西のクラフトルーム
「仕方ないですね……発動しますよ、天翔る銀河の創造天使!」
スキル名を口に出すと、私の翼が白に染まりだした。
本来あるべき天使の羽が、戻ってきたのだ。
「良かった。これでひと安心出来そうだけど……なんでしょうか?」
黄色い丸玉が反応したのか、私の目の前に文字が浮かび上がってきた。
只今のマスター権限、アマノハク。
サブマスター権限、フウリン。
文字を読み上げると、ニケからの期待値が大きくなっていたのか、私の頬をいまにも突こうとしていた。
「ニケさん、どうしたのですか……」
「すまない。それを書き換えてくれないか」
「どういう感じにです?」
「マスター権限をニケにしておいてくれ、サブマスター権限は任せる」
「うーん。フウリンさんには申し訳ないけど」
私は口を酸っぱくした気持ちで文字を書き換えた。
マスター権限を、ニケに。
サブマスター権限を、ヴァルハリーザに。
これで、まともに戦わずしてヴァルハリーザの目標が一歩進んだということかな。
葬儀があって、アマノハクが地球からいなくなって、ニケもひとつ苦労があったのかもしれない。
いかにも報われたような和らいだ表情をみせるニケは、この場でログアウトの準備をしていた。
「ニケさん、魔界ダンジョンからもう離れるのですか?」
「今日やるべき仕事はこれで終わりだからな。明日から資料の見直しが始まるわけだし」
「資料……シクスオの?」
「ほとんどはアマノハクが残していったものだけど、ごく一部にゲーム内に一切実装されていないラフ画もあってだ。深く解析するつもりだよ」
「私も休もうかな……たぶん魔界ダンジョンに、だけど」
「言っておくが、ここはシクスオの各ギルドと魔界ダンジョンを繋ぐゲートでもある。だから、自分の国にいつでも帰れるぞ?」
「そうなんですね、ありがとうございます。……うん?」
私の元にシステムメッセージが入ってきた。
お知らせの通知だ。
早速だけど、開けて読んでみる。
「パルトラは固有スキル、堕天モードを獲得しました。って、えっ?」
いま流れている心の安らぎが、一瞬にして崩れ去るような横文字。
「ほう、新たな固有スキルか。これは更に面白くなってきたな」
「ちょっと、ニケさん!」
「獲得した固有スキルはこれで五つ目なんだろう? 面白い以外に何がある?」
「それは、その……」
現在の仕様で固有スキルが複数個あることによるレアドロップ確率は、アイテム毎に設定されている基本ドロップの確率と現在所持しているレアスキルの数を積した数値になる。
ここに対して乱数によって多少の変動はあったりするものの、私に対してのヘイトが、凄まじいことになってるような……。
「それじゃあ、またどこかで会おうか」
ニケはログアウトした。
私を西のクラフトルームの中に置き去りにして。
「はぁ……。ネフティマちゃんが私のことを心配しているだろうし……オシリスのギルドに帰ろうかな、でも」
私はその場で振り返る。
「魔界ダンジョンの魔王を決める戦いも、放ってはおけないというか。見届けたいんだよね」
ごくりと息を呑み、一歩進みだす。
ここで帰ってしまうと、ベータテスト版である魔界ダンジョンには、すぐに行かないかもしれない。
堕天使ルトラとして、もう少し振る舞うのも悪くないと思った。
あとは、アマノハクらしき声が気になって仕方ない。
私にだけ聞こえていたものだから、アマノハクが残したラフ画とかについて、何かしらの手掛かりになるものが掴めるかもしれない。
そう思えば思うほど、魔界ダンジョンでの冒険も悪くないものになってくる。
新たな素材もたくさん手に入りそうだし、案外いい事づくめかもしれない。
「スキル発動、堕天モード!」
覚えたての固有スキルを使ってみると、天使の羽の感覚が消え去り、堕天使の赤い翼が背中から生えてきた。
ふむっ。
特に違和感はなし。
注意したいのは、堕天使ルトラと名乗っておくことを忘れないこと。
あとヘイト管理くらいか……よし、行こう。
ステータス画面を閉じた私は前向きになっていた。
いま立っている部屋には、二つのワープゾーンがある。
前にあるのが、魔界ダンジョンに繋がっている。
後ろにいくと、各ギルドに行ける。
ここで私は前を選び、ワープゾーンに踏み込んでいく。
そしたら一瞬だけ暗転して、西の魔王城の隠しエリアへと戻ってきた。
「寒くは、ないかな……」
私の魔法で生まれた氷は、流石にもう解けてしまっている。
「階段、ここを上っていったら」
ヴァルハリーザとピリコがいた。
「おっ。帰って来たか」
「お宝情報とかあったら聞かせてくれる? あそこからワープした先には何かあったのかをナッ!」
「ええっと、そうですね……」
私が応答するのに戸惑っていると、背中を軽くポンと押された。
「ルトラっ。ほんと遅かったわね!」
「フウリンさん、もう大丈夫ですか?」
「し、心配なんて不要です。ただ……よくわかりませんけど、西の魔王としての役が失われてしまいました」
「うーんと。まぁ、気に病むことはないのじゃないかな」
こっそり私がやりました、なんて言えないんだけどね。
ただ一つだけ、思えることがあった。
このゲームを楽しめるようになってきたのかな。
私と再び顔を合わせた際のフウリンの顔は、あからさまに笑っていた。
お陰様で第五章スタート!!
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