第102話 母からの電話と、よぎった予感
長くなったので、2話に分けました!
※それに伴い、前話の予告からタイトルを一部変更しています。
「——よし」
翔は椅子から立ち上がると、横に置いていたリュックを背負った。
「あ、もう時間?」
シャワールームを出たところで、彩花が尋ねてきた。
「まだ歩いて間に合うけどな」
「そっか。草薙家って普段、お昼は何を食べてるの?」
「んー、母さんがラーメンとか作ってくれることもあるし、パンとか買って済ませたりもするかな」
「ふーん……」
彩花は足を止め、少し考えるような素振りを見せた。
「どうした?」
「ううん、その……京香さんがまだお昼の支度を始めていないなら、せっかくだしウチで食べていかない?」
「……えっ?」
翔は思わず、まじまじと彩花を見つめた。
彼女の頬に、うっすらと赤みが差す。
「いや、無理だったら全然いいんだけどさ。ほら、翔君の家だと学校から遠ざかっちゃうし、そもそも一度帰るのは時間がもったいないじゃん? それに、弓弦も喜ぶかなって」
「それはそうかもだけど……さすがに迷惑じゃないか?」
「大丈夫。実はもうお母さんの許可は取ってあるんだ」
彩花が得意げに胸を張った。
「……相変わらず、行動が早いな」
いつの間に根回しを済ませていたのだろう。
基本的には一緒に行動していたはずだが。
「抜かりはないよ。——それで、どうかな?」
「ちょっと母さんに聞いてみる」
文化祭準備は制服で行く必要も、特別な荷物を持っていく必要もない。
京香の許可さえ取れれば、そのまま学校へ向かうこと自体は可能だ。
翔はポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開こうとした。
その瞬間、画面が切り替わり、着信音が鳴り響く。
表示された名前は——『母さん』。
「「えっ」」
翔と彩花の声が重なった。
「……母さん。盗聴器とかつけてないよな?」
「一番やらなさそうな人じゃない?」
「それはそう」
翔は苦笑しながらも、なぜか指先がわずかに強張るのを感じた。
(別に、友達の家でお昼を食べるだけの話だ)
深呼吸をひとつ挟んでから、通話ボタンをタップする。
『もしもし、翔? 今、大丈夫?』
「うん、勉強も筋トレも終わったとこ」
『そう、ちょうどよかった。そしたら帰りにパンを買ってきてくれないかしら。私たちと花音の分。花音は部活だから、多めに食べると思うわ』
「あ、えっと……」
翔は返事に詰まった。
断れば、京香が買い物に出るか、別の昼食を用意することになる。それは申し訳ない。
けれど——。
『翔? どうしたの?』
「いや、その……実は、こっちでお昼をご馳走になるかもしれなくて」
電話の向こうで、京香が『なるほど……』とつぶやいた。
彩花の家に来ていることは、京香も把握している。
翔はちらりと彩花を見た。
彩花はそっと拳を握り、不安げな表情でこちらを見つめている。
『彩花ちゃん、今隣にいるかしら?』
——この人は、エスパーなのだろうか。
翔は内心で呆れながら、「いるけど」と答えた。
『ちょっと代わってもらえる?』
「え……ああ、わかった」
翔はスマホを耳から離し、彩花に差し出した。
「母さんが話したいって」
「えっ、私と?」
彩花が目を丸くする。
翔は肩をすくめた。理由は自分にもわからない。
「多分、迷惑じゃないか確認したいんだと思う。悪いけど、ちょっとだけ」
「う、うん……」
彩花はおずおずとスマホを受け取り、耳に当てた。
「あ、もしもし。双葉です……はい……はい、大丈夫です。お母さんもいますし……」
彩花の声は、どこか硬い。緊張しながら相槌を打っている。
無理もない。異性の友人の母親と電話で話す機会など、そうあるものではないだろう。
翔は所在なく、鏡に映る自分の髪型——双葉家のホームジムは壁の一面が鏡になっているのだ——をチェックしていた。
彩花にポンポンされたせいか、少しだけ乱れている気がする。
「あの、お母さんと……一応、私もです」
彩花の頬が、ほんのりと色づいた。
翔は思わず眉を寄せた。何の話だろう。
「は、はい……ありがとうございます。失礼します」
彩花は早口でそう言うと、スマホを翔に押し返してきた。
『事情はわかったわ。楽しんできなさい』
流れてきた京香の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「ごめん、買い物できなくて」
『そんなことは気にしなくていいから、楽しんできなさい。学校も気をつけていくのよ』
その言葉は、単なる許可というよりも、どこか背中を押すような響きを含んでいた。
「……うん、ありがとう。それじゃ」
通話を終え、スマホをポケットにしまう。
「そんな感じで、今日はご馳走になるよ」
「うん。お母さんにも伝えないとね」
彩花は足早にジムの出口へと歩き始めた。
翔は庭を通り抜けながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「彩花は、母さんと何を話してたんだ?」
「な、なんでもないよ? 翔君が言ったように、お母さんに迷惑がかからないのか聞かれただけ」
彩花は笑みを浮かべてみせるが、声が少し上ずっていた。
明らかに、何かを隠している様子だ。
「……そうか」
追及はしなかったが、翔の脳裏には、先程の彩花の言葉がよみがえっていた。
(お母さんと、一応私も……か)
一つの可能性が翔の頭をよぎり、心臓の鼓動がわずかに早まる。
ピクニックのことを考えれば、的外れな想像ではない。
というより、むしろ妥当だと思う。
(……けど、違ったら恥ずかしいな)
翔は小さく息を吐くと、周囲の花に視線を向けた。
どのみち、真実はもうすぐわかるだろう。
第103話は「お姫様の母からの追及」です!
翔君のお昼ご飯を作ることを快諾してくれた真美さんですが、その後にふと真剣な表情になり、翔君と彩花さんに「とあること」を追及します。二人は無事に乗り越えることができるのでしょうか?




