彩花は同時に動きを止めた。

 顔を見合わせると、お互いの頬が熱を持っているのがわかる。


 翔は慌てて視線を逸らした。


(……食器を持っていなくて良かった)


 手の中にあったのが、あの繊細なグラスだったら、今頃粉々になっていただろう。




「じゃあ、学校いこっか」


 洗い物を終えると、彩花が当然のようにカバンを持ってきた。


「そうだな」


 ここから別行動をするほうが、かえって不自然だろう。

 もし誰かに見られても、習い事から直行したと言えばいい。


 翔は彩花と一緒に玄関へ向かった。

 靴を履きながら、真美のほうへ向き直る。


「真美さん。今日は朝からお邪魔して、お昼までご馳走になってすみませんでした。美味しかったです」

「ええ、またいつでもいらっしゃい」


 真美が柔らかな笑顔で見送ってくれる。

 その横で、弓弦が手を振っていた。


「翔くん、また遊ぼうね!」

「おう。またな」


 翔は軽く拳を突き出し、弓弦とコツンと合わせた。

 温かな空気を背に感じながら、翔は午後の日差しの中へと踏み出した。




◇ ◇ ◇




 彩花と並んで教室に入ると、相変わらず多くの視線が突き刺さった。

 だが、以前ほどの鋭利さは失われていた。

 認めてもらえた、という言い方は違う気もするが、少しは受け入れてもらえたということだろうか。


 視線の量以上に決定的な違いは、将暉の態度だった。

 彼は翔や彩花には見向きもせず、美波の隣で作業をしながら、彼女に何事かを熱心に話しかけている。


 美波は相槌を打ちながら、適当にあしらっているようにも、楽しんでいるようにも見えた。

 少なくとも、嫌がっている様子はない。

 だが、それとは別に、美波には一度ちゃんとカラオケの件を謝っておくべきだろう。


 ——そう思ったのだが。


(離れない……)


 少し待ってみても、将暉は一向に美波の元から去ろうとしなかった。


「草薙君。とりあえずこっちからやっちゃおう?」

「え、あ、ああ」


 彩花に腕を引っ張られ、翔はよろめいた。

 彼女にしては珍しく、強引な手つきだった。


 翔はそのまま彩花に引きずられる形で作業スペースへと連行された。

 割り当てられたのは、段ボールの組み立てと色塗りだ。


 二人で作業を始める。

 手は動かしているものの、翔の意識の半分は、やはり教室の反対側に向けられていた。


 ふと、顔を上げて様子を窺う。

 ——将暉はまだ、美波の横に張り付いて何かを熱弁していた。


(……今日は、タイミングがないかもな)


 謝罪はなるべく早めに済ませたいが、無理に割って入るほどの話でもない。

 翔が小さく息を吐き、視線を戻そうとしたときだった。


「……」


 彩花の手が止まっていた。

 ハケを握ったまま、じっとりとした瞳で翔を見つめている。


「……どうした?」

「……ううん、なんでも」


 彩花は短く答えると、ぷいっと顔を背けた。

 その眉間には、ほんのりとシワが寄っている。


 怒っているというよりは、何かを我慢しているような、あるいは拗ねているような表情だ。

 翔はハッとして、申し訳なさそうに眉を下げた。


「あ、えっと……ごめん。集中してなくて」


 サボっていたわけではないが、心ここにあらずだったのは事実だ。


「うん……そうだよ。ちゃんとこっちに集中して」


 彩花は、翔の顔を見ないまま、ぽんぽんと二人の間の床を叩いた。

 その言葉は、作業に戻れという指示にしては、どこか歯切れが悪かった。


(……なんか変だな)


 翔は、筆を動かしながらも、胸の奥でわずかな違和感を覚えた。

 普段の、論理的で堂々と指導するプロデューサーとしての姿とはかけ離れている。


 本当は何か、作業のこと以外で言いたいことがあるのではないだろうか——。

 一瞬、そんな考えが脳裏をよぎった。


 だが、確証はない。

 仮にそうだとしても、今の彩花が素直に答えてくれるとは思えなかった。


 翔は小さく首を横に振り、目の前の段ボールに向き直った。

第105話は「幼馴染の異変」です!

一時は仲直りしたように見えた香澄さんと翼君。しかし、二人の間に再び不穏な気配が——

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