グレイブ・クローニア
私はシクスオに存在する、全てのダンジョンを見通せるようになった。
各ダンジョンはモデルとして実体化しており、楽しい、明るい、といった雰囲気がモデルの内側から溢れ出していた。
その中で特に孤独さに満ちいた、海殿――グレイブ・クローニア。
両手で優しく包み込んだ私は、このダンジョンのことを詳しく知りたいと願う。
すると、ふわっと文字が浮かび上がった。
海殿――グレイブ・クローニア、第一操作権限者セレネ。
瞼を開けた私は、人間の姿に戻っていたセレネと顔を合わせる。
「セレネさん。貴方が、このダンジョンのマスターだったのですね」
「うん、そうだよ」
セレネは否定しなかった。
「……それで、セレネさんが悲しんでいたのは、どうしてですか?」
「演技だよ。わたくし、キャラクターを演じるのが趣味なの。といっても、想像以上にダンジョン攻略が捗っちゃって、徐々に終わっていく寂しさが隠しきれなかったかな。ちょっと反省だね」
セレネは、満足そうな気持ちになっているのか、ほんの少しだけ微笑んだ。
「時間経過によりスキルの強制解除――。ふぅ、終わったか」
武器をしまい込むフィナは、普段の格好に戻っていた。
もう、戦う必要はない。私たちは勝ったということなのだろう。
「わたくしが仕込んだ物語に、最後まで付き合ってくれてありがとうね」
「えっと、はい……」
セレネに握手を強請られると、心の片隅で安心を覚えて肩の力が抜けた。
「それで、パルトラさんはこれからどうするの?」
「どうするって。あっ、ブルースピリットのスカウトをしないと!」
「ブルースピリットのスカウトね……月光の処刑人だっけ? あれの攻撃を受けたブルースピリットたちが再生するのに、ものすごい遅延が発生しちゃっているから、生き残っている個体があればだけど……」
セレネが画面をタップしている。
ブルースピリットってアイテム扱いなのか……?
「あっ、あったよ!」
セレネが決定ボタンを押す。
『新マスターさん、ヨロシクダー!』
ブルースピリットが、一匹だけ出現した。
「パルトラさんのスキルで作成することも可能といえば、可能だけど。この子でよければ」
「えっ、譲ってもらえるのですか?」
「わたくしのダンジョン、攻略完了記念に」
「あっ、ありがとうございます!」
嬉しさを抑えきれなかった私は、セレネの両腕を握りしめる。
「これで当初の目的は全部果たせたな」
「フィナ、そうですね。私のダンジョンに戻って、早速ダンジョンクリエイトですよ!」
「そうそう。この部屋の横方向に伸びている通路の先端に、アクエリアのギルドへと繋がるワープゲートを設置してあるから、よかったら使ってね」
「はい。ありがたく使わせて頂きます!」
原理はクレイキューブの迷宮に設置してある、ワープゲートと同じようなものか。
ダンジョンからの一方通行。
それはそうと、アクエリアのギルドはどんな風になっているのか、少し気になってきた。
「しかし。二人がもう帰っちゃうとなると、少し寂しいなぁ」
「そうか?」
「そうだよ。パルトラさんも、寂しいと思わない?」
「えっと、そうともいえるし、そうじゃないとも……」
「どっちだろう?」
「どっちだ?」
「セレネさん、フィナ、同時に首を傾げないでください!」
「パルトラに、そう言われてもな……そうだ」
「フィナ、どうしたのですか?」
「パルトラはダンジョンマスターだし、お互いにフレンド登録しておいたら?」
「そうですね。セレネさんが、拒まないというのならですけど」
「うん、別に良いよ。わたくしと、お友達になってやろうぜ!」
右手を出してきたセレネは、握手を求めてきた。
こうして、フレンド登録をして。
「それでは行こうか、パルトラ」
「はい、フィナっ!」
フィナと手を繋いだ私は、一緒にワープゲートへ向かうことにした。
*
「あっ……。正しき歴史の情報を伝えておきたかったけど、タイミング逃しちゃった……」
二人がワープするところを見届けたセレネは、すぐに第一精霊研究所があるエリアへ移動しようとしていた。
――この地の大精霊の研究が進む一方で、小さい精霊の存在があやふやにされつつあった。
だが、ある日を境にして、小さい精霊についての知識を一斉に後継者へと引き継ぐタイミングが訪れた。
後継者とは、ダンジョンマスターのことである。
そして、引継ぐタイミングの暦は、シクスオのサービス開始時と一致する。
