15. 都市伝説
「シンクロ・ワールド」からログアウトした翌朝。
陽斗は新たな決意を胸に、ハンターとして次のステップへ進むべく、応募したD級ゲートの発生地点へと足を運んでいた。
歩きながらも、陽斗の頭の中は「シンクロ・ワールド」のことで占められていた。
(レベルアップが現実の身体に影響する……。あれは本当にただのゲームなのか? それとも……)
仮想現実であるはずの世界の出来事が、確実に陽斗の現実を変え始めている。その事実に、期待と共に言い知れぬ不安のようなものも感じていた。
考え事をしているうちに、目的地である街外れの廃工場エリアに到着する。そこには既に、十数名のハンターたちの姿があった。
陽斗は気を引き締め、受付に向かおうとした。その時、集団の中にいる一人の男と目が合い、思わず眉をひそめる。
(……岩田……!)
がっしりとした体格のハンター。間違いない、D級ハンターの岩田だ。以前、陽斗が初めて参加したE級ゲートで、他のハンターたちと一緒になって陽斗をF級だと見下し、「影使いはハズレスキルだ」と嘲笑してきた、あの男だった。
できれば関わり合いたくない相手だ。陽斗は気づかないふりをして通り過ぎようとしたが、運悪く、岩田も陽斗の存在に気づいたようだった。
「ん……? おい、お前……どこかで見た顔だな……」
岩田は訝しげに陽斗を値踏みするように見つめ、やがて思い出したように、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ、思い出したぞ! あの時のF級の坊主じゃねえか! 影使いの!」
岩田の声はわざとらしく大きく、周囲のハンターたちの注目が一斉に陽斗に集まった。
好奇心、驚き、そして侮りが混じった視線が突き刺さる。ざわめきと共に、ひそひそと交わされる会話が陽斗の耳にも届いた。
「おい、聞いたか? F級だってよ……」
「F級なんて、本当に存在したんだな。都市伝説かと思ってたぜ」
「ああ。なんでも、覚醒しても魔力が低すぎて、本人すら気づかないレベルらしいじゃないか。よくハンター登録できたもんだ」
「そんなのがなんでD級ゲートに……? 記念参加か何かか?」
「まあ、どうせすぐに泣いて逃げ出すだろうさ。邪魔にならないといいがな」
あからさまな嘲笑や憐れみの声。F級ハンターがいかに底辺で、戦力として全く期待されていないかが嫌でも伝わってくる。
そんな周囲の反応を見て満足したのか、岩田はさらに陽斗をからかうように続けた。
「へえ、まだハンターなんか続けてたのか。懲りないやつだなあ。しかも、ここはD級ゲートだぜ? まさか、お前も参加するってわけじゃあるまいな?」
(くそっ……!)
陽斗は内心で舌打ちした。過去のトラウマが蘇り、不快感で腹の底が煮えくり返るようだ。しかし、ここで感情的になっても仕方がない。以前の無力だった自分とは違うのだ。
陽斗は努めて冷静に、しかし強い意志を目に込めて岩田を見返した。
「ご無沙汰してます、岩田さん。ええ、俺もこのD級ゲート攻略に参加します。ランクはまだF級ですが」
「はっ! F級がD級ゲートだと? 正気かよ、坊主! また俺たちの足手まといになる気か? それとも、なんだ、日陰でも作りに来たか?」
岩田は下品な笑い声を上げる。周囲のハンターたちからも、くすくすという笑い声が漏れた。
陽斗は、嘲笑を浴びながらも、もう以前のように俯くことはなかった。レッドドラゴンを倒し、飛躍的に成長した経験が、彼に揺るぎない自信を与えていたからだ。
「足手まといになるかどうかは、見ていれば分かりますよ。俺は、自分の仕事はきっちりこなすつもりです」
きっぱりと言い返す陽斗に、岩田は一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、すぐにまた嘲るような表情に戻った。
「へえ、威勢だけはよくなったみてえだな。まあ、せいぜいモンスターの餌にだけはなるなよ?」
そう吐き捨てると、岩田は仲間たちと顔を見合わせて再び笑い、陽斗に背を向けた。
(見てろよ、岩田……。あんたたちが束になっても敵わないような力を、俺はもう手に入れてるんだ)
陽斗は心の中で毒づき、強く拳を握りしめた。不快な再会ではあったが、逆に闘志に火が付いた。このD級ゲート攻略で、自分の成長を証明してやる。そして、二度と誰にも見下させないと。
ちょうどその時、リーダー役のハンターがブリーフィングを始める声を上げた。
陽斗は気持ちを切り替え、これから始まる戦いに意識を集中させた。