クローニア学園
「ここが……目的のダンジョン?」
学校を連想させる廊下の上に立っていた。
建物の構造を見た感じ、ダンジョンというより校舎の中にいる感覚だった。左手に窓ガラスがあるが、外の様子は何もみえない。
そういえば、後ろはどうなっている?
私がその場で振り返ると、人柄アバターが実体化していき――。
「ここが、海殿――グレイブ・クローニアだな」
少し出遅れたフィナが、ワープしてきた。
「気を引き締めて、気をつけないとな」
フィナは白い剣を握りしめて、いつ戦闘が起こっても大丈夫なように用心する。
「フィナ、フィールドにいた他のプレイヤーを放置しても大丈夫ですか?」
「ああ、それなら入ってこないだろう。ここは学校をモチーフとしたダンジョンになっていて、宝石の名がついたSSRのアクセサリーを装備した者がいないパーティーは、何故か入ることが出来ないからな」
「ふーん、そうなんですね。宝石のアクセサリーが通行証みたいなものかな……?」
「そうなる、らしい……」
フィナは自信なさげに答える。
フィナは、私がこの手で渡すまで宝石の名がついたSSRのアクセサリーを持ったことがなかったのかもしれない。つまり、このダンジョンの探索は互いに初めてということになる。
一応、フィナの後ろが壁になっていることを確認すると、進める方向に向かって歩き始めた。
「ここに精霊さんがいて、アレイさんが指定した素材があるのかな?」
「そうだな。まずは、教室の中でも覗くか」
フィナは、近くにあった扉をスライドさせる。
「これは……」
まさに教室だ。
勉強する机があって、椅子が並べられていて。
「あそこには――人の気配がしますね」
このダンジョンに入ってから、マップが表示出来ないみたいなので、これが何か判別することが出来ない。
けど、見つけた以上は確かめるしかない。
「パルトラ、気をつけて」
「わかっていますよ」
万が一の事態を引き起こさないよう警戒する私は、慎重に近付いていく。
けど、人の気配がするのは、おそらく正しい。近づいていくにつれて、そう思えてきたから。
これは間違いなく、人だ。
「えっと、生きてますか?」
机越しに声を掛けてみると、私に向かって貧弱そうな視線を注いできた。
「ひゃわっ……。す、すみません!」
小柄で髪の長い白髪美少女が、とても怯えていた。
彼女の赤い瞳はとても脆く、今にも涙腺が崩壊しそうだった。
これは、どうしよう。
――と、悩んでいる暇もなさそうだ。
「た、助けてー」
頭を抱えて脚を震えさせる彼女は、必死になって両手を伸ばしてきたのだ。
「はい。この手を持ってください」
私が手を差し出すと、すぐに掴んできた。
よいしょ――。
彼女を引っ張り上げて、そのまま立ち上がらせた。
「すみません、手を煩わせてしまって」
「私、別に大したことしてませんよ?」
「パルトラ、大丈夫か?」
「フィナ、私は大丈夫ですよ。それよりも、この方は……」
「助けてくれてありがとうございます。わたくし、クローニア学園精霊学科に所属するセレネと言います」
「私、パルトラです!」
「フィナだ。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。心強いお方が……二人も……」
セレネは、心に安らぎを求めるような目つきで、私と視線を合わせる。
「私、なんかしました?」
「あのっ、ですね……そういうことではなくて……。この学園は現在、とある紛争に巻き込まれておりまして……」
胸に手を当てるセレネは、恐縮しながら訴えかけてきた。
ダンジョン内での紛争か……。
そんなの、シクスオで一切聞いたことのない話だ。
いや、私の捉え方を間違っているのかもしれない。このダンジョンは学校をモチーフとしているのだから、それっぽいイベントが発生していると考えるのが妥当ではあるのだが……。
「もしお力になれるなら、私が協力しますよ?」
「えっと……ちょっと待ってね……」
白い制服をはたくセレネのこと、なんだかほっとけない。
あと、白い制服は、クローニア学園のものかな?
