13. もっと強く
レベル25に到達してからも、陽斗は休むことなくモンスターを狩り続けた。
影分身で数を増やし、影刃で薙ぎ払い、影縫で動きを封じ、影喰いでHPとMPを回復する。もはや、草原のモンスターは陽斗の敵ではなかった。
しかし、どれだけレベルが上がろうとも、どれだけスキルが強力になろうとも、満たされないものがある。
「……腹、減ったな……」
陽斗は、ぽつりと呟いた。そういえば、最後に食事をしたのはいつだったか。喉もカラカラに渇いている。
陽斗は、一旦、村に戻ることにした。
村の中を歩いていると、食欲をそそる、香ばしい匂いが漂ってきた。匂いの元を辿ると、一軒の食堂が見つかった。
「ここでいいか……」
陽斗は、暖簾をくぐり、店の中に入った。
「いらっしゃい!」
元気の良い声に迎えられ、陽斗は空いている席に座った。メニューを見ると、シチューやグラタン、ハンバーグなど、温かそうな洋食が並んでいる。
「えっと……ビーフシチューと、パン、お願いします」
陽斗は、一番温まりそうなメニューを注文した。
しばらくして運ばれてきたビーフシチューは、湯気を立て、食欲をそそる香りを放っていた。ゴロゴロと入った牛肉と野菜は、見るからに柔らかそうだ。
「いただきます……!」
陽斗は、スプーンを取り、ビーフシチューを口に運んだ。じっくりと煮込まれた牛肉は、口の中でとろけるように柔らかい。濃厚なデミグラスソースと、野菜の甘みが、絶妙に絡み合っている。
「……うまい!」
陽斗は、思わず声を上げた。温かいシチューは、陽斗の空腹を満たすだけでなく、冷えた体と心を温めてくれるようだった。添えられたパンをシチューに浸して食べると、さらに美味しい。
陽斗は、夢中でビーフシチューとパンを平らげた。
食事を終え、陽斗は店員に声をかけ、支払いを済ませた。その時、ふと、ある不安がよぎった。
(そういえば……これって、どうやってログアウトするんだ……?)
前回は、ゲームオーバーになって、強制的にログアウトさせられた。しかし、今回は違う。自らの意思で、この世界から出なければならない。
陽斗は、意を決して、声に出してみた。
「……ログアウト」
ピン!
陽斗の目の前に、あの半透明のウィンドウが現れた。
《ログアウトですね。お疲れ様でした!》
ウィンドウに表示された文字を見た陽斗は、安堵の息を漏らした。
次の瞬間、陽斗の視界は真っ暗になった。
……
…………
………………
陽斗が次に目を開けた時、そこは、見慣れた自分の部屋だった。
「……戻って、これた……」
陽斗は、ベッドから起き上がり、辺りを見回した。窓の外は、薄明るい。時計を見ると、時刻は午前6時を回ったところだった。
(……もう朝か。…それにしても、ひどい疲労感だ……)
陽斗は、どっと押し寄せる疲労感に、思わずベッドに倒れ込んだ。
陽斗は、シャワーを浴びて、さっぱりしたい気持ちはあったが、それ以上に、眠気が勝る。
(シャワーは後だ……。少しだけ、少しだけ、横になろう……)
陽斗は、そう思いながら、再び、眠りについた。
……
…………
………………
次に、陽斗が目を覚ました時、時計の針は、午後3時を指していた。
「……やばい、寝すぎた……!」
陽斗は、慌ててベッドから飛び降りた。
急いでシャワーを浴び、湯船に浸かる。温かいお湯が、陽斗の疲れを癒してくれるようだった。
風呂から上がり、陽斗は、ふと、あることを思い出した。
「ステータス……」
ピン!
陽斗が呟くと、目の前にウィンドウが現れた。
「レベル、42……! ちゃんとレベルが反映されてる……。これなら……!」
陽斗の脳裏に、初めてゲートに挑んだ時の記憶が蘇る。
(F級のくせに、足手まといなんだよ!)
(影使いなんて、ハズレスキル引いちまったんだな、可哀想に)
他のハンターたちから浴びせられた、嘲笑と侮蔑の言葉。何もできなかった、あの時の自分の無力さ。
(……もう、あんな思いはしたくない。今度こそ、絶対に……!)
陽斗は、拳を強く握りしめた。
「ゲートのモンスターに挑む前に、もっと、もっとゲームの世界で力をつける……! そして、必ず母さんを助けてみせる……! 今度こそ、誰かの役に立ってみせる……!」
陽斗は、再び、あの世界へ戻ることを決意した。湯冷めしないうちに、と、急いで服を着て、ベッドに横になる。
「ログイン」
陽斗がそう呟くと、再び視界が真っ暗になった。
……
…………
………………
陽斗が次に目を開けた時、そこは、先ほど食事をした、あの村の食堂の前だった。
(よし、戻ってこれた。……それにしても、もっと効率よく力をつけるには、どうしたらいいんだ?)
