知りたがりの少女と白い輝き
「あの小細工に気付いたようだが、もう遅い。貴様のお得意な魔法は、吾輩がこの手で封じさせてもらった。これで、もう何もできないだろう?」
私に勝った気でいるセレネが少し動くだけで、大きな地響きが発生した。
左手は結晶化して動かない。
セレネに気持ちが届かないまま、私の魔法が使えなくなった。
私がやれることは、全部やったのだ。
やり切って……本当にやり切っているのか?
その答えは、いいえだ。
私には、まだ出来ることが一個だけ残されている。
これでセレネの心を、知りたい。
セレネが抱える心の闇を、この手で救いたい。
「私のスキル、ダンジョンクラフトを起動します!」
スキル発動を宣言した私の前に、四角い画面が出てくる。
そこには、警告の文章が書かれていた。
『現在のダンジョンでは、パルトラに操作権限がありません』
ダンジョンクラフトのスキルを使ったところで、こうなるとわかりきっていた。
だけど、やるしかない。
「こんなもの、この手で壊してあげるんだから!」
後に引けない私は、エグゼクトロットの鋭い先端を、警告画面に突き刺した。
すると、いとも簡単にヒビが入った。
厳重なシステムにさえ抗おうという強い気持ちが、この結果を招く。
だが、その代償は発生する。ヒビ割れた画面の境目から電流が流れ出して、私の右手から全身に伝わってきた。
「きゃああああああああっ――!」
痛い、痛い。少しでも気が抜けた瞬間、私の意識がぶっ飛んでしまいそう。
「貴様、何を企んでるんだ!」
「はぁはぁ……こうでもしないと、セレネさんのことを、もっと知ることができないから!」
「吾輩のことを知る? どうしてそんなに知りたいんだ?」
「セレネさんが、悲しい気持ちになっていることにっ、納得がいかないんです!」
突発的な電撃に耐えた私は、セレネに訴えかける。
右手は、まだ動く。
エグゼクトロットに力を加える私は、必死になって警告画面を割ろうとした。
「納得しなくて結構だ。精霊たち、あいつを始末しろ!」
待機していたブルースピリット五匹は、一斉に私のもとに飛んでくる。
『キケン、シマツダ!』
『キケン、シマツ?』
『キケン、シマツスル!』
『キケン! キケン!』
『キケン、シマツデスネ!』
綺麗な横並びの配置になると、それぞれが氷柱を作り出そうとしていた。
「さぁ、小娘よ。凍てつけ」
セレネが指示を出し、ブルースピリットたちが攻撃を仕掛けてくる。
その時だった。
鋭い剣の刃が、空中を横切った。
『グエッ――』
『グエッ――』
ブルースピリット二匹が、粉々になって地に落ちた。
「なにっ、いったい誰がっ!」
予期せぬ事態に、セレネが驚く。
『グエッ――』
『グエッ――』
目にも止まらぬ剣の刃が、空中を横切って、ブルースピリットがまた二匹、粉々になった。
『グエッ――』
最後のブルースピリットも剣の刃で粉々にされて、セレネは青ざめていた。
「嘘っ、そんな馬鹿なことがっ!」
「それが、あり得るのだよ」
私もよく聞き覚えがある、クールな女の子の声。
闇に溶け込みそうな黒いマントをつけて、口元が隠れるくらいの太さがある紫のマフラーを首に巻いていた、フィナだ。
「パルトラ、待たせてすまない」
「フィナっ。その力、どうしたの?」
「あたしの固有スキル、月光の処刑人を発動した」
「なんか一定時間強くなる系、みたいなネーミングですね……」
「まさにその通りなんだが、詳しい説明をしている余裕はなさそうだな」
フィナは、白い剣を構える。
「あのドラゴンを始末すれば良いのか?」
「出来れば、倒しきらない程度で止めていただけると幸いです」
「わかった」
フィナは、ドラゴンの翼に注目していた。
それにしても、凄い力だ。フィナの髪に付けているアメジストの装飾品が、とんでもない輝きを放っている。いままでのフィナとは、比べ物にならないくらい強いことは目に見えてわかった。
「増援だ。精霊たちよ、やれっ!」
『タオセ、タオセ!』
『タオスゾ、タオスゾ!』
セレネの後ろからブルースピリットが、次々と飛んでくる。
「何度やっても同じだよ」
フィナは、後続として出てきたブルースピリットを、あっけなく壊してしまう。
そして、ブルースピリットの再生が、何故か行われない。
月光の処刑人の効果なのかな。詳しい原因が気になるところだ。
「吾輩が率いる精霊たちでは歯が立たない? ふざけるな!」
今にも怒り狂いそうだったセレネは、口の中に何かを溜め込みながら頭を上げた。
「ブレスだな。させないっ!」
フィナはセレネの頭に向かって、蹴りを入れにいった。
「ぐぬぬ……」
