14. 現実への影響
迫り来る灼熱の炎。陽斗は、死を覚悟した。
(母さん……ごめん……!)
その時、陽斗はハッと思い出した。
(そうだ、アイテムボックスに回復薬が……!)
陽斗は、すぐにアイテムボックスから回復薬を取り出した。そして、震える手で蓋を開けようとするが開かない。
焦りと、恐怖で、うまく力が入らないのだ。
陽斗は、回復薬の瓶を地面にたたきつけ、割れた瓶からこぼれ出る液体を、火傷を負った腕にかけた。
ジュッという音とともに、陽斗の腕から湯気が立ち上る。
「ああああああああ!」
熱い。熱い。焼けるようだ。
しかし、次の瞬間、熱かった腕が、急速に冷えていくのを感じた。みるみるうちに火傷が治り、それと同時に、身体が軽くなっていく。
(治った……! それに、なんだこの感覚は……!?)
陽斗は、自分の体を見下ろした。見た目は何も変わっていない。しかし、体の中に、何かが満ちているような、そんな感覚があった。
その時――
ゴオオオオオオオオオッ!
ドラゴンが、炎を吐き出そうと、大きく口を開けた。その口の中には、赤い光が集まり、今にも爆発しそうだ。
(まずい……! このままじゃ……!)
陽斗は、咄嗟に、スキルを発動させた。
「影喰い!」
陽斗の影が、伸び上がり、意思を持った生物のように蠢きだした。
そして、陽斗の影は、ドラゴンの影に、覆いかぶさるように伸びていく。
「グルルルル……?」
ドラゴンは、自分の影に何かが起こっていることに気づき、戸惑ったような声を上げた。
その瞬間、陽斗の体に、変化が起きた。
ズキンッ!
全身に、力が漲ってくるのを感じる。
(なんだ……これ……!? 力が……溢れてくる……!)
陽斗は、自分のステータスを確認した。
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プレイヤー名:ハルト
レベル:42
タイプ:影使い
HP:2000/2100
MP:1900/1900
攻撃力:210 → 2105
防御力:195 → 401
素早さ:164 → 1715
装備:ミスリル銀の剣(攻撃力+300)
銀のネックレス(防御力+10)
スキル:
・影縫い(レベル21) 消費MP80 成功率:高
・影刃(レベル20) 消費MP75 成功率:高
・影分身(レベル15)消費MP60 成功率:高
・影喰い(レベル16) 消費MPなし 成功率:高
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(攻撃力、防御力、素早さ……全てのステータスが、10倍以上に……!?)
陽斗は、自分の目を疑った。これが、「影喰い」の真の力なのか。
(今なら……!)
陽斗は、ミスリル銀の剣を構え、ドラゴンに突進した。
その速さは、もはや、人間の目では捉えられないほど。
「グオッ!?」
ドラゴンは、陽斗の動きに、全く反応できなかった。
ズバァァァァァァン!
陽斗の剣が、ドラゴンの首を、いとも容易く切断した。
ドシャーン!
ドラゴンの巨体が、地面に崩れ落ちる。
「…………」
陽斗は、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。
あまりにも、あっけない幕切れだった。
ピン!
陽斗の目の前に、半透明のウィンドウが現れた。
《レッドドラゴンを討伐しました。経験値を獲得しました。レベルが42から58に上がりました》
《スキル「影潜み」を習得しました》
《レベルアップボーナス: レシピ「命の水の製法」を入手しました》
「レベル……58……! それに、命の水……?」
陽斗は、表示されたウィンドウを凝視した。「命の水の製法」という文字が、目に飛び込んでくる。詳細を確認すると、そこには、あらゆる病気を治癒する効果と、必要な素材が記されていた。
《命の水の製法》
・精霊樹の雫
・月光花の蜜
・大地の涙
・ドラゴンの血(少量)
(これがあれば……母さんの病気を治せるかもしれない……!)
陽斗は、希望の光を見出した。しかし、同時に、素材の希少さに、途方もない道のりを感じる。
(とにかく、今は……)
陽斗は、倒れたドラゴンの巨体に近づいた。
ドロップしたアイテムは……
(こ、これは……!)
陽斗の目の前には、見たこともない素材が散らばっていた。
深紅に輝く「真紅竜岩」、血のように赤い「竜血晶」、巨大な「レッドドラゴンの逆鱗」、脈打つ「レッドドラゴンの心臓」、熱気を帯びた「レッドドラゴンの炎袋」。
そして、ドラゴンの爪、牙が大量に落ちていた。
陽斗は、興奮を抑えきれず、アイテムボックスに素材を回収していく。
(こんなにたくさん……! それに、このレシピ……! 必ず、母さんを助けてみせる!)
