白い悪魔の物陰
「あれっ、パルトラちゃんの衣装が変わった?」
私に興味を示している、セレネの目がくりくりしていた。
「新しいスキル、つけてもらったから……」
「そっか。付与したばかりのスキルはレベル1だけど、使わないと勿体ないよね。スキルが成長すると出来ることも増えていくし」
「出来ること……行動の選択肢が増える……?」
「そんな感じかもね。例えば……レアスキル判別だと、最初はレアスキルとノーマルスキルかどうかの違いだけわかるけど、レベルアップしていくことによって、持っているスキルの開示とか出来るようになるよ」
「それは便利そうですね。私の付与スキルは、まだレベル1ですが……」
「レベル1なのか。やっぱり、パルトラちゃんは可愛いね」
「あっ、はい……。付与した探索系スキルはこれから強くしていきたいと思っているので、お手柔らかに……」
「パルトラ様とセレネ様、ノアがお先に進んでしまいますよ?」
近くにある階段を上りはじめるノアは、何かとせかせかしていた。
「ノアちゃんは、早く目的地へ行きたいんだね」
「セレネ様、すみません。ノアは失われたシリーズの解明を少しでも早く行いたいと思っておりまして」
「ノアちゃん、シクスオをもっとみんなで楽しもうよ、ということです!」
セレネは、ノアの元に駆け寄った。
「というわけで、目的の部屋に行きましょう!」
「そうですね。ノアも、シクスオを楽しまないとですね」
終始、笑顔が絶えない。
そんなに焦らなくても大丈夫と思うのだが。
いや、これは……結局のところ、私だけが取り残されそうになっている空気が出ている。
ぐぬぬ……。何か言ってやりたいけど、そもそも喋りたい言葉が瞬時に思い浮かんで来ないてまはないか。
とりあえず、エグゼクトロットを手元に出しておこう。
階段を上れば、先ほど感知した四人のプレイヤー達との距離がだいぶ近くなってくると思われるので、念のためといったところだ。
それはさておき、ひとりいなくなっている……。
シクスオから席を外したのかな。
それとも……。
「あともうひとつ階層を上がると、ノアが一番好きな場所がお見えになれます」
「そうだね。ノアちゃんのお気に入りの場所、すっごく良いよね」
階段を上り、一定間隔毎に柱が立っている通路に出ると、眩しい会話を続けている二人がどんどん前に進んでいく。
やや遅れてついて行くだけの私は、その会話を永遠を眺めるだけになってしまった。
これがずっと続くのは退屈ではないのだけど、シクスオが楽しいかと思うと、少しずつ遠のいていく感じがしてきた。
何か楽しいことがあればと思うのだけど、私はなにも思いつかなかった。
目的地の部屋に到達するには、まだまだ歩く必要があるので、しばらくはのんびり出来そうかな。
――と思っていた矢先、カチャリ。何かをセットする音が聞こえてきた。
この近くには、誰が潜んでいる?
「先手必中、死ねーっ!」
いや、もう前に出てきている。
白いウサギの帽子に、白の戦闘服。連射できそうな銃を構える女の子だ。
私の感知対象に入っていないこの子は、銃口をノアに向けていた。
「ノアちゃん、危ないっ!」
「ふえっ?」
セレネがノアの身体を押し倒し、そのまま横になった。
「セレネ様、大丈夫ですか?」
「うぐっ……」
何発か銃弾が体に擦ったのか、セレネは声を漏らしていた。
「サーチ出来なかった貴方、何者なのかな?」
「――魔法の射程圏内、退避する」
私はエグゼクトロットを構えると、白い戦闘服の女の子はこちらに気づいて、柱の裏に隠れてしまった。
とにかく今のうちに体制を立て直さないといけない。
「ノアちゃん、セレネさんに回復をお願いします」
「わかりました。……ひゃっ」
ノアが起き上がろうとした矢先だろうか。
黒い手袋を付けている青髪の男が出てきて、ノアの首を絞めつけはじめた。
「トワが変な通路を見つけたかと思ったが、まさかここのダンジョンマスターに遭遇してしまうとはな」
「その話は後にしてよねっ!」
柱の物陰から、女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。
ちゃんとした連携を取ってきている辺り、パーティーを組んでいるのだろうけど、この人たちは仲が良いのかわからない。
けど、ここは戦場だ。
シクスオの戦闘システムに準じて、やるしかない。
ますは確かめる。
スキルのレベル1とはいえ、相手がレアスキル持ちかどうかの判別は可能。
「えっと、二人とも……ユニークを持っている……」
この場にレアスキル持ちの相手が二人も出てきているのは、とても珍しいことなのだろうけど、私はドロップアイテムの期待に全く意識が向かないでいた。
結局はそれどころじゃない空気だから、というのが大きいのかもしれないが……。とにかく頭数をひとつ減らせば、何とかなるかな?