「ブレスは使わせないよ」
「仕方あるまい」
セレネは巨大な腕を横になぎ払い、フィナを遠くへ突き飛ばそうとしたが。
「動き、遅いな」
「吾輩を煽るんじゃないよ!」
軽やかな動きでセレネとの距離をとったフィナは、次の攻め手を考える。
「あっ……。右腕に、力が入らくなってきた……」
ひび割れは進行しているが、右手一本では流石に限界かも。
このままでは、いずれエグゼクトロットを押し込めなくなると思う。
「パルトラ、スタミナポーションを三つ持っていただろ?」
「あっ、そうでした。忘れていました! スタミナポーション、使います!」
アイテムを使いたい。そう強く願うだけで、スタミナポーションが私の頭の上に落ちてきた。
瓶が割れて、スタミナポーションの中身が掛かると、左手を覆っていた結晶が徐々に縮小していく。
「スタミナポーションで、結晶化が直った?」
これなら両手に力が入る。勢いに乗りたい私は、エグゼクトロットを両手で握りしめて、もっと奥へ押し込むことにした。
「吾輩のことを、そこまで本気に知ろうとする意味がわからない」
「よそ見するな。秘技――斬鉄剣、顎――」
「ぐああああっ!」
フィナが解き放った一閃で、セレネの左翼が離れ、落ちていった。
だが、セレネは持ちこたえた。
「まだ倒れないか」
「生憎、吾輩は体力に自信があるのだ!」
「それなら助かる。敵が簡単に倒れてしまうと、楽しくないからな」
「ぐっ、どこまでも煽りやがって!」
フィナとセレネが、激しくぶつかり合う。
「疲れてきたし、そろそろかな……」
疲労度合いを考慮した私は、二本目のスタミナポーションを使い、力を入れなおす。
「貴様、でたらめに強いな。どうなってるの!」
「あたしの強さ? 少なくともパルトラに出会うまでは、こんなに上手く立ち回れていなかった。でもな、パルトラと出会うことによって変わったことがあって……心の中から芽生えた、パルトラの良き友としてありたいという気持ちが、あたしをより強くしているんだと思う」
「ちっ……貴様の髪、アメジストの髪飾りによる効果かっ!」
「恐らくそうだろうな。……このまま詰めさせてもらうよ」
隙を一切作らないフィナは、勢いで押し切ろうとしていた。
剣先で円弧を描き、硬いドラゴンの皮膚に大きな切り込みを入れる。
本当は分かっているのだと思う。このダンジョンの探索中、私からのお茶濁しの言葉に対して、フィナがリスクリターンと口ずさんだこと。
足手まといになんかなりたくない。
もっと早く、もっと強く。
パルトラと一緒に、ダンジョンの探索を楽しみたい。
フィナの強い意志が、はっきりと戦闘に現れていた。
「どうして、どうして、なの!」
セレネは暴れて抵抗するも、フィナに対してまったく当たる気配がない。
そして、フィナは笑っている。セレネを翻弄して、確実にダメージに繋がる一撃を与えていくのが楽しいのだろう。
「フィナが本気を出し続けていますね……。私もまだまだ負けてられません!」
私は力を入れて続けていた。
やがて大きなビビ割れを起こすと、アナウンスが流れ出す。
『ダンジョン内の魔法制御を解除します』
その言葉を待っていた。
待っていたのだけど、まだ終わっていない。
私はこの先を行きたい。何処までも突き進んで、セレネのことを知り尽くしたい。
エグゼクトロットに力を入れ続けていた私は、その場で詠唱を始める。
「白き翼よ、我に聖なる加護を与えたまえ」
魔法が放たれると、私の背中には、白き天使の四枚羽が生えていた。
「何っ、魔法が使えるようになっただと……!」
「だから、よそ見しないで」
「ちっ……」
フィナとセレネは、交戦を続ける。
互いに繰り出した強い一撃が激しくぶつかり合い、風が吹きすさぶ。
その風によって、自身の髪が激しく靡いたとしても、私は立ち続けた。
手元にある回復アイテムは残り一個。
ここまで来たら、奇跡でも何でも良い。
私は最後のスタミナポーションを使って、全力を尽くす。
ひとつ、またひとつ、警告画面にヒビが増えていく。
そして、遂に。
限界を迎えた警告画面が、砕け散る。
『パルトラの固有スキル1が、進化いたしました』
予期せぬ通知が、私の耳元に届く。
これなら、出来るかも。
セレネさんの全部を知って、心から救いだすことを。
「いきますよ、セレネさん!」
私が握りしめていたエグゼクトロットの先端から、白い輝きを照らしていく。
発動――。
「《天翔る銀河の創造天使!》」
お読みいただき、ありがとうございます!!
面白いと思いましたら、感想、ブックマーク、評価をお願いします。作者の励みにもなるので何卒よろしくお願いします!!!