恐怖の感情エネルギー
そこに、ノアから助言を頂く。
「四つの部屋の中にあるちょっとした置き物から、特定の文字が浮かんできたら、戦闘開始の合図となります」
「ノアちゃん、ありがとうございます」
「えへへ……パルトラ様には期待していますよ」
ノアは微笑み、いまを楽しんでいる。
ここで冒険者を楽しませるには、ワープの役目を担う私のタイミングが肝心ということだ。
タイミングを図るために、ダンジョンの様子を映し出す画面を大きくした私は、三回くらい瞬きをする。
冒険者たちが六つのグループに分かれていたこと以外は、状況はさほど変わらずじまい。監獄塔の道中の敵はフィールドに出現するものばかりなので、格別強いモンスターがいないが、進行とは関係のない通路を進んでいいる二つのグループの終着点に強いモンスターが待ち構えている。
そのモンスターがどんな強さなのかは、ノアにお任せしていた。
一応、戦力が揃わず悪戦苦闘を強いられ少数の冒険者グループも存在はさている。
だが、心配は無用。私が注目しているセレネと行動を共にしていた冒険者グループは、順調に進行を続けている。
「おう、あれは部屋か?」
先頭を歩いていた冒険者が、足を止める。
ここから、冒険者に巧みな演技を見せつける。すぐさま不安そうな顔つきになったセレネは、両手を胸元に添えた。
「なんでしょうか……不気味な気配を感じます」
「この先の部屋にか」
「はい。あの黒いものが気になります」
セレネが指を差したのは、部屋の中心に位置する黒いクリスタルだった。
「お前、あれは何か知っているか?」
「さぁ……?」
「とにかく、調べるしかない……ってか」
冒険者が部屋の中に踏み入れると、黒いクリスタルの元へ一直線に進んでいく。
「何かわかりましたか?」
「いや、なんにも?」
「そうですか……」
セレネのこの台詞の後が、モンスターをワープさせる合図となる。
「何も知らないということは、恐怖を痛感しやすいということでもある」
セレネが台詞を言い終わるタイミングに合わせて、私は魔法でトルマリナブロッサムを部屋の中に送り込んだ。
ノアもタイミングを合わせる。
アンチウィンドウのスキルが付与されていると思われる、黒い本のオブジェクトをワンテンポ遅らせて部屋に転送した。
「ノアちゃん、いまのは……」
「パルトラ様は気づきましたか?」
「えっと、物騒なオブジェクトかなって。ルビーアイ炭鉱でみたような」
「そうですね、これは元々ルビーアイ炭鉱にあったストーリー展開用オブジェクトです。結果論ではありますが、アンチウィンドウの効果に晒されて駄目になってしまったのです」
「あっ、駄目になったのか」
「ノアがこの手で近々廃棄する予定だったのですが、今回の交友会で素材アイテムとして使わせてもらいました」
「ノアちゃん……」
使えなくなったモノの再利用に躊躇はなかった。
聖典を持っていた片腕が大げさに振り下ろされると、トルマリナブロッサムの頭上に黒い本のオブジェクトが出現した。
「な、何だよ!?」
冒険者は警戒心を強めながら、黒いオブジェクトが落下していく様子を眺める。
いや、こちらとしては戦闘なんて、もう始まってるも当然なのだけど。
「あの植物……トルマリナブロッサム……?」
セレネが、アドリブで台詞を吐いてきた。アドリブといってもダンジョンのマスターのひとりとしてモンスターの名前が閲覧できているだけかもしれない。
冒険者に情報開示となるので、交友会のシナリオ進行には貢献できている。
それと、このボスモンスターの今が一番の無防備なのに、勿体ない。
冒険者側は、先制攻撃出来たチャンスでもあったが……。
パクリッ、と一瞬だ。
トルマリナブロッサムが、黒いオブジェクトを捕食した。
すると、トルマリナブロッサムが、部屋の壁に沿って黒いツタを伸ばし始める。
「えっ、これは何だっ!」
逃げ遅れた冒険者は、たちまち部屋の中に閉じ込められる。
