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20. 異世界

 D級ゲートでの死闘から、二日が経過した。


 今回の任務は多くの犠牲を出したが、陽斗個人としては規格外のモンスターやボスを討伐した実績、そして(詳細は伏せられたものの)生存者たちの証言もあり、危険手当を含め、予想以上の報酬が振り込まれた。


 久しぶりに自宅のベッドでゆったりと体を休めた陽斗は、通帳の数字を見てわずかに安堵のため息をつく。これで当面の生活費と、母の入院費の足しにはなるだろう。


(けれど……安心している場合じゃないな)


 母の病気を根治させる可能性のある「命の水」。そのレシピは手に入れたが、素材集めは困難を極めるだろう。


 それに、今回のゲートでの異常事態。「シンクロ・ワールド」と現実世界の奇妙なリンク。考えなければならないことは山積みだ。


 休んでばかりはいられない。


(……衡田博士に会いに行こう)


 あの人は、ゲートや「シンクロ・ワールド」について、何か知っているはずだ。


 陽斗はベッドから起き上がり、シンクロニカ社へ向かう準備を始めた。



 ◇◇◇



「やあ、黒崎君。よく来てくれたね」


 シンクロニカ社の研究室を訪れると、衡田博士は穏やかな笑顔で迎えてくれた。隣には、田中さんもいる。


「博士、田中さん、お久しぶりです」


「黒崎君、顔色があまり良くないようだけど、大丈夫かい? ハンターの仕事は大変だろう」


 博士は心配そうに陽斗の顔を覗き込む。


「ええ、まあ……。実は、先日、D級ゲートの攻略に参加しまして。それで……少しレベルが上がり、新しいスキルも身についたようなんです」


 陽斗は当たり障りのない範囲で報告する。


「それは素晴らしい!」


 衡田博士は、目を輝かせた。


「君の成長速度は目覚ましいね。いったい、いくつのゲートに挑戦したんだい? もしかして、C級ゲートにも……?」


 博士の純粋な好奇心に満ちた問いかけに、陽斗は一瞬言葉に詰まる。本当は、現実のゲートではなく、「シンクロ・ワールド」という“ゲーム”の中でレベルアップしたのだ、と。だが、それをこの人に話していいものだろうか?


(……いや、まだだ。まだ、博士のことは信用しきれない)


 陽斗は、曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。


「いえ、まだD級だけです。少し、運が良かったのかもしれません」


 その瞬間、博士の目の奥が、わずかに探るような色を帯びたのを陽斗は見逃さなかった。隣の田中さんも、どこか心配そうな、それでいて何かを察したような表情をしている。


(……隠していること、気づかれたか)


 気まずい沈黙が流れた。


 その後、博士といくつか当たり障りのない話をした後、陽斗は一人、シンクロニカ社の休憩室で自動販売機のコーヒーを飲んでいた。


(これからどうしよう……。博士には話しにくい。でも、このまま一人で抱え込むのは……)


 考え込んでいると、そっとドアが開き、田中さんが入ってきた。


「陽斗くん、大丈夫?」


 彼女は、陽斗の隣の椅子に静かに腰を下ろした。


「え、何がですか?」


 陽斗は、少し驚いて顔を上げた。


「何だか、さっきからずっと悩んでいる様子だったから。もし、私で力になれることがあれば、聞くよ?」


 田中さんは、優しく微笑みながら言った。その眼差しには、純粋な心配の色が浮かんでいる。


 陽斗は少し迷った。だが、彼女の誠実そうな瞳を見ているうちに、せきを切ったように言葉が溢れ出した。


「……田中さん。俺、まだ衡田博士のことを、心の底から信用しきれてないんです」


「え……?」


「だって、そうでしょう? 世界にゲートが出現したのも、俺の母さんが原因不明の病気になったのも……元をたどれば、博士が関わっていた研究が原因じゃないですか。そう考えると、どうしても……」


 陽斗の言葉に、田中さんは驚いたように目を見開いた。そして、ふっと寂しそうな笑みを浮かべると、静かに語り始めた。


「……私の婚約者もね、ここの研究者だったの」


「えっ……」


「ここでの研究の中心メンバーの一人だった。そして……あの日の大爆発事故で、亡くなったわ」


 田中さんの声は、震えていた。


「事故の後、私は……もう何もかもどうでもよくなって、絶望していた。そんな私を励まして、もう一度前を向けるように、研究者としての道を繋ぎとめてくれたのが、衡田博士だったの」


 彼女は、遠い目をして続ける。


「博士も、事故で多くのものを失ったはずよ。それでも、彼は研究を諦めなかった。真実を突き止めて、過ちを繰り返さないために……。私は、そんな博士を、研究者として、人として、尊敬しているの」


 田中さんの真摯な言葉と、彼女が秘めていた悲しみに、陽斗は心を打たれた。彼女もまた、あの事故の被害者であり、そして博士に救われた一人だったのだ。


(この人になら……話せるかもしれない)


 陽斗は覚悟を決めた。


「田中さん……実は、俺……」


 陽斗は、田中さんに全てを打ち明けた。「シンクロ・ワールド」に、今でもログインできること。そこでレベルアップすると、現実世界の自分の身体能力も向上すること。


 ゲーム内で手に入れたミスリル銀の剣が、現実世界でも武器として使えること。そして、何よりも……先日攻略したD級ゲートで遭遇したモンスターたちが、「シンクロ・ワールド」に出てきたモンスターと瓜二つだったこと。


 陽斗の話を、田中さんは息を詰めて聞いていた。そして、全てを聞き終えると、言葉を失ったように呆然としていた。


「……そんな……シンクロ・ワールドに、まだログインできるなんて……。それに、現実世界に影響が……?」


 彼女は信じられないといった様子で呟く。


「あの事故で、シンクロ・ワールドに関するデータは、サーバーごと全て吹き飛んで、完全に消失したはずなのよ。バックアップも……。だから、もう二度と、誰もログインできないはずなのに……」


 田中さんは混乱した様子で頭を抱えた。そして、しばらく考え込んだ後、はっと顔を上げた。


「……陽斗くん。もしかしたら……その『シンクロ・ワールド』は……」


 彼女は、恐る恐る、しかし確信に近い響きをもって言った。


「……もう、『ゲーム』じゃないのかもしれない。ゲートと同じ……どこか別の『異世界』に、繋がってしまっている、とか……?」


 異世界――その言葉に、陽斗も息を呑んだ。


 ゲームだと思っていた世界が、実は現実と繋がった、あるいは現実の一部となった異世界?


(だとしたら……モンスターがそっくりなのも、レベルアップが現実の体に影響するのも、説明がつく……?)


「……俺も、そう思います」


 陽斗は、田中さんの目を見て、はっきりと頷いた。


 二人の間に、重いが、しかし確かな共通認識が生まれた瞬間だった。

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