魔界ダンジョンについて
「それにしても、このベータ版で堕天使のアバターか。オレはこれまでに見たことがないが……」
ヴァルハリーザの声が少しこもる。
ベータ版ってことは、何かのテストプレイ中の世界ってこと?
運営側からは、全くもって詳しいことを聞かされていないのだけど、気にしないでおこう。
ただ、魔界はダンジョンという設計なだけあって、探索出来る範囲は意外と広いのかも……?
「ここに長居すると気分が乗らなくなりそうだから、とっとと帰るか」
ヴァルハリーザが凸凹している神殿の道を手際よく進んでいくと、私はついて行くのに一生懸命になる。
空はまだ飛べそうにない。
けど、きっと大丈夫。
それはそうと、風が靡くとまるで海にいるような匂いを感じた。
口元を舐めるとはっきりと分かる。
何となく、塩気があるというか……。
「ここって本当に、シクスオの世界なのかな?」
現在地から見渡せる赤い海が、どこまでも続いているような気がしてきた。
「ほんと吞気に何を言っているんだ? オレ達は抽選でベータテスターとして選ばれたんだろ?」
「抽選?」
「そんなことも知らないのかよ。いや……まさかの代理か……?」
「いえ、私は私のアカウントでちゃんとログインしました」
(もうログアウト出来ない身であることは明かせないけど……)
私はぺこりとお辞儀をして、敬意をみせる。
これで嘘をついていないことくらいは伝わってくれるはずだと思う。
「代理じゃない、となると……もしや何かのバグか?」
「バグもないと思います。ただ、アマノハクさんの手のひらの上で踊らされたことくらいは分かっています」
隠されていた二つ目の固有スキルによって、私の手に赤い指輪がついて、魔界へ来た。
とにかく、アマノハクについての手掛かりが少しでもあれば――。
「アマノハクか……それはベータ版での総合責任者の名前ではなかろうか」
「総合責任者ですか……」
「ふっ、オレは魔王だからな。それくらい知っていて当然だ」
ヴァルハリーザはまたマントを揺らして、格好つける。
見た目のポーズに対して美意識でも持っているのだろうか、手の動きのキレを何度も見せつけてくる。
「あの、中二病ぶっているのは構いませんけど、早く拠点地へ行きませんか?」
「それもそうだな。ピリコが待ってるしな」
「ピリコ……誰ですか?」
「オレの連れだ。あそこにいるぞ」
ヴァルハリーザが指をさすと、頭部に耳を生やした金髪の着物少女が、こちらに向かって右手を振っていた。
「おーい!」
「あの方は……」
「あれがピリコだ。いま行くぞ!」
気持ちがほぐれたのか、髪に隠れていたヴァルハリーザの耳が急に出てきた。
とがった耳は、まるで悪魔のようだった。
「ヴァルハリーザさん、耳が」
「うん? 魔界で作成されたアバターは皆、殆どがあんな感じだろう。オレはリザードマン、ピリコのは九尾をモチーフになっているらしいが」
「それってつまり、みんなモンスターに近いタイプのアバターをお使いになられているということですね」
「擬人化っぽくて良いじゃないのかな。それでも、天使型のアバターはこれまで未確認だった」
「天使は、未確認……ですか」
私はほんの少しだけ、しんみりした気分になった。
持っていたスキル『堕天』の詳細ぶついては、誰も知らないであろう未知の領域であることに変わりない。
「お前、落ち込むこと多いみたいだけど、あまり気にするな。天使はもともと天界ってイメージが多いし、何よりもお前のプレイヤーネームが不思議なんだよなぁ……」
「パルトラという名前ですね……何故ですか?」
「魔界のベータテスト版は、シクスオに既に存在しているプレイヤーネームを使用できない制限がないのだ。とはいえ、よりによってシクスオにいる、ダンジョンマスターのひとりと名前が同じだなんて思いもしなかった」
「それは……」
(本人です、は言えない。今現時点では固有スキルがないから気づかれないかもしれないけど)
「まぁ、憧れがあったりとかあるから気にするな。どうせベータ版が終わればプレイヤーネームは一斉に変わってしまうはずだし……」
その内プレイヤーネームが変化する、か。もしかしたらヴァルハリーザという名前もベータ版終了後になくなっちゃうのかな。
それはそれで寂しくなりそうだが、今はそんなことを考えてる余裕もないというか。
「はぁ……魔王様が足を止めるなんて、とっても珍しいことだナッ」
ピリコという少女が、私のすぐ目の前にまで来ていた。
お陰様で第五章スタート!!
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