陽斗は、素材を回収し終えると、村のギルドへと戻った。
「ただいま戻りました……! レッドドラゴンの討伐、完了しました!」
陽斗は、受付の女性に、レッドドラゴンの頭部の一部を証拠として提出した。
「ええっ!? ほ、本当に、あなたが……?」
受付の女性は、目を丸くして驚愕している。他の冒険者たちも、陽斗の言葉に耳を疑い、ざわめき始めた。
「これが証拠です」
陽斗は、落ち着いた様子で、ドラゴンの頭部の一部を指し示した。
受付の女性は、震える手でそれを受け取ると、まじまじと観察した。
「……確かに、レッドドラゴンの鱗、牙……。間違いありません。……すごいわ、本当に、あなた一人で倒したのね……!」
女性は、感嘆の声を上げた。
「はい。……それで、報酬は……?」
「え、ええ。レッドドラゴンの討伐報酬は、30,000Gです。本当におめでとうございます!」
陽斗は、多額の報酬を受け取り、深く礼をした。
「ありがとうございます」
(30,000G……! これだけあれば、新しい防具も買える……! 命の水に必要な素材を集めて、絶対に母さんを助けてみせる!)
陽斗は、心の中で決意を新たにした。
(けど、そろそろ現実世界でもお金を稼がないと……。今の俺なら、きっともっと稼げるはずだ)
陽斗は、ギルドを後にし、一旦ログアウトすることにした。
「……ログアウト」
……
…………
………………
陽斗が次に目を開けた時、そこは、自分の部屋だった。
(戻ってこれた……)
陽斗は、家に妹の美亜がいないか確認した。
(美亜は……いないか)
陽斗は、リビングを見渡した。テーブルの上には、お菓子の袋や飲みかけのジュース、そして、美亜の参考書やノートが開いたまま、散乱している。
(また散らかして……。あいつも、受験勉強で大変なのは分かるけど……)
陽斗は、ため息をつきながらも、美亜のために、そっとリビングの掃除を始めた。
テーブルの上の参考書やノートを丁寧に揃え、お菓子の袋や飲みかけのジュースを片付ける。美亜が少しでも勉強に集中できるように、床に掃除機をかけ、埃ひとつない清潔な空間を作り上げていく。
(美亜のやつ、いつも俺に任せっきりで……。でも、あいつも頑張ってるんだよな……)
陽斗は、美亜が普段使っているマグカップを手に取り、優しく微笑んだ。
30分ほど経った頃、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
美亜が帰ってきた。
「おかえり」
陽斗が声をかけると、美亜は、リビングを見回して、驚いたような顔をした。
「お兄ちゃん、部屋、片付けてくれたの? ありがとう!」
「まあな。それより――」
陽斗が言いかけた時、美亜が、陽斗の顔をまじまじと見つめてきた。
「……ねえ、お兄ちゃん、なんか雰囲気変わった? 身長、伸びた? それに、なんか……」
美亜は、言葉を探すように、陽斗の体を見回す。
「……体つきも、良くなってる? ……もしかして、鍛えてるの?」
「え、そうか?」
陽斗は、自分の体を見下ろした。言われてみれば、少し筋肉がついたような気がする。
(これも、「シンクロ・ワールド」の影響なのか……?)
陽斗は、「シンクロ・ワールド」でのレベルアップが、現実世界にも影響を与えていることを、改めて実感した。
「まあ、ちょっと、運動不足解消に……」
陽斗は、ごまかすように答えた。
「へえー、そうなんだ。……まあ、いいけど。……あ、そうだ、お兄ちゃん、これ、食べる? 新作のスイーツ」
美亜は、そう言って、カバンの中から、コンビニの袋を取り出した。
「いや、俺はいいよ。お前、食べろ。……それより美亜、受験勉強は大丈夫なのか?」
陽斗が心配そうに言うと、美亜は、少しムッとした表情になった。
「大丈夫だって! ちゃんとやってるよ。……お兄ちゃんこそ、最近、何やってるの?」
「……色々、あってな。でも、心配すんな。これからは、もっと稼ぐつもりだから」
陽斗は、美亜の頭を軽く撫でて、微笑んだ。
(もっと稼がないと……。母さんのためにも、美亜のためにも……)
陽斗は、心の中で、決意を新たにした。
美亜がスイーツを食べ終わるのを待って、陽斗は、スマートフォンを手に取り、ハンター専用の求人サイトを開いた。そこには、様々な依頼が掲載されている。
(スポットの仕事……。 あった、これだ!)
陽斗は、ある求人を見つけた。
内容は、D級ゲートのダンジョン攻略。募集要項には「ハンターランク不問(F級可)」と書かれている。報酬は、成功すれば高額だった。
(D級ゲート……F級でも参加可能……。これなら、俺にもできるかもしれない……!)
陽斗は、迷わず応募ボタンを押した。