8. F級ハンター始動
陽斗は、美亜を連れて、重い足取りで家へと戻ってきた。
久しぶりの我が家。陽斗はリビングのドアを開けた瞬間、息を呑んだ。
部屋の中は、荒れ果てていた。
リビングのテーブルには、読みかけの参考書や問題集が山積みになり、空のペットボトルやコンビニ弁当の容器が散乱している。
キッチンのシンクには、洗い物が山積みになり、異臭を放っていた。
「……ごめんね、お兄ちゃん。私、全然片付けられなくて……」
美亜が、申し訳なさそうに言った。
「いや、いいんだ。美亜は、受験勉強で忙しいんだろ?」
陽斗は、そう言って、笑顔を作った。
◇◇◇
夕食は、レトルトカレーだった。
美亜が、手際よく温めて、二人分の皿に盛り付ける。
「いただきます」
二人で手を合わせ、食事を始めた。
「……美味しい」
陽斗は、思わずそう呟いた。レトルトカレーとはいえ、久しぶりに美亜と一緒に自宅で食べる食事は、やはり格別なものに感じられた。母親がいないのは寂しいけれど、それでも……。
「……ねえ、お兄ちゃん」
美亜が、おずおずと口を開いた。
「覚醒したんでしょ?」
「ああ……」
陽斗は、カレーを口に運びながら、頷いた。
「影を操れるみたいなんだ」
「……影を? それで、その、ハンターになるって、本当なの?」
「ああ。……母さんのこともあるし、俺、ハンターになろうと思う」
陽斗は、決意を込めて言った。
「……そう、なんだ」
美亜は、俯き、小さく呟いた。
その表情は、心配と不安で曇っている。
「……ごめんな、美亜。心配かけて」
「ううん。……お兄ちゃんが決めたことなら、私、応援する」
美亜は、顔を上げ、精一杯の笑顔を見せた。
「……ありがとう」
陽斗は、妹の優しさに、胸が熱くなった。
「そうだ、美亜は、受験勉強、どうなんだ?」
陽斗は、話題を変えようと、尋ねた。
「うーん、まあまあ、かな。……でも、お兄ちゃんが戻ってきてくれて、良かった。私、一人じゃ、心細かったから」
美亜は、そう言って、はにかんだ。
「……俺も、美亜に会えて嬉しいよ」
陽斗は、そう言って、妹の頭を優しく撫でた。
◇◇◇
一週間後、陽斗は、ハンター試験会場にいた。
会場は、巨大な体育館のような場所で、大勢の受験生たちが集まっている。
皆、緊張した面持ちで、受付を済ませたり、参考書を読んだりしていた。
(すごい人数だな……。みんな、ハンターを目指してるんだ)
陽斗は、周囲を見回しながら、そう思った。
試験は、筆記試験、身体能力検査、覚醒能力検査、魔力測定の4つに分かれていた。
最初の筆記試験は、ハンターとしての基礎知識、ゲートやモンスターに関する問題、法律や倫理に関する問題など、多岐にわたる内容だった。
しかし、陽斗は、事前に渡された資料をしっかりと読み込んでいたため、問題なく解答することができた。
(これなら、いけるかもしれない……)
陽斗は、手応えを感じていた。
しかし、次の身体能力検査で、陽斗は、早くも壁にぶつかった。
50メートル走、反復横跳び、持久走……どの種目も、平均を大きく下回る結果しか出せない。
(運動は、やっぱり苦手だ……)
陽斗は、息を切らしながら、自分の不甲斐なさに、落ち込んだ。
続く覚醒能力検査でも、陽斗は、うまく力を発揮できなかった。
影刃を出そうとするが、すぐに消えてしまう。
影縫いも、的に当てることすらできなかった。
(どうして、うまくいかないんだ……)
陽斗は、焦りと苛立ちを感じていた。
最後の魔力測定は、大きな機械を使って行われた。
陽斗は、指示された場所に立ち、手をかざす。
「……F級ですね」
