唯一無二の癒し手
水の都アクエリアにお出かけした日から、おおよそ一週間が過ぎた頃。
クレイキューブの地下迷宮にある、アレイの工房にて――。
私は作業台の上に置かれていた、エグゼクトロットを手に取る。
「強化は無事に終わったのやね。これで武器を投擲しても、水の加護で手元に戻ってくるようになったのやけど」
作業を終えたアレイは、全身を伸ばす。
海殿――グレイブ・クローニアの探索によって手に入れた、星煌めき水晶。それは、エグゼクトロットを改良する為に必要だったものなんて、思いもしなかった。
「アレイさん、ありがとうございます。早速試してみたいと思います」
「ここだと狭いから、フィールドでやってみると良いかもやね。丁度、フィナ殿が外で剣の練習をしているところやね」
「そうですね、早速ですが行ってきます」
私はアレイの工房を後にすると、フィナがいるダンジョンの外側へと向かうことにした。
風神の和太鼓を回して、ひとっ飛び。
目的地にはすぐに行けてしまう。
ヒュ――。
フィナは、ひとりで黙々と剣の素振りをしていた。
「フィナっ!」
「パルトラ、改良された武器の使い勝手はどうだった?」
「えっとですね、いまから試してみたいとは思いますけれど……」
周囲を見渡した私は、だんだん目が泳ぎそうになる。
標的にできそうなところがあれば良かったのだが、残念ながら近くにモンスターがいない。
他に目立つものは、私のダンジョンくらいか。
クレイキューブの地下迷宮は、ピラミッドのような外見をしている。もしも投擲するのを試すなら、どこが相応しいだろうか。
「すみません、的になるようなものが見当たらなくて」
「そうだな。あたしがここから二十歩ほど歩いた場所を、的としてみるのはどうだ?」
「地面に刺してみるということですか?」
「そうなる」
フィナはゆっくりと歩き始めた。
いち、に、さん……二十を数えると、立ち止まる。
「あたしの左側を狙ってみて」
「わかりました……やってみますね」
肩の力を抜いた私は、エグゼクトロットを投げた。
すると、エグゼクトロットは高速で飛んでいった。そのまま突き進み、フィナが立っている地点より、左に逸れた場所に刺さる。
ここで私は右手を伸ばし、意識する。
水のイメージ。エグゼクトロットがこちらに戻ってくるような感覚。
「あっ……」
エグゼクトロットは透き通った水の塊になって、私の元に戻ってくる。
「えっと、こうかな?」
右手で掴む意識をすると、杖の形に戻っていった。
これなら、エグゼクトロットを投擲しても、回収には困らなくなりそうだ。
もう一度試してみようかな……。
出来れば何度も試して、感覚を掴みたい。
「フィナ、また投げて大丈夫ですか?」
「ちょっと待って」
その場で見上げているフィナは、何かを発見した様子。
「フィナ、どうしたのですか?」
「えっとだ。黒い何かがこっちに飛んできていて……」
ふとその場で空を見上げると、黒い影が横切り――。
灰色の円盤が、地面に落下していき。
フィナがぶっ飛んでいった。
「フィナっ……!?」
フィナは、落下した円盤からそう遠くない場所に転がり込んでしまう。
そして――。
『フィナはリスポーン待機中に入りました』
ログが流れて、私の開いた口が塞がらなくなった。
フィナが倒された。降ってきた円盤に直撃した故の事故だった。
あの円盤って一体なに?
