流れ着く世界の狭間
――正直なところ、エマと戦いたい気分ではなかった。
私の意識がキラリ救出に向いているせいもあるが、何よりもエマはダンジョンマスターとしてまだまだ未熟であるからだ。
現状、天翔る銀河の創造天使が無ければ、エマはダンジョンマスターとしての効力を失うのである。
その点を見抜けなかったルークにも、責任があると思いたいけど。
「第二軍隊よ、エマちゃんを連れてダンジョンの最深部へ向かいなさい!」
私が指令を出すと、モンスター達がエマを取り囲んでダンジョンの奥地へと運ぼうとする。
「うわああああ、卑怯者おおお!」
エマは大声を上げるが、モンスターの群れに抗えなくてそのまま運ばれていった。
これでエマは、ルークと合流することが出来るだろう。
さて……。
キラリの救出には、ここからどうするかが重要だ。
この部屋には、二つ目のストーリーイベントを開けれる本がある。
「ひとまず開けてみます……?」
私が触れようとした時、僅かな静電気が指先に流れる。
「何か拒まれた……? けど」
どうにかして私の体を接続すると、何処かへ行ける気がした。
「出来ることは何があるかな? 一応だけど、クラフトルームの座標から外れていて……」
どうにでもなるわけではなさそうだ。
けど、試したいことがある。
シクスオの世界に初めて私が入った時のことだ。
足下には、転送用とみられる魔方陣があった。
あの模様を、この本を中心に描いてみたい。
私は、微かに残っている記憶を頼りに、地面に書き込みをしていく。
エグゼクトロットの先端が槍のように尖っているお陰で模様は描きやすいのだが、魔方陣の形そのものの記憶が曖昧なので合っているかすら分からない。
「よし、かけました」
所要時間はそれほど掛からず。
魔方陣を書き終えた私は、再び本に触れてみた。
すると、私の体が本の中に吸い込まれていった。
ワープというよりかは、どこかに流されていくような感覚だった。
ルビーアイ炭鉱から離れて、私がまだ見知らぬ土地へと運ばれていくのは分かっていた。
ただ、到着するまでは待つのみ。
いきなりリスポーンの危険も視野に入れつつ、移動の流れには逆らわなかった。
そして、いきなり意識が途絶えた。
「うん……?」
すぐに目を開けた私は、透明なテーブルがひとつあるワンルームにたどり着いていた。
壁は透明で、とても見晴らしのよい空模様の風景が一望できる場所。
「えっ……どうしてここに……?」
赤毛の長い髪に青色リボンが二つ。リボンで髪を束ねている美少女が、戸惑いながらこちらに注目していた。
「その声は、ノアちゃん?」
「あはは……。どうして一発でわかるのですか」
顔を合わせてくれた彼女は、心の中で落ち込む。
帽子こそ被っていなかったが、服装をよく見ると水色と白が混じる神官服であった。私はノアの声を聞かなくても、確信していたと思う。
「ノアちゃん、ここは何処でしょうか?」
「何でもない場所、と言いたいところですが……。パルトラ様はそれで納得してくれそうにありませんでしょうね」
「ノアちゃんの言うとおりですね!」
「それなら正直に言います。ここはシクスオの世界を管理している、マスタールームです」
ノアがそう言うと、辞書みたいな白い本を取り出した。
「マスタールーム、ということは……」
「パルトラ様、あまり変なことを考えないでくださいね。召喚士ノアが制裁を下さないといけなくなりますので」
ノアは忠告してきた。
このマスタールームで下手なことをしていけないということは、よくわかった。
「ところで、召喚士ノアってなんでしょうか?」
「私のもうひとつの肩書きですっ。それで、この手に持っているものが聖典シクスノアで……」
ノアは頬を膨らませて、視線を逸らす。
「……というか、貴方様は入ってきて構いませんのに」
「緊急の取り込み中にすまない。邪魔をする」
黒髪の男が、私たちに近づいてきた。
「あれっ、ギベオさん?」
聞き覚えのある男性の声で、すぐに分かった。
「パルトラ君も久しいな」
腕を組むギベオは、ニヤリと口が開く。
「マスタールームにギベオさん……もしかして、運営サイドの者だったのですか?」
「俺様は違うな」
「そうなんですか?」
私はノアに視線を送った。
「その、ですね……」
ノアは、口が震えて上手くしゃべれなくなるくらいに緊張する。
「えっと、ノアちゃん? いったい何なのでしょうか?」
「ギベオ様はですね、ベフュモのダンジョンマスターなんですっ!」
叫んだノアは、顔をすっかり赤らめていた。
「そうなんですね……」
私は咄嗟に両目を隠したくなった。
ギベオと戦った際、手応えはあった強い敵であったけど、今となっては納得が出来るというか。
それはそうと、ルビーアイ炭鉱で起きていることを話さないといけない気がした。
いまこうしている間にも、時間は過ぎていっている。
「パルトラ様がここへ流れ着いたということは、ルビーアイ炭鉱のことですかね」
ノアに感づかれていたが、敵意なし。むしろ協力的でありそうな態度だった。
シクスオの未来が掛かっている案件だから、ノアちゃんはノアちゃんなりに裏で動いていたのかもしれない。
ノアの髪が金色ではないことが、ちょっと気になるけど……。
「ルビーアイ炭鉱のイメージカラーに似ている現在のノア君の髪色は、初回作成時のアバターに残っている設定だ。勘違いするなよ」
「ギベオ様まで、変なこと言わないでください!」
「別に良いじゃないか。マスタールームにいる時くらい、寛ぎたいものだろう?」
「ノアがよくありません!」
聖典を両腕でギュッと握りしめるノアは、怒りを爆発させていた。
いまにも両手をポカポカ当ててやろうという気持ちの現れが、ギベオに向けられていた。
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