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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第九章

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第100話 お姫様のヘアメイク

「いらっしゃい」

「翔くん、おはよー!」


 インターホンを鳴らすと、すぐに扉が開き、真美と弓弦が出迎えてくれた。


「お邪魔します。——おはよう」

「うん、おはよ」


 二人の後ろから、彩花も姿を見せた。


 文化祭準備が午後スタートに変更されて、筋トレや勉強会は文化祭準備のない日の午後にやる取り決めとなっていた。

 しかし、ちょうど彩花が美波と遊ぶ日と被ってしまったため、今日だけは例外的に文化祭準備の前、午前中に行うことになっていた。


「すみません、朝から」

「いいのよ。この子たちも楽しみにしてたから」


 真美は、弓弦と彩花に目を向けて微笑む。


「とは言っても、弓弦はもうすぐサッカースクールだけどね」

「あ、そうなんですね」

「ねぇ、僕が帰ってきてもまだ家にいる?」


 弓弦が勢い込んで尋ねてきた。


「何時ごろ帰ってくるんだ?」

「えっとね、お昼ご飯くらい!」

「多分、十二時前くらいね」


 弓弦の大雑把な回答に、真美が補足を入れた。


「そうなると、ちょうど俺とは入れ替わりくらいじゃないかな」


 お昼は家で食べることを考えると、そこまで長居はできない。


「えー、ちょっと出発遅らせてよ」

「それはできないよ。クラスのみんなに迷惑かけちゃうから。その代わり、今度たっぷり遊ぼうぜ」

「んー……わかった! 約束だよ?」

「おう、約束」


 翔と指切りを交わすと、弓弦は吹っ切れたように、「じゃあ、準備してくる!」と元気よくリビングの奥へ駆けていった。

 かわいいものだ。あの素直さは、小学生までしか出せない。


「なんか、私より弓弦の扱いが上手い気がするんだけど」


 彩花が頬を緩めた。


「そんなことはないだろ。けど、同じ男ではあるからな」

「じゃあ、今の弓弦みたいに甘えたい盛りの時期があったんだ? なんか感慨深いね」

「何がだよ。というか、そんなのそっちもだろ」

「私は最初から自律してたよ」


 彩花はふふんと澄ましてみせる。

 けれど、その瞳は少しだけ泳いでいる気がした。怪しい。


「そうなんですか? 真美さん」

「弓弦が生まれるまでは私にべったりだったわよー。何をするにもお母さん、お母さんって付いてきてね」

「そ、そんなことないしっ。ほら、行こ!」


 彩花はそそくさと靴を履き、翔の腕を勢いよく引っ張った。


「ふふ、二人とも頑張ってね」

「はい、ありがとうございます。——弓弦もサッカー頑張れよー」

「うん、バイバーイ!」


 玄関の扉が閉まっても、彩花は翔の腕を掴んだままだった。


「彩花、もう離してくれてもいいんじゃないか」


 彩花は黙って解放してくれたが、代わりとばかりにじっとりとした目線を翔に向けてきた。


「……どうした?」

「ほんとにそんなべったりしてないからね。あれは子離れできてないお母さんの思い出補正だから」

「わかったよ」


 翔は苦笑した。この様子を見る限り、真美の言っていることは正しそうだ。

 そういうことにしておく、という言葉が喉まで出かかったが、直前で飲み込んだ。




「学校に私がセットした髪型で行くのは、さすがに嫌?」


 色とりどりの花が咲いている中庭を通り、ジムに入ったところで、彩花が尋ねてきた。

 ここからは、彼女が翔の髪型を自由にセットする時間だ。


「彩花がしたからっていうよりは、いつも以外のはまだちょっとな」

「仕方ないなぁ。じゃあ、先にやっちゃおう」

「やらないという選択肢は?」

「洗面所いこっか」

「うす」


 洗面台の前に椅子を用意させられると、彩花は「今日はこんな感じで行くよ」と、男性の写真を見せてくる。


「ちょ、ちょっと待て。これ、俳優だよな?」

「そ。翔君と雰囲気似てるなって、前から思ってたんだ」

「いやだよ。絶対変なことになるって」


 あくまで顔の系統がわずかに似ているというだけで、月とスッポン。

 チワワとオオカミを犬科だからと同列に語るようなものだ。


「でも、どこかの誰かさんは女優を参考にして、私の髪型を決めてたけどなぁ」

「それは彩花クラスだからだろ。俺じゃ——」

「うるさい。いいからやるよ。翔君用に微調整してあげるから」


 私に任せて、と彩花は腕まくりをした。

 やる気十分だ。これはもう、何を言っても無駄だろう。


「……頼んだ」


 翔は思考を放棄し、プロデューサーに全てを委ねることにした。




 ——されるがままになって、しばらくすると。


「うん、よし。どう?」


 彩花が手を止め、ドヤ顔で翔を見下ろした。

 鏡の中の自分と見つめ合う。


 前髪の流し方や束感が、写真の俳優とまったく同じというわけではない。

 けれど、翔の輪郭や髪質に合わせて微調整されているのか、不思議とあまり違和感はなかった。


「……なんか、意外と悪くないかも」

「でしょ?」

「よく俺に合わせられたな。さすがプロデューサー」

「素材が良かったんじゃない?」

「……えっ?」


 何気ない一言だったが、翔の心臓がとくんと跳ねた。

 彩花はその横をすり抜けると、隣の台で手を洗い始めた。


「筋トレしたら顔つきも変わるんだから。翔君はもっと自信持っていいと思うよ。宮城さんにも言われたでしょ?」


 彩花の視線は手先に向けられていて、その表情はわからない。

 ——確認する勇気も、今の翔にはなかった。


「……あれは、あくまで歌の話だろ」


 ため息混じりに、小声でつぶやく。


「ん、なに?」

「……いや、なんでもない」

「そう? まあ、いいけど。さ、勉強するよ」


 彩花は手を拭くと、軽い足取りで出口へと歩き出した。

 翔はふっと肩の力を抜いた。


 彩花が横を通り過ぎるタイミングで腰を浮かせる。

 すると、彼女は不意にぴたりと足を止めた。


「——私は歌だけの話をしたわけじゃないよ」


 耳元をかすめるような、小さな声だった。


「っ……」


 喉が変な音を鳴らした。

 慌てて振り向いたときには、彩花の背中はすでに出口へ向かっていた。


 パタン、と乾いた音がして、扉が閉ざされる。

 後には静寂と、彼女のかすかな残り香だけが残った。


 翔はしばらくの間、鏡の前から動くことができなかった。


「……不意打ちはなしだろ」


 卑怯だ、と翔は思った。

 プロデューサーなら、面と向かって褒めてほしい。


 頭から冷水を被りたい衝動に駆られたが、せっかく彩花がセットしてくれた髪を無下にするわけにはいかない。

 翔は大きく息を吐き出すと、手のひらに冷水を溜め、勢いよく顔に打ちつけた。

第101話は「お姫様は何かを企んでいるようです」です!

冗談だったはずの「間違い直し」を本当にやってきた翔君に、腕をぴくぴくさせ始めた彩花さん。「変なことするなよ?」という忠告に「大丈夫」と返しますが、その瞳にはイタズラっぽい光が宿っていて……?

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