私はおそるおそる近づいてみると、自身の頭部を気にしている金髪の美少女が座っていた。
彼女は青いハート型の帽子を被っていて、水色と白が混じる神官服を着ている。
その姿はまるで聖女のように見えた。
「えへへ……まさか不時着してしまうとは」
「あの、不時着して早速で申し訳ないのですが、その円盤にぶつかったであろうフィナが、倒されてしまって」
「倒されて……? うっかり他のプレイヤーさんを倒してしまいました?」
彼女は首を傾げそうになったので、手で場所を指し示して、フィナが倒されたことをアピールした。
そしたら、彼女はフィナの死骸を見つめて、状況を理解ようとした。
「すみません。なんとお詫びをしたら良いのか」
「それは、フィナがリスポーンした後で大丈夫だと思いますけど」
「リスポーンですか。そうですね……」
彼女は円盤から飛び降りると、倒されたフィナのもとに駆け寄った。
そして、白い魔方陣を展開する。
「女神の祝福、かの者の傷を癒やしたまえ」
詠唱を終えると、フィナの死骸が元通りになっていく。
それから、リスポーン待機中というメッセージが消失してしまった。
「うっ……あれっ……」
フィナはこの場で目覚める。
そして、私は目撃してしまった。シクスオには存在しないと言われていた、回復魔法だ。
「これは……パルトラ、何が起きたんだ?」
「フィナはもしかしたら、回復系の魔法が掛かったのかな……」
すぐに駆け寄る私は、状況を飲み込めずにいた。
「すみません、迷惑でしたか?」
「そんなことないよ。それよりも、どちら様で……」
「名乗るのを申し遅れました。ノアと言います」
「ノアちゃん……。私、パルトラと言うのでよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ノアはお辞儀をした。
円盤と一緒に空から降ってきたこの子、思ったより謙虚だ。
それに、回復魔法のことが凄く気になってしまう。
「まず種明かしをしないといけないですね。ノアの持つスキルは、不屈なる絶対回復です。回復系の魔法が扱えるようになる固有のものとなっておりまして、デメリットというものも一応あるのですが……」
「シクスオでは、唯一無二の回復魔法の使い手。そう言いたいのだろう」
「仰る通りでございます」
「フィナ、もう動けるのですか?」
「そうだな。あれで一回死んだのは事実だけど」
円盤の力を恐るべし、とでも思っているのだろうか。
フィナの顔は、墜落した円盤の方向に向いていた。
「ノアちゃん、あれは乗り物なのですか?」
「失われた円盤というアイテムです。乗り物なのかどうかは現在解析中でして。現状、ノアにしか操縦することが出来ませんから、放置しても問題ございませんけど」
「とりあえずノアちゃん、場所を移しましょう。ここ見晴らしが良いけど、ひと目あると気になってしまうかなと思って。フィナもそれで良いです?」
「あたしは別に構わないが、少し小休憩したいからシクスオから一旦席を外すよ」
「フィナ、わかりました。そしたら、二人で移動ということで」
「そうなりますかと……場所はこちらの国のギルドですかね?」
「いえ、私のダンジョンですよ」
「パルトラ様のダンジョン?」
ノアは、そわそわしていた。
小柄ながら熱い視線が、私に注いでくる。
「とても気になります」
「まずは、フレンド登録してワープできるようにする。それからですね」
「はい、お願いします……」
画面をタップして、ノアとフレンド登録を済ませる。
その後、クレイキューブの地下迷宮にある、ダンジョンクラフトの部屋へ案内した。
あそこならば、ひと目を気にしないで情報共有をすることができる。
「ここが、このダンジョンの核となる場所ですね。素晴らしいです」
ノアはとても関心を寄せていた。
というか、ノアを軽々と、ここへ案内してしまって良かったのだろうか。
「パルトラ様は、これといった心配をしなくて大丈夫ですよ。ノアは、天空都市セラフィマでのダンジョンマスターですから」
ノアは、軽く胸を張る。
「ノアちゃんはダンジョンマスターだったのです?」
「えへへ……そうですね。ダンジョンマスターとはいっても、ノアは戦闘向きなスキルや戦い方を持ち合わせていないので、モンスター様に頼りっぱなしになってしまいますし」
「それはそれで、ダンジョンの特色が出てきそう……。というか、ダンジョンマスターって何人いるのかな?」
「パルトラ様は、シクスオのダンジョンマスターの数についてご周知ないようですね。それならいまからお伝えします」
「ノアちゃん、お願いします」
重要な情報を前に、私は息を呑む。
「シクスオには、六つの国がありますね。ダンジョンマスターもそれぞれの国にひとりずつ現れるようになっているそうです」
「ひとつの国にプレイヤーが作り上げたダンジョンがひとつ……」
「言い方を変えればそうなります。それで、ノアが知る限りでは、迷宮神殿オシリスでのみダンジョンマスターを発見することが出来てなかったのですが、こうしてめぐり合わせる時が来るとは思いもしなくて」
「私ですか?」
「そうです。なので、本日お会いすることが出来たのは、何かの縁ですね」
ノアは、私の両腕を軽く掴んでいた。
何かの縁。
そんな単語を耳にすると、とっても不思議な気分になりそうだ。
「それはさておき、すみません。限界が……近いです……」
ノアの身体が、急に震えだしていた。
「ノアちゃん。どうしたのですか?」
「吸血衝動が……これ以上、抑えきれなくて……」
必死に堪えるノアの瞳は、赤く染まっている。
「回復魔法を……使い過ぎるとですね……。どうしても、血がほしくなってしまいまして……」
「なるほど、固有スキルのデメリットかな。私は納得している場合ではないですよね!」
ノアはいまにも私の首元を、かぶりつきそうになっていた。
フィナは、まだ帰ってきていない状況。
今なら、大丈夫かな?
「ノアちゃんがどうしてもというのなら、少しだけ……」
「すみません。頂きますね」
ノアは吸血鬼のように、私にかぶりついた。
その瞬間から、私は血を吸われていく感覚を味わうことになった。
優しく、ゆったりと肩の力が抜けていく。
いまのところ、殆ど痛みは感じてないけれど、喜んでいるノアちゃんの顔が見えなくて……。
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