シンプルで、とても愛らしいデザインだ。私も着てみたいという欲求は、いったん抑えておく。
「パルトラさん、本当ですか? ありがとうございます。でも……」
「あたしもいるが、何か問題でもあるのか?」
「説明できる限りお話します。まずですね、この学園は邪悪なモンスターの意思を引き継いだ精霊から襲撃を受けている状況です。校内にモンスターが解き放たれて、常に危険が伴う状況にあります」
「なるほど、それなら片っ端から倒したら解決です!」
「だとよかったのですけどね、学園の厳重なセキュリティがそれを許してくれません。本校では朝のホームルームで鳴る予鈴の時間からから当日の授業が終わるまで、グラウンド以外での場所でのスキルと魔法の使用を封じるよう設定されておりまして……。まずは、制御している装置の電源を切りに行かないといけなくて」
「魔法やスキルが使えないのです?」
「はい、なので外に出るのは自殺行為に等しくて」
思わしくない状況の重々しさが、ひしひしと伝わってくる。
「宿れ、炎の球体……」
エグゼクトロットの先端に魔力を込めようとしたが、なぜか上手くいかない。
これが封じられている、ということなのだろう。
「どうしましょうか。魔法使いの私は、足手まといですね」
「あたしの剣なら、使える。セレネさん、道案内は頼めるか?」
「道案内くらいはできます。ただ、校内に潜んでいるモンスターの位置まではわかりません」
「あたしが先頭に立つから」
「フィナがそうなら、私が一番後ろに付きます!」
私とフィナで、セレネを挟む陣形をとる。
戦闘が発生したら、陣形は崩れるかもしれないけど、なんとかなると思いたい。
場合によっては、モンスターから逃走することも視野に入れないといけない。
「セレネさん、制御装置はどこにあるのですか?」
「あっ、えっと。一階の職員室ですね。ここからだと二階分くらい降りないといけなくて」
「では、ますは階段を探しましょう!」
「パルトラ、そうだな!」
フィナはとても気を引き締めていた。
スキルと魔法が封じられている以上、探索すらまともにできないのは事実。
とにかく、進むしかなかった。
「まずは階段ですね……あった!」
幸か不幸か、現在の階層ではモンスターに遭遇することはなかった。
それでも、気を引き締めないと危険そうだ。
私は、発見した階段を降りていく。
フィナとセレネが近くにいるだけで、何処となく頼もしく思えた。
モンスターとの戦闘はまだ発生していないけど、いざとなったら頼らないといけない。
階段を降りた先は、廊下が左右に続く。
目的地の職員室まではまだ遠い。左右に続く廊下のどちらか、あるいは両方にモンスターが潜んでいる可能性が高いのではないかと推測する。
「右に行きます!」
私は即決した。この状況では反対意見なんて絶対に飛んでこないとわかりきっている。チームワークが悪くならないので、少しは安心できる。
「あっ、すぐに階段ですね」
もうひとつ下に降りれる場所を、発見してしまった。
ここを進めば、いよいよ職員室探しとなる。セレネなら、職員室の場所について把握しているだろうし、そこはスムーズに進んでくれると信じていた。
「パルトラさん、フィナさん、こっちです」
セレネは口頭で伝えてくる。私とフィナは、その情報を頼りに慎重に進んでいった。
まだモンスターと遭遇しない。
ここは、本当にダンジョンなのか……?
「職員室がこちらの扉になります」
セレネのお陰で、無事に職員室へたどり着くことができた。
先頭に立っていたフィナは、早速だが扉に手をかける。
「フィナ、職員室へ入れそうですか?」
「どうだろうな……」
フィナは指先に力を込めて動かそうとしたが、扉は全く動かなかった。
「駄目だな、あたしは無理だ」
「そうでしたか。フィナに出来ないなら、私も無理でしょうね」
「すみません、ひとつ言い忘れてました。スキルと魔法の制限をかける装置というのものは、この職員室の横にありまして」
セレネの指摘通り、職員室に続く扉の右隣には、怪しげな黒い装置が設置してあった。
「そうか、それなら早速壊そう」
白い剣を振ったフィナは、綺麗な斜め四十五度で装置を切る。
装置からは白い煙があがり、瞬く間に爆発した。
「これでスキルと魔法が使えるようになったのか?」
「そ、そうですね……」
自信なさげなセレネは、フィナから目を逸らしていた。
「これで、まともな探索することが可能だな……。パルトラ、あたしたちがこのダンジョンを探索する目的ってなんだっけ?」
「私たちの目的は精霊様のスカウトと、星煌めき水晶の獲得です!」
「そのどちらも周囲になさそうだが」
私たちは聞こえていた。廊下の閉まりきった窓ガラスが、ミシミシと音を立てて、いまにも割れそうな状態に近づいていっているのは間違いなかった。
「星煌めき……うーん……」
「セレネさん、どうしました?」
「この学校には戦いに巻き込まれるといったのですが、モンスターが徘徊するのは地下に眠るお宝のせいだと言われてま――」
突然、窓ガラスが割れた。
「なんでしょうか?」
「精霊が近くまで来ている。精霊は、強力な魔法攻撃を使ってくる噂があって……」
「私、少し戦ってみたいような」
私はその場で待ち構える。
割れた窓ガラスには、モンスターとみられる手先がみえていた。
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