エマの実践練習
「ルビーアイ炭鉱は、この下り坂を降りた先!」
エマは駆け足で突き進んでいく。
その姿は、とてもはしゃいでいる子供そのもの。とても元気なのは良いことだけど、突き進み続けていたら、先行してダンジョンの方向に向かっていた三人のプレイヤーと鉢合わせするのではないのか?
「その心配は要らない」
「ルークさん、そう言い切れる自信があるのですね」
エマに追いつけるように、補助魔法を使っておく。
背中に天使の羽を生やした私は、エマの姿を見失わないよう気を遣いはじめた。
その背後には、ルークがついてきている状況。ただ走っているだけだが、私が全力で飛んでいても距離が離れないので、何かしら鍛えているのだろうか。
「エマのことは、そこまでは考えていない。他のプレイヤーと鉢合わせたら、戦うまでだ」
「ルークさん?」
「心配するな。リスポーンしたら最寄り駅に戻されるだけだ」
鼻で笑うルークは、今この状況を楽しんでいる様子だった。
「敵との距離はどのくらいですか」
「さあな。プレイヤーの位置を把握する探索スキルはエマが持っていて、俺は対ボスモンスター用に仕上げているから、エマとの距離が離れると成り行きでやるしかないのだよ」
「まさかのスリリングを求めている?」
「さぁな。少なくとも、ちっぽけなダンジョンの経営よりは楽しそうだろう」
「それはそれで、後に困りそうな……」
私がため息を漏らそうとしたら、状況を把握できる情報が耳に入ってきた。
刃物がこすれ合う音が聞こえてきたのだ。
「戦闘、始まっていますね」
呆れ気味の私は、エグゼクトロットを進行方向に差し向ける。
敵のプレイヤーは三人。エマがリスポーンされていないということは、上手く立ち回れていると判断できる。だとしたら、敵の動きを封じるのが正しいのかも。
この目で見てから、判断するしかない。
「エマちゃん、無事かな?」
私が声をかけると、黒いゴシックなドレスが視界に入りこむ。
その後方に、護衛とみられるスーツ姿の男が二人。
この男たちは戸惑っているから、まずはそこに狙いを定める。
「氷結の糸よ、敵を捕らえて!」
詠唱した私は、男二人の胴体の位置を把握していた。
そこに巻きつけるような青い糸を生み出して、締め付ける。
「がはっ」
「なんだ、これはっ」
私の魔法に拘束された男二人は、その場からエマに手出し出来なくなった。
そして、エマと交戦している、全身の服装を黒一色に統一していた黒髪の美少女は焦りを覚えはじめていた。
「ボディーガードの動きが止められた?」
「ふふん。エマはね、パパと先輩で、チームとして戦っているからね」
エマは一度距離を取ると、武器を双銃に持ち替える。
黒髪の美少女がもっているのは、黒い盾。
性能はSRランクの強さだが、防御力はそこそこありそうだ。
エマは懸命に乱射するが、ダメージが通っている気配はない。
「ボディーガード、早くわたしの背中にくっつけ!」
「姫さまっ。かしこまり――ぐはっ!」
「せめてオレだけでも――がはっ」
男二人が倒れ込むと、リスポーンしたという通知が入る。
切り裂かれた刃の軌道までは見えなかったが、真顔のルークが立っていたので確信した。
「ふぅ、それはさせない」
「ルークさん、ありがとうございます」
「別にたいしたことない」
ルークは、一騎打ちになっているエマと黒髪の美少女の戦いを見物したがっていた。
「えいやっ!」
「わたし、そう簡単にはやられませんわ」
バンバン、バン。
武器をハンマーに持ち替えていたエマは、近距離で何度も叩くも、黒い盾に阻まれている。
これ、私が魔法を放ってみても駄目なのかな。ちょっと試したくなる。
「これはエマの為だ。あと三十秒、抑えておけ」
「ふぅ……そ、そうですね……」
我慢が出来なくて思わす手を震えさせていたところ、ルークの生暖かな手が重なる。
状況的に見れば、エマが押している。
けど、なんだろうか。
とても違和感を覚える。
マップの地形のせいなのかな? 炭鉱が近くにあるせいなのか、草木が生えている山道になっているところが都会じゃないというか……。
いや、この違和感は地形じゃない。
見られている、誰かに。
これは誰なのだろう。
ちょっと探ってみる?
私はエマから目を離し、周囲を見渡す。
すると、飛び出していた赤い帽子がすぐに茂みへと隠れていった。
これは確実に他のプレイヤーがいるということか。けど、ここはダンジョン内じゃないので、私のスキルで詳細は確認出来ず。
殺意は向いてきてなさそうなので、引き続きエマの戦闘を見守ることにした。
「せいやっ!」
「これくらい何度だって……フェイント?」
「よしっ」
双剣を持っていたエマは、黒髪の美少女の背後に回り込んでいた。
素早く方向転換して、飛びかかるように体を動かす。
「エマ、行くよ!」
「こっちに向かって……きゃああっ」
双剣を突き立てて、ようやくエマの一撃が通る。
「はぁはぁ……まだやられていませんわ」
黒い盾が地面に落ちて、黒髪の美少女は息切れを引き起こしていた。
でも、これは勝負があったも当然。
エマはハンマーに持ち替えており、容赦ない一撃で黒髪の美少女を空中に打ち上げる。
そのまま終わるのかと思ったのだが、エマの攻撃は止まらない。
双剣に持ち替えると、エマは飛び上がった。
追撃の刃が黒髪の美少女を襲う。それから、地面につく前に双銃へと持ち替える。
「これが、エマの全力だよっ!」
エマは地面に落下しながら連射していた。
「あっ……パパ……」
「エマ、スキルがないだろ。あまり無理するな」
「うん……。ごめんなさい」
「気にするな」
ルークが、エマの着地地点に入っていた。
このまま続けていたら、エマは地面に落下していたのだと思うと、少し冷や汗をかく。
とにかく、エマが無事で良かった。
それはさておき、敵のプレイヤーはというと……。
既にリスポーンしていた。
防御力よりおしゃれが優先されるシクスオで、あれだけのコンボ攻撃を叩き込まれたとなると、耐えられるはずもなく無残に散るしかない。
「先輩、エマの戦いどうだった?」
「えっと……」
エマの戦闘スタイルを見た感じ、伸びしろはかなりあるのかな、といったところ。
少なくとも、肉体が固有スキルについていけてないということはなかった。ただ、固有スキルをもっと扱いこなすには、別のスキルを獲得することが必要になってくるのは間違いないとみている。
それはそうと、ダンジョンの入り口は何処なのだろうか。
あと、茂みからまた出てきている、赤い帽子の正体も気になって仕方ない。
どっちから対処したら良いのやら。
「パパ、ルビーアイ炭鉱はどこにある?」
「ここからもう少し坂を降りた先だ」
「それじゃあ、再しゅっぱつ!」
エマは、私が身に着けている白いローブを急いで掴み、歩き始めた。
「エマちゃん、どうしたの?」
「むぅ……。先輩、なんでもないよ?」
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