陽斗は、考え込んだ。草原でモンスターを狩り続けるのも悪くはないが、もっと効率の良い方法があるはずだ。
(そうだ、ギルドに行ってみよう)
ギルドに行けば、強いモンスター討伐の依頼を受けられるはずだ。
ギルドの建物は、村の中でもひときわ大きく、冒険者らしき人々が出入りしている。陽斗は、少し緊張しながら、ギルドの扉を開けた。
「いらっしゃい。何か依頼を探してるのかい?」
受付の女性が、陽斗に声をかけた。以前来た時とは違う人だが、同じように親しげな雰囲気だ。
「はい。えっと……もっと、強くなれるような、何かいい依頼、ありませんか?」
陽斗がそう尋ねると、受付の女性は、少し考え込むような表情をした。
「強くなりたい、ねぇ……。そうねぇ、簡単な依頼をたくさんこなすのもいいけど……。 そういえば、一つだけ、難しい依頼があるわ」
「難しい依頼……?」
「ええ。最近、近くの森に、強力なモンスターが現れたの。何人かの冒険者が挑んだけど、誰も倒せてないわ。もし、あなたがそのモンスターを倒せるなら、報酬も、かなり良いはずよ。 ……あ、モンスターはドラゴンよ」
「ドラゴン……」
陽斗は少し躊躇したが、すぐに決意を固めた。
「やります! その依頼、受けさせてください!」
陽斗は、迷わず答えた。
「本当にいいの? 危険な依頼よ?」
「はい、大丈夫です。俺には、強くならなきゃいけない理由があるんです」
陽斗の真剣な眼差しに、受付の女性は、少し驚いたような表情を浮かべた。
「……わかったわ。それじゃあ、この依頼書にサインして。詳しい場所は、地図を渡すから、確認してね」
陽斗は、依頼書にサインをし、地図を受け取った。
(ドラゴンか……。今の装備じゃ、心もとないな。武器だけでも、良いものにしないと……)
陽斗は、一度、村の武具店に立ち寄ることにした。
「いらっしゃい! 何をお探しで?」
店主の威勢の良い声に迎えられ、陽斗は店内を見回した。壁には、様々な種類の剣や盾、鎧が並んでいる。
「えっと……ドラゴンと戦えるくらいの、強い剣が欲しいんですけど……」
陽斗がそう言うと、店主は、ニヤリと笑った。
「お兄さん、目が高いね! ちょうど、いいのがあるんだよ」
店主は、店の奥から、一本の剣を持ってきた。
「これは、ミスリル銀で作られた、特注品の剣だ。軽くて、丈夫で、切れ味も抜群。どんなモンスターの鱗も、紙みたいに斬れるぜ!」
陽斗は、剣を手に取り、軽く振ってみた。確かに、見た目よりもずっと軽く、手に馴染む。
「これ、ください!」
陽斗は、即決した。値段はかなり高かったが、陽斗は、迷わず購入した。
新しい剣を腰に差し、陽斗は、森へと向かった。地図に示された場所は、森の奥深く、薄暗い場所だった。
「……ここか……」
陽斗は、息を呑んだ。辺りには、焦げた木々が散乱し、硫黄のような臭いが漂っている。
その時――
ゴオオオオオオオオオッ!
突如、激しい風と共に、巨大な影が現れた。
「……!」
陽斗は、身構えた。そこにいたのは、真っ赤な鱗に覆われた、巨大なドラゴンだった。
「グルルルル……」
ドラゴンは、低い唸り声を上げ、陽斗を睨みつけた。その眼は、燃えるように赤く、鋭い牙が、口から覗いている。
(で、でかい……! けど……!)
陽斗は、ミスリル銀の剣を構え、ドラゴンに突進した。
「影刃!」
陽斗は、影刃を放った。しかし、ドラゴンの鱗は硬く、影刃は、かすり傷一つ付けることができなかった。
「グオオオオオオッ!」
ドラゴンは、怒り狂い、口から灼熱の炎を吐き出した。
「くっ……!」
陽斗は、身を翻えして、炎を避けようとした。しかし、避けきれず、熱風が陽斗の腕を焼いた。普段着の袖が焦げ、火傷を負ってしまった。
「あつっ……!」
(まずい、防具がないと、炎の攻撃をまともに受けたら……!)
陽斗は、必死に考えた。その時、ふと、ドラゴンの首元に、逆鱗があることに気づいた。
(あれだ……! あそこを狙えば……!)
陽斗は、影分身で分身を作り出し、ドラゴンを撹乱した。そして、隙を見て、ドラゴンの首元に跳躍した。
「はあああああああっ!」
陽斗は、渾身の力を込めて、ミスリル銀の剣を、ドラゴンの逆鱗に突き立てた。
ギャアアアアアアアアン!
ドラゴンは、苦悶の叫び声を上げ、激しく身を捩じった。陽斗は、剣から手を離してしまい、地面に叩きつけられた。
「がはっ……!」
陽斗は、激痛に顔を歪めた。全身が痺れ、動けない。
(まずい……このままじゃ……!)
ドラゴンは、怒りに燃える眼で、陽斗を見下ろしていた。そして、ゆっくりと、巨大な口を開け、陽斗に炎を吐き出そうと、その口の中に、赤い光が集まっていくのが見える。
「くそっ……どうすれば……!」