太陽の精霊魔導士
「ジョーカーお兄様、あの方は逃げてしまいましたね」
「うん。そうだね……」
僕は空の色を気にしていた。
黄昏の刻はまだ終わっていない。
「パルトラさん。さっきの冒険者が、どのダンジョンの入り口にワープしたか特定することって出来るか?」
「ダンジョンに入っていれば可能だけど、たぶん五分五分だよね」
「五分でも構わないから、頼む……」
僕はパルトラにお願い申し立てた。
「わかった。けどね、タダではやりたくないかな……」
「僕に不可能なことではなければ、何でもやるよ」
「それなら……追跡を試してみるね」
パルトラは深呼吸すると、両目を閉じた。
槍のような杖が出現して、それを右手で掴み取り――。
「スキル発動、天翔る銀河の創造天使!」
固有スキルが発動すると、パルトラの瞳に宇宙が広がっていった気がした。
「ど、どうなのかな……」
とにかくパルトラを見守るしか出来ない。
パルトラが五分五分と言っていたが、まさにその通りで、ソルルが何処かしらダンジョンに入らなければ、追跡自体が成り立たない。
「見つけたよ!」
パルトラが瞬きをすると、宇宙が一瞬で閉じたような気がした。
「やはり……ソルルは水神の和太鼓の使用した後、ダンジョンに入っていたか」
「ジェイラさん、そうなります。その方が入ったダンジョンの名前はアビストローム遺跡です」
「アビストローム……遺跡……?」
僕は不信に思った。
アビストローム遺跡は、この街そのものではなかったのか。
だったら、ネフティマが観測したというのは。
「ジェイラ、アビストローム遺跡は観測している。この街そのものという考えで合っている」
「だったら、ソルルは何処へ行ったんだ?」
「アビストローム遺跡の入り口ね。深淵エリアの」
「深淵エリア……」
僕は異変調査レポートの一覧をすぐに思い返す。
調査レポート3の内容だ。
――大精霊の核が保管されているらしい、開かずのルームという話がある。
そこにギルドの壁に魔方陣が展開されていたことが、結び付くとしたら。
「開かずのルームは、アビストローム遺跡の深淵へと続いている……?」
ソルルの狙いは大精霊を操ることだ。
その目的のために動いているとしたら、移動先として相応しいのは。
「オシリスのギルドに急ぐぞ」
僕は、この場にいる皆に呼びかけをした。
ソルルの追跡をしてみないことには、何も始まらない。
「わかった。けど、さっき二人も運んだから私はへとへとだよ」
「パルトラさんはお疲れ気味ね。しばらくは、あまり無茶できない」
「えへへ……こういうときの為かは知りませんけど……ノアも、レアアイテムの和太鼓を持っていまして」
ノアは黄色い和太鼓を見せびらかした。
「ノア、それは……?」
「雷神の和太鼓というアイテムです。これを使えば、この世界にあるギルドの入り口へすぐに移動できます」
解説したノアは、顔が非常に緩んでいた。
「他の和太鼓と同時にワープできるアイテムなのか」
「ジョーカーお兄様、各和太鼓の用途は差別化されていますけどね」
ノアが持っている和太鼓は、既に回り始めている。
ワープ先は、当然オシリスのギルドだ。
魔方陣が地面に広がっていき、ほんの一瞬だけ意識が飛んだ。
その後、静電気が発生するような感覚で、すぐに目を覚ました。
「ソルルはどこだ?」
僕はギルドの入り口に向かって、口を滑らせていた。
ソルルはアビストローム遺跡の深淵に入ったと思われるから、目を前にいないのは当然なのに。
「その、ジョーカーお兄様は、アビストローム遺跡の深淵への入り方は分かりますかね……」
「開かずのルームへのアクセス方法か。ニケだったら知ってるかもしれないけど、僕は知らないね」
「お兄様、そうでしたか。だったらこれ以上の追跡は不可能ではないのでしょうか」
ノアはあきらめがたい顔をしているが、現状だとソルルの追跡は厳しいだろう。
異変調査レポート3に触れる、大きな収穫ではあるが……。
「ジョーカーお兄様、死に戻りで誰か来ます」
いち早く気配を感じたノアは、僕にリスポーン地点を伝えてくれた。
「なるほど。流石はオシリスが格納されている隠しダンジョンなだけありますね」
リスポーンしてきたのは、ソルルだった。
「ほむっ、ジェイラさんでしたっけ。わたしを追いかけてきたのですか?」
「リスポーンって……」
「そっちの心配でしたか。ご心配は不要ですよ」
ソルルは僕たちに背を向けて、この場を立ち去ろうとしていた。
「いや、君を逃がすつもりはないよ」
僕はソルルの左肩を掴む。
異変調査レポート2の当事者は、このゲームを経営する立場から見ても野放しに出来ない。