ノアちゃんを助けるのは、それからでも大丈夫だと思いたい。
「まずは……」
私は、ひょっこり顔だけ出している白い戦闘服の女の子に、狙いを定めていた。
エグゼクトロットの先端を向けて。
……いや、これは罠だ。
私の背後の柱にもうひとり、敵が潜んでいる。
ノアちゃんは拘束されていて、セレネは負傷している。
次の一手はどうしよう……というか、何故こうなった?
全ては……冒険者から襲われたのが原因で……。
いきなり襲われるのは嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
この状況を打破するには、もう焼いちゃうしかないよね?
「冒険者にいきなり襲われるのは、嫌なのだから……!」
憎悪の気持ちを現した表情が顔に出てくる私は、こんなところでリスポーンしたくないと強く願った。
「蒼き炎、目覚めの旋律。ひれ伏せろ」
詠唱すると、ダンジョンの床に青い炎が燃え広がる。
「熱っ、なにこれっ」
白い戦闘服の女の子は驚いて、柱から出てきたが――すぐに別の柱に隠れる。
もし彼女がしぶといなら、倒すのは後回しが無難だと思ってしまう。
一方で、青髪の男は青き炎に耐えようとしていた。
「すみません。手が緩んでしまってますよ?」
ノアはあっさりと男の拘束から抜け出していた。そして、ノアは詠唱をはじめる。
「女神の祝福、我らの傷を癒やしたまえ」
ノアは、自身を含めたパーティーの傷を一瞬で治した。
「さてと……血を、全部吸い取ってもよろしいでしょうか?」
「く、来るなっ!」
「ノアの前から、決して逃げないでくださいね」
両目が赤に染まっていくノアは、青髪の男の左腕に、容赦なくかぶりついた。
「ぐうわあああああああああ!」
青髪の男は絶句をあげて、その場で倒れ込んだ。
「……俺は降伏だ。降伏する!」
すぐさま、戦意消失の意思を示してきた。
だが、吸血衝動に駆られたノアは容赦なく血を吸い取っていく。それは、この男がリスポーンされたというメッセージが出てくるまで続くのであった。
「ふぅ……ご馳走さまでした」
瞳の色が通常に戻っていたノアは、すっかりご満喫していた。
「パルトラちゃん、この場にいる敵の数はいくついるの?」
「セレネさんは、もう大丈夫ですね。敵はあと三人います」
「なるほど。それじゃあ、アレを使うね!」
戦線復帰できるようになったセレネが、自身の胸に手を当てた瞬間だった。
「ごめん、もう限界……」
私の後ろに隠れていた者が倒れ込んで、リスポーンした。
「これであと二人ね。でもわたくしも戦いたいから――目覚めて、ドラゴンソウル」
セレネはスキルを発動すると、自身の体をドラゴンの姿に豹変させた。
「吾輩の本気、見せてやるぜ」
硬い爪、白銀の胴体、透明度の高い大きな翼。
そして何よりも圧倒的な威圧感が、敵の戦力を確実に削ぐものとして機能するだろう。
「さぁ、滅べ」
セレネが天井に赤白いブレスを吐くと、人間がひとり落ちてきた。
その人間はリスポーンされたと表示されて、すぐに消えてしまった。
これで残りの敵は一人。
私が居場所を感知出来ないレアスキル持ちだから、天使の羽で飛びながら柱の裏を慎重に調べていくことにした。
「吾輩のブレスで、トドメを刺しても良いのだがな」
「セレネさん、今回それはしないようお願いします。倒すのは彼女にいろいろ聞き出してからでも遅くなくて」
「わかった。そういう方針なら、吾輩は大人しく待機しよう」
私はセレネを説得させた。これで何が起きても陣形は崩れないだろう。
けど、戦闘はまだ終わっていないと思うから、油断してはいけない。
あの女の子は、必ず反撃のチャンスを伺っているはずだ。
……と、思っていたのだが。
白い戦闘服の女の子は、目を回して倒れ込んでいた。
「天使とドラゴンに、吸血鬼は……無理いっ……」
私たちの捲り返しを目の当たりにして、威圧感に耐えきれなかったのだろうか。
気絶していた白い戦闘服の女の子の左腕を掴んだ私は、二人に報告する。
「ここにいました。まだ、倒さないでおきます」
これにて戦闘終了とする。
とりあえず、自然に目が覚めるまで待ってから、いろいろ聞き出すことにしよう。
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