測定結果を見た職員が、事務的に告げた。
(やっぱり、F級か……)
陽斗は、落胆した。
◇◇◇
全ての試験が終わり、結果発表が行われた。
「えー、それでは、合格者の受験番号を発表します」
試験官が、マイクに向かって言った。
陽斗は、固唾を飲んで、自分の番号が呼ばれるのを待った。
「……105番、106番、107番……」
次々と番号が読み上げられていくが、陽斗の番号は、なかなか呼ばれない。
(ダメかもしれない……)
陽斗は、諦めかけた、その時、
「……128番、黒崎陽斗」
陽斗の番号が呼ばれた。
「え……?」
陽斗は、自分の耳を疑った。
「……以上、今回の合格者だ。合格者は、前に出て、ハンター証を受け取るように」
試験官の言葉に、陽斗は、我に返った。
どうやら、合格したらしい。
陽斗は、震える足で、前に進み出た。
そして、試験官から、一枚のカードを受け取った。
それは、紛れもなく、ハンター証だった。
黒を基調としたカードには、陽斗の顔写真、名前、そして、「F級ハンター」の文字が刻印されている。
(俺、本当にハンターになったんだ……)
陽斗は、ハンター証を握りしめ、そう実感した。
しかし、喜びよりも、不安の方が大きい。
(F級の俺に、何ができるんだろう……)
陽斗は、不安を抱えながらも、ハンター協会を後にした。
これから、自分の人生は、大きく変わるだろう。
その変化は、陽斗にとって、吉と出るか、凶と出るか……。
それは、まだ誰にも分からなかった。
陽斗は、早速スマートフォンを取り出し、ハンター専用の求人サイトを確認した。
F級でも受けられる仕事は少ない。ほとんどが雑用や運搬といった単純作業ばかりだ。
(F級の仕事なんてこんなもんか……。でも、まずは実績を積まないと……)
ハンターの仕事の多くは、民間のギルドが請け負っている。大手のギルドに所属すれば安定した収入が得られるらしいが、それだけに所属するのは難関だ。
なかには覚醒した時点でS級の魔力を持ち、大手ギルドからスカウトされる者もいるというが、それはごく一部の例外。まずはこういったスポットの仕事で実績を積んでいくしかない。
スクロールする手を止めたのは、『E級ゲート・モンスター討伐補助 急募!@緑ヶ丘区』という文字だった。
詳細を確認すると、E級ゲート内で発生したモンスターの討伐補助。メンバーが一人急遽欠員となり、F級のハンターでも可、との事。報酬も悪くない。
(E級ゲート……少し不安だけど、やるしかない!)
陽斗は、震える指で「応募」ボタンをタップした。
すぐに、チャットルームが開かれ、募集主と思われる人物からメッセージが届く。
『応募ありがとうございます! F級の方ですか?』
陽斗は、短く返信した。
『はい、F級ハンターの黒崎陽斗です』
『了解です! 簡単な自己紹介と、使えるスキルを教えてもらえますか?』
陽斗は、少し迷った後、正直に答えることにした。
『黒崎陽斗です。覚醒したばかりで、スキルは影刃と影縫いですが、まだ上手く扱えません』
少しの間、返信が途絶える。
(やっぱり、ダメだったか……?)
不安が胸をよぎった時、メッセージが届いた。
『なるほど……。正直、戦力としては厳しいかもしれませんが、やる気は買います! 場所は緑ヶ丘区の若葉公園近くのゲートです。1時間後に来れますか?』
『行けます!』
陽斗は、即答した。
『了解! では、現地で!』
陽斗は、スマートフォンを握りしめ、大きく息を吸い込んだ。
(初めての仕事……。E級ゲート……。 とにかくやってみるしかない……!)
不安と期待が入り混じる中、陽斗は、指定された場所へと向かった。