冒険者との交戦の予感
クレイキューブの地下迷宮に出現するダークスライムが、まさしくその通りだ。
お手軽に作れる割にはステータスが高くて、探索者であるプレイヤーの大多数を蹂躙した。
ただ、強いモンスターだけ増えると探索するのが単純に難しくなるので、ダンジョンを探索してくるプレイヤーの母数そのものが減ってしまう。
だからこそ、弱めのモンスターの作成は早急にしたいものだ。――とはいったものの、お肉の腐敗は思ったより時間が掛かっているみたいで。
「腐敗した肉をすぐに作成することが出来ないのでしょうか?」
「それは錬金術のスキルが必要だからな」
「むむむ……」
「やはりここは休憩、だな」
「そ、そうですね」
私は肩の力を抜いた。
フィナの言ったとおり、特定のスキルを使わないと時間短縮することが出来ないようになっているみたいだ