*
「パルトラ様、フィナ様、お疲れさまです。こちら、水の都アクエリアのギルドとなります」
私たちは無事に、アクエリアにあるギルドへたどり着くことが出来た。
到達して早速、フィナは慣れた手つきで何かの画面を触っていた。
「フィナは何をしているのです?」
「あたしの持ち物の確認しておかないといけなくてな。ギルドには収納できるボックスデータというのがあって」
「ボックスデータ……?」
「あの時、パルトラの作戦通りにしたつもりだったけど、ボックスデータの存在すら知らなかったのか……」
「はい、すみません」
「パルトラが謝る必要はないよ。今回の依頼で必要なアイテムが紛失しないように、ここに収納しただけだし」
「紛失しないように収納……。フィナ、もしかして星煌めき水晶はそこに入れていたのですか?」
「そうだ。シクスオではボックスデータを用いれば、アイテムを保護できる。入れることが出来るアイテムの数はそう多くないのだが、皆が重宝されているのは間違いなくて」
フィナは画面を閉じると、星煌めき水晶を手のひらの上に出していた。
シクスオにはなんとなく、アイテムを安全に確保できる機能があるとは思っていた。
けれど私自身、素材アイテムはダンジョン内ですぐに使ってしまうので、そこまで気にしてなかった。
とはいえ、知ってしまえばとことん利用していくまでだ。
今後、ギルドでしか使えない収納スペースを用いる機会は、きっと増えていきそうだ。
「星煌めき水晶の品質は、良好。これならアレイさんも満足できる鍛冶ができそうだな」
「そうですね……。それで、あのっ……」
私はフィナにもたれ掛かっていた。
「これから風神の和太鼓を使って、オシリスのギルドへワープする予定ですけど、ちょっとだけ私のお願いを聞いてもらえませんか?」
少しだけ、わがままを言ってみたい。
私はそんな気分でいる。
「ギルドにある扉から、外の景色がみたい。ちょっと開くだけで良いのですけど」
「そうか。わかった」
フィナは私のお願いを聞き入れると、ギルド内の扉を勢いよく開けた。
すると、爽やかな新鮮な空気が吹き込んでくる。
「凄いです! ここが、水の都アクエリア!」
メインストリートと思われる大きな道が、広がっていた。
左右から大きな滝が流れ落ちている中、冒険者たちはスポーツマンシップの魂が宿ったような表情で自主トレーニングに励んでいる。
迷宮神殿オシリスとは、また違った雰囲気が出ていた。
ここで、ふと思い出す。
あの広告のことを。
このゲームで探してみませんか? の答え合わせをしている気分になった。
ここには、遊びがある。
そして、楽しいが見え隠れしている。
それを見ることが出来ただけでも、大満足である。
「フィナ、ダンジョンの攻略お疲れさまでした。……またいつか、フィナと一緒に別のダンジョンの探索したり出来たら……」
「そうだな。その時が来たら、またパルトラと一緒に冒険したい」
「絶対、ですよ?」
私は念を押しておく。
ダンジョンの探索、冒険。ファンタジー世界が舞台ならやりがいがある。
ただ、のんびりと絶景を眺め続けるのも悪くない。
「それはそうと、ずっとこのままの姿勢でいたら寝てしまいそうだ」
「フィナ、そうですね。ここでひと眠りするのも悪くないのかも……」
「パルトラ、アレイさんからメッセージだって」
「何かあったのかな?」
「ダンジョンから出たなら依頼した素材をはよ持ってこい、だってさ」
「えー。私、もうちょっとだけのんびりしたいです」
「パルトラ、それじゃあ……あと数秒だけ……」
「フィナ?」
フィナは両目を閉じていた。
本当に熟睡しているのかもしれない。けれど、アレイさんが急いでる様子なので、ここでのんびりし続ける訳にもいかないと思った。
私は、心の中で一から十までを数えた。
「フィナ、起きてください。そろそろ行きますよ、私のダンジョンに!」
フィナの両肩を揺する私は、大きな声を出していた。
迷いのない、純粋な瞳でフィナを見つめ続けて、必死に起こそうとした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回からは新シナリオ、そして新キャラも出てくるので、楽しみに更新を待っていただけると幸いです。
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