魔神ダイダロ
使用するのは、炎の魔法? 水の魔法? 雷の魔法でも、土の魔法でも良いかな。
でもダンジョンに水っぽさがあるし、ここはやっぱり。
雪が積もっている幻想的な城のホールを連想する。
「よしっ……!」
私は武器を春風の杖に持ち替えてから、詠唱を開始した。
――凍てつく氷柱、眼を打ち破りし絶対なる剣。
我、聖女の名において命ずる、永久に眠りたまえ。
そして、天霊の歌声、光輝け。
「行くよっ! ラヴィーナエンド・セラフィック!」
私が振り上げた杖の先端から、透明度の高い氷の球体が、フワッと浮かび上がる。
「ダロ、ロロッ!」
魔神ダイダロは、真っ向から抗おうとしていた。
三つの頭についている口を大きく開けると、それぞれが水の光線を解き放ってきた。
だが、遅い。その水の光線は一瞬にして凍てついた。
「ダ、ダロ……」
魔神ダイダロは巨大な胴体ごと凍り付こうとしていた。
それだけじゃない。
階段のあるこの空間に元からあった水気までもが凍てつく。
その証拠として、階段がカチコチに凍ってしまっていた。
「寒いですわ……それはそうと、この魔法はいったい……」
近くにいたフウリンが驚愕しているのも無理はない。
でも、凄いのはここからだよ!
私が魔法で生み出した氷の球体は、剣の形となっていた。
杖を振り下ろすと、剣が動く。
狙いは、魔神ダイダロの頭のひとつ。真ん中の部分だ。
「これでどうですかっ!」
「ダロッ!?」
魔神ダイダロの動きが完全に止まる。
ヴァルハリーザでも打ち破れなかった強固な表面を、氷の剣であっさりと貫いてみせた。
「す、凄いナッ!」
「ふん。オレの仲間としては、なかなかなものだ」
天使の羽そっくりなカタチを成している氷の結晶が、ひらひらと落ちていく中、ピリコとヴァルハリーザは私のことを褒め称えていた。
その一方、フウリンは落ち着きがないように見えた。
「まだ、お、終わってないですわ……!」
「えっ、そうなのです?」
「あ、あのモンスターの眼球が動いております」
「本当かな?」
フウリンの指摘を受けて、私は凍てついた魔神ダイダロの様子を観察する。
ギョロッ。
確かに目が動いていた。
ただ、動いたといっても徐々に鈍くなっていく。
やがて、目も動かなくなると両目を閉じた。
これで討伐完了。
と、思ったのだが。
「ダロロロロロッ!」
威勢のある声と共に、モンスターは氷の中から出てきてしまった。
「仕留めそこなったのかな……いや、違うかも」
私はゲームのログを確認した。
すると、驚きのメッセージが書かれていた。
魔神ネオダイダロが出現しました。
新たな形態となって復活するなんて、聞いていない。
やはり討伐は、一筋縄ではいかなかった。
高速再生があっただけで手強いのに、それだけじゃない恐ろしさがあった。
さっきまでとは一変。モンスターの移動速度が見違えるほどには速くなっている。
気が付いた時には、頭の一つが私の目の前まで接近していた。
大きく口を開けて、そのまま私を丸のみにしようとした。
「まったく……こんな敵、ぜんぶバラバラだよ」
やや低めな女性の声が聞こえると、魔神ネオダイダロは女性の声の通りバラバラになって、消滅してしまった。
私は助かってしまった。
目の前にいる、水色のベレー帽を被っていて、エルフのような尖った耳をもつ謎の女性によって。
うん……? この声、身に覚えがあるような。
でも、エルフ耳はなかった気がするけど。
その女性が手に持っているのは、細い指揮棒のようなものだった。
「あのチートじみた武器を持っているのは……やっぱりニケさんですか?」
「ふっ。まったく、奴は面倒なものを残していきやがったなって」
「面倒なこと?」
私はその場で見上げる。
『みゅー。魔法の扱い、まだ慣れないなぁ……』
可愛げのある独り言が聞こえてくる。
天の声はどことなく、アマノハクに似ている気がした。
「あの、すみません。状況が全く読めないのですけど」
「それもそうか。パルトラには」
「堕天使ルトラです」
「うむ? そうか。ルトラには伝えないといけないことがあるな」
「私にですか……」
「まぁ、それは後で大丈夫として」
ニケもまた、その場から見上げていた。
「今すぐ塩を浴びたい気分だ」
「ニケさん、赤い海水は近辺にありますが……お塩、ですか?」
「うむ。ついさっき、アマノハクの葬儀が終わったところでな」
「アマノハクさん、ですか」
「そうだ。一応だが、これでも親戚みたいなものだからな。悲報を耳にした時には流石に心が病んでな――」
ニケが淡々と口を動かしているのだが、言葉が全然耳に入ってこなくなった。
アマノハクが亡くなられた?
でも、彼女は確かにシクスオのゲームで遊んでいて。
クレイキューブの地下迷宮でみたアマノハクの姿。
あれっていったい……?
単独でダンジョンを探索していた光景を思い返しただけで、私は背筋に寒気を感じた。
お陰様で第五章スタート!!
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