6. その日、日常が壊れた
「陽斗君、少し検査をさせてもらうわね」
田中は、陽斗を検査室へと案内した。そこには、様々な機器が並んでおり、SF映画に出てくるような雰囲気だ。
「まずは、体のどこかに異常がないか、基本的な検査をするわ」
田中は、陽斗にベッドに横になるように促した。視力、聴力、反射神経……テキパキと検査が進められていく。
陽斗は、されるがままになりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
「……うん、外傷もないし、バイタルサインも正常ね。どこか痛むところや、違和感のあるところは?」
「……いえ、特に」
「そう。よかった」
田中は、ほっとしたように息をついた。
「じゃあ、最後に、魔力測定をするわね。これは、あなたの魔力の量と質を調べるものよ」
田中は、陽斗の腕に、吸盤のようなものを貼り付けた。
「……なんだか、緊張するな」
「大丈夫。痛くも痒くもないわ」
田中は、そう言って微笑んだが、その表情には、どこか緊張の色が浮かんでいた。
測定が始まった。モニターには、波形が表示され、数値が刻々と変化していく。陽斗は、その数値をじっと見つめていた。これが、自分の魔力……?
「……F級ね」
田中が、ぽつりと呟いた。その声は、どこか落胆しているようにも聞こえた。
「F級……? それって、どういう……」
「魔力のランクよ。Sが一番上で、A、B、C、D、E、Fと続くの。F級は一番下。……でも、数値が出たということは、あなたが覚醒者であることは間違いないわ」
田中は、陽斗の目を見て、はっきりと告げた。
「覚醒者……」
陽斗は、自分の腕を見つめた。まさか、自分が本当に、特別な力を持っていただなんて。
「覚醒しているひとは、国に申告する必要があるの。まあ、急ぐ必要はないけれど」
田中は、陽斗を安心させるように言った。
「それより、家族に会いたいでしょう? 妹さんには、もう連絡してあるわ。ただ、ここは関係者以外立ち入り禁止なの。ごめんなさいね」
「そんな……」
陽斗は、落胆した。
その時、部屋のドアが開き、衡田博士が現れた。田中が「博士……」と小さく呟く。
「……やはり覚醒していたか」
衡田博士は、陽斗をじっと見つめた。カルテか何かを手にしている。
「黒崎君、君の能力を、もう少し詳しく調べさせてほしい。……もちろん、君の意思を尊重するが」
衡田博士は、そう言って、陽斗に手を差し出した。
「……いえ、今日は、もう帰りたいです。家族に、会いたいんです」
陽斗は、衡田博士の手を避け、頭を下げた。
「……そうか。だが、必ずここに戻ってきてくれないか? 能力の確認に協力してほしい。これは、君自身のためでもあるし、……何より、世界のためでもあるんだ」
衡田博士は、真剣な眼差しで陽斗を見つめた。
「……はい。必ず、戻ってきます」
陽斗は、博士の言葉に、何か強いものを感じ、そう答えるしかなかった――。
◇◇◇
陽斗は、シンクロニカの施設を後にし、家路を急いでいた。
久しぶりに外の空気を吸い、少しだけ気分が高揚している。
(早く美亜と母さんに会いたい……)
そんなことを考えながら、いつも通る駅前の商店街を歩いていた時だった。
突然、目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。まるで、水面に石を投げ入れた時のように、波紋が広がっていく。
「……え?」
次の瞬間、空中に、黒い渦巻きが出現した。それは、まるで異世界への入り口のようだ。
渦巻きからは、ドス黒い瘴気のようなものが漏れ出し、ツンと鼻を突く異臭が漂ってくる。
「な、なんだよ、あれ……」
周囲の人々も、異変に気づき、足を止めた。ざわめきが広がる。
そのざわめきを切り裂くように、甲高い鳴き声が響いた。
渦巻きの中から、何かが飛び出してきた。それは、巨大なバッタのような姿をした怪物だった。
鋭い鎌状の前足、ギラギラと光る複眼。明らかに、この世界の生物ではない。
「キャアアアア!」
女性の悲鳴が上がった。人々はパニックになり、一斉に逃げ出す。
陽斗も、逃げようとした。しかし、足がすくんで動かない。
(嘘だろ……? こんなの、ゲームの中だけじゃないのかよ……!?)
怪物は、鎌状の前足を振り上げ、近くにいた男性に襲いかかった。
「うわああああ!」
悲鳴が上がる。
陽斗は、ハッとした。このままじゃ、誰かが殺される……!
「影刃!」
陽斗は、咄嗟に叫んでいた。
右手に、黒い影が集束し、鋭い刃を形成する。
陽斗は、震える足で、怪物に向かって駆け出した。