メイカがいた世界とは
翌日、午後三時頃。
迷宮神殿オシリスのギルドでの、待ち合わせ。
「ご苦労様です」
背中を伸ばして身体を休めたい気分の僕は、メイカを連れてニケと対面した。
「ようやく来たか」
「ニケさん。調査レポートをまとめが、思ったより時間が掛かってしまい……すみません」
「ジェイラよ、無理を言ったのはこちらの方だ。レポートのほうは後で目を通すとして、その小娘のことだな?」
「はい。レアモンスター、ネクロベア討伐後にドロップ判定がありました。イレギュラードロップです」
「イレギュラードロップね……」
ニケは親指に口を加えて、不機嫌そうにしていた。
「ニケさん、どうかされましたか?」
「ジェイラよ。少々な……世界線と呼ぶべきか。話題が脱線するかもしれないが構わないか?」
「本日は時間があります」
「そうか、それなら遠慮なく語るか」
「語る……何について?」
「今から半年前だ。三カ国ダンジョンマスターの交友会が終わるまで、存在していた世界線について」
「ごくりっ……」
僕は耳を傾けた。
このゲームを通じて、消失した世界線があることは軽くだが周知していた。
ノアを中心とした三カ国ダンジョンマスター交友会の最中に、ニケが隠していた野望が明るみになり、複数のダンジョンマスターの手によってその野望は打ち砕かれた。
ただニケの口から直接語られるのには、興味がある。
「まずはじめに伝えておかないといけないとしたら、その小娘がどこからやって来たかだろうな」
「メイカさんが、ログインしてきた現在地ですか?」
「そうだな。厳密にいうならば、その小娘が生きていた世界線はもう存在していないと言うべきだ」
「存在しない……?」
「ジェイラ、言葉の通りだよ。その小娘は、ダンジョンマスターの手によって消滅してしまった世界線からやって来た住人ということだ」
「別の世界線から……。そう言い切れる根拠はあるのですか?」
「その辺りは、ノアが修復作業をしている際に得たエラーデータからの推測なんだが、ほぼ間違いない。小娘よ、そうだろ?」
「アタイの名前はメイカです! まぁ、確かに間違ってはいませんけど」
メイカは、今にも頭を抱えそうになっていた。
「メイカさん?」
「アタイのこと、さん呼びしないでください……」
語尾が小声になるメイカは、僕に向かって何かを伝えたがっていそうだった。
心当たりがまるでないのだが、理解を示さないとメイカが悲しむ気がした。
(メイカと仲良くなる必要はないけど、ほっとけないというか)
「僕に出来ることがあったら、なんでも言ってくれ」
「わかりました。この世界にいるとされる、七人のダンジョンマスター全員に会いたいです」
「七人? ダンジョンマスターは一つの国につき一人で合計六人しかいないような……」
「ジェイラよ、炎は引退宣言してる男を合わせると丁度七人になる」
「そうか……」
「でも、小娘は何故ダンジョンマスターに会いたいのだ? 詳しい理由があるのか?」
「だからー! あたしはメイカです!」
「メイカね、すまない……」
「分かればよろしい。それで、アタイが七人のダンジョンマスターと面会したいのには、ちゃんとした理由があるのです。それを言う前にひとつ確かめたいのですが、そちらの世界では、地球っていうんでしたっけ?」
「ログアウトした世界だが?」
「その……ログアウトした世界のこと……。アタイの世界は、アースディールと呼ばれているの」
「アースディール、なるほどな」
苦笑いをみせたニケは、親指を嚙みしめ始めた。
「少々、厄介なことになったか」
「ニケさん、まったく話が読めないのですが、どういうことですか?」
「それは目の前にいるメイカが答えてくれるだろう」
「ふふん、そうですよ!」
張り切るメイカは、すこしお調子者なのかもしれない。
けど、それは見え映えを意識した場合だけだ。
本当に感情なんで、すぐに見えてしまう。
メイカは悲しい顔になっていた。
「アースディールは、既に消滅しています。六体の大精霊が生成したダンジョンによって、死の概念がなくなった地獄のような世界でした」
「死の概念がない……ニケさんの黒歴史か」
「ジェイラ、ちょっと失礼なんじゃないかな?」
「別に……」
「まぁ、いまとなっては黒歴史当然か」
「あのぉ、続きは大丈夫ですか?」
「どうぞ」
「では、続きを。アースディールを支配していた六体の大精霊は、実体と黒い感性をもっていた。それが何故か、この世界に流れ込んでいるっぽくて」
「ふむふむ……」
「反応が薄いのはどうして……ここが、アースディールの二の舞になるかもしれないというのに!」
「深くは言えないがね……。それはそうと、ニケさん……!」
「そうだなぁ……。やはり早急に調査しないといけない場所があるようだ」
「ニケさん、開かずのルームですね」
「その通りだ」
予め準備していたのだろう。
ニケは六本の鍵がついたリングを渡してきた。
それはとてもシンプルなデザインをしており、ごく一般的なダンジョンに使われていそうな鍵と大差ないように思えてしまった。
貴重なアイテムの偽装目的もあるのだろうか。
深くは詮索しないが。
「これがあれば、いつでも開かずのルームの調査に入れる。いや、これはメイカが持っておくべきだな」
ニケは、鍵をメイカに持たせるよう勧めてきた。
「よくわかりませんけど、アタイが持っておいて大丈夫なものなんですよね?」
「何かあったらジェイラがすべての責任を取る」
「ニケさん、人使いが荒いですよ?」
「元々、そういう立場だからな。そして命令を下す」
開かずのルームから行ける秘密のダンジョンを攻略せよ。
メイカを、七人のダンジョンマスターとの対談を行わせること。
「了解しました」
ニケからの仕事命令を聞き入れた僕は、メイカと共に行動することになる。
まずは、ノアの現在地を調べる。
「えっとね……」
ノアの現在地は、セイントキャッスル号。
迷宮神殿オシリスのギルドからは、かなり遠い。
ノアには、こちらへ来てもらうようにする。
メッセージを送り、迷宮神殿オシリスのギルドにある開かずのルームの鍵を開けてみるか。
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