「遂にボスモンスターが現れたか。他の冒険者にチャットだ、チャットは……」
メニュー画面が、開かなかった。
そこに、迫り来る黒いツタにバシッと、一発。
冒険者の身体が、容赦なくぶっ飛んでいく。
痛いは何故か感じない。
けど、起き上がったら、今度は緑っぽくも見える黒い兵士が現れて。
――これが『恐怖』のはじまり、はじまり。
演出効果もあってか、恐怖の感情エネルギーは急速に集まりそうだった。
ところでノアちゃん、追加でなんかよくわからないモンスターを出してきた。
あの緑っぽくも見える黒い兵士のことである。
モンスター名は、クロニクルナイト。
ドロップアイテムは不明。きっと、高レベルモンスターだと思われる。
私のちょっとした援護すら必要なくなりそうだった。
今回は、画面上からのんびりと冒険者を見届けようとするか。
「うっ……他の冒険者はどうなってる?」
辛うじて生き残っていた冒険者が、部屋の外に目を向けた。
すると、部屋から離れていたとみられる冒険者が、皆揃って死骸になっていた。
たったひとりを除いて。
「ごめんね。わたくし、オオカミっぽい勇敢な冒険者を食べるのが趣味なんだ」
セレネの手には片手剣。セレネの剣術はたいしたことないが、不意をついて他のプレイヤーを倒すには、そんなに難しくなかった。
「そんなっ……兵士の黒い剣? うわーっ!」
冒険者が次々に倒されていき、恐怖の感情エネルギーを吸収する装置が満杯になる。
こうして、恐怖の部屋に踏み入れてしまった冒険者たちは皆、リスポーンした。
†
「パルトラ様、セレネ様、ひとまずはお疲れさまです。セレネ様は一度ノアたちと合流してください」
ノアが声をかけると、画面越しにセレネがこちらを見てきた。
「ノアちゃん、その予定ではなかったはずでは?」
「シナリオの進行をですね、トルマリナブロッサムを冒険者様に倒してもらってからにするだけですよ」
「急に変更……。ノアちゃん、何かあったの?」
「今回のボス部屋について、思ったより良い反響がありまして!」
「ふむふむ……ひとまず冒険者たちを泳がせておきます、ということかな?」
「セレネ様、そうです!」
「それはわかりましたが、ひとつ問題があって。監獄塔へ再挑戦する冒険者たちに見つからないようにしながら、わたくしがお二人に合流するルートがあるかどうかの問題が」
「あの……それは、私の手が空いているからやりますね」
私はセレネの足下に、転送用の魔方陣を作成した。
天翔る銀河の創造天使のスキル適用中なので、この程度のサポートは容易いのである。
「はい。セレネさん、お疲れさまです」
「パルトラちゃん、ありがとう!」
セレネがお礼をする束の間、ノアはすぐに次の予定を言いたがっていた。
「ノアちゃん、そわそわしてどうしたの?」
「一度、休憩を挟もうと思いまして。時間はひとまず二時間でお願いします!」
休憩する時間を一方的に決めたノアは、シクスオからログアウトした。
「それじゃあ、わたくしも一旦落ちますね……ふわわ……」
あくびをしたセレネも、シクスオからログアウトする。
これで、この場にいるのは私一人となった。
冒険者たちは、これからトルマリナブロッサム討伐に向けて動いていく。二時間後にトルマリナブロッサムが討伐されているかどうかは誰にも予想することが出来ないが、強敵を目の前にして気持ちが燃えるプレイヤーは、シクスオに山ほどいるので心配はいらないだろう。
さてと。そろそろ私も、ノアやセレネと同じように休憩を取るつもりだ。
そう思ってログアウトボタンに触れようとしたら、一通のメッセージが私の手元に届いた。
「こんなタイミングにメッセージですか?」
私はすぐに確認してみる。
メッセージの要件は、シクスオのウワサについて。
送り主は、ニケというプレイヤーネームだった。
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