魔王の器
「わたしは魔王の器なり。恐怖のエネルギーの回収に参りました!」
ヤジョウが堂々と台詞を吐いた。
「……反応ないわね」
冒険者は、ヤジョウに見向きもしなかった。
トルマリナブロッサム討伐に必死で、ヤジョウのことが見えていないのではないのかと思ったのだが、そうでもなさそうだ。
弓を持っている冒険者が、トルマリナブロッサムのやや上に視線を向けているからだ。
ひょっとしたら、ヤジョウのことを認知できていないのでは?
「回収しましょう」
冒険者の様子を伺うことなく、ヤジョウが恐怖のエネルギーを蓄えたオブジェクトに手を当てると、こちらに戻ってきた。
「魔王の器の役、本当にこれだけなの?」
ヤジョウはひと仕事を終えたが、納得していない様子だった。
ノアたちが忘れていたオブジェクトの回収をするだけでも、立派な役だと思うのだけど、違うのかな?
どのみち、ノアたちが休憩から戻ってこないことにはシナリオはこれ以上進行しないのだけど。
ヤジョウの遊び足りなさは、分からなくもない。
「ヤジョウちゃん、エネルギーの回収ありがとうございます。私はちょっと休憩するね」
「お姉ちゃんも休憩するのね。ヤジョウも休憩する!」
ヤジョウはその場に正座すると、すぐに眠りについた。
それはもう、ぐっすりと。
よっぽど大きな声を出さないと起きないくらいの深さに到達していそうだった。
「さてと、私も休みましょうか」
私はシクスオからログアウトする。
次にログインするのは一時間半後だ。
†
現実世界に戻った私は、軽食を済ませてベッドの上に横たわっていた。
「うーん、わかんなあい……」
左腕を動かし、天井を見上げる私は、ノアとの会話をぼんやりと思い返していた。
シクスオを立ち上げたゲームマスター、ニケのことがどうしても気になってしまう。
ニケは現在は行方不明のはずなのに、何故か私にメッセージが届いた。
世界のサイハテから送ったもの。
この情報が、私の頭をモヤモヤさせていること間違いなかった。
それに加えて、ヤジョウのことも気になってくる。
ニケからのメッセージでは、シクスオのウワサと書かれていた。
どこか子供っぽくて、オブジェクトの時間を進める力を持つ不思議な子。
そんなヤジョウは、ニケの手によって作られた存在であると思われるのだけど、他の冒険者たちはヤジョウの姿を認知することが出来なかった。
「とにかく、一度聞いてみるしかないか……」
次にログインしたら、ノアとセレネに相談する。
なんて相談しようか。
まずは、ヤジョウの姿があの二人に見えるかどうか。
三カ国ダンジョンマスター交友会の盛り上がりにも関わってくることだから、割と重要なのかもしれない。
ニケのことは、その後で大丈夫だろう。
メッセージが私に届いた以上、ニケはシクスオの世界の何処かにいるということ。
そう捉えても問題ないと思いたい。
「ふぐぅ……」
無意識に頬を膨らませていた私は、声を漏らして息を吐いていく。
とにかく休みたかったので、すぐに両目を閉じた。
私の現実世界には、実の妹なんていない。
いたとしたら、オブスタクルだ。
年齢は私のひとつ下で、妹っぽくて、二年前の世界大会の一位をかっさらっていって。
「なんか、悔しい記憶が蘇ってきたなぁ……」
私はその世大会で、二位だった。
あとコンマ数秒で彼女に負けてしまった。
そんな彼女とは、それなりに仲が良かった。
私としても、良きライバルとしてあり続けている。
ただ、私が社会人になってからは、一度も会ってない気がする。
ティルティちゃん、今も元気にしているのだろうか。
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