「ほむっ、それは困りましたね。大精霊に挨拶しようと思って返り討ちにあったばかりですか、仕方ありません」
ソルルが頭上に魔方陣を展開すると、太陽の紋章が刻まれたコカトリスが召喚される。
「力には、力を。ジェイラさんは、石にでもなってくださいね」
『コカットリスススッ!!』
モンスター鳴き声が聞こえたので、急いで距離を取ろうとしたのだが。
「くっ……」
僕の両足は動かなくなっていた。
「ジョーカーお兄様っ!」
「ノア、ここから離れて」
「でもっ……」
ノアは回復魔法を、僕に対して唱えようとした。
「ノアちゃん、ジェイラさんのことは任せてあげよっか」
パルトラが腕を掴んで止めに入ると、ノアは小難しい顔をした。
「観測。太陽の紋章に操られた冒険者が、こちらへ一斉に向かってくる」
「ネフティマちゃん、周囲の警戒ありがとうね」
パルトラは槍のような杖を、手元に取り出す。
「久しぶりかもね、エグゼクトロットを敵意むき出しな冒険者に対して使うのって」
「ノアさん、私たちと戦えるかしら?」
「はい……二人のサポートをします」
三人のやり取りが背中から聞こえてきて、僕は冷静さを少し取り戻す。
「僕の持っている自慢の銃はね。石化対策くらい、容易くてね」
銃を自分の膝に向けると、魔力を込める。
「ほむっ。抗うつもり?」
「解き放つ、蒼玉の煌めき!」
五重の魔方陣が展開された銃の引き金を引くと、銃口から勢いよく水流が発射された。
その水流が石になりつつある僕の両足に触れたら、天も届きそうな水の竜巻が発生した。
『コッカッ!』
「ほむっ。何をした?」
慌てて水の竜巻から離れたソルルは、羽ばたくコカトリスの足を掴みとる。
僕にとっては石化を解除したまでなんだけど。
反撃技に見えたのかもしれない。
「僕が履いているのは、オパールブーツだよ。そこに水の魔法をぶつけただけ」
「なるほどです。ジェイラさんは、ただ者ではなさそうね」
「そう思ってもらえたのなら、光栄に思うよ」
僕とソルルは、互いに微笑する。
なんだろう。こうやって本気で戦えそうな相手と相対する、懐かしみがある。
けど、今は仕事中だ。ソルルの身柄を確保して、いろいろ問い詰める必要がある。
「ほむっ。増援のほうは……流石に役に立たないか」
見晴らしがよさそうな位置にいるソルルは、僕の後ろで戦ってくれている三人に対して脅威を抱いていた。
ダンジョンマスター二名に、女神ネフティマ。この三人が本気を出せば、冒険者がいくら居たとしても全然押さえつけることができない。
「いでよ、光の雷鳴――。無数の流星となりて、降り注ぐ」
急にパルトラの声が聞こえると、稲妻に帯びた十六の隕石がこちらに向かって飛んできた。
「コカトリス、お願い」
『コカトリスッ!』
コカトリスの瞳が白く光ると、僕のすぐ真後ろに土の壁を生み出した。
その土の壁に当たった隕石は、稲妻を走らせることなく消滅していった。
「パルトラさんの攻撃を食い止めた……?」
「最近になってわたしが編み出した属性障壁。覚えておくと何かと便利よね」
「いつの間に、そんなものが……。てか、どうして僕の後ろに壁なんかを」
「それはジェイラさんに興味があるからだよ」
「僕に興味があるって、どういうこと?」
「ほむっ。精霊魔導士としてだ」
コカトリスから離れたソルルが地面に足をつけると、そのまま僕に近づいてきた。
「ジェイラさん、わたしと一緒に大精霊が保管されている隠しダンジョンを攻略してみないか?」
「隠しダンジョン……か……」
露骨な勧誘は、まるで太陽のようだった。
ソルル自身の目的を最初から明るみにしてきたのは、彼女自身が太陽のような心持ちをしているからではないかと感づいた。
「大精霊が……調査レポートの対象に入っているんだよなぁ……」
「それなら尚更、この精霊魔導士と手を組めば一石二鳥ですよ!」
ソルルが手を差し出してきたけど、僕は首を横に振る。
「いや。今は、まだその時ではなくて」
「ほむっ。今は、ですか……そうですか。残念だ」
ソルルはすぐに諦めがついたのか、僕に背を向ける。
そして、画面を何度かタップする素振りを見せる。
恐らくは、逃げるつもりなんだろう。
今度は追跡されないように、フレンド一覧表を開いていそうだった。
ワープ先は、記憶の石像が設置されている場所だろうか。
その場所の追跡はパルトラでも不可能である。
「あっ、今は営業時間外なので、後で月の精霊魔導士さんに請求しよっかな!」
立ち去るソルルが笑顔を見せた途端のことだ。
黄昏の刻が終わりを迎えたのか、空は雲一つない快晴に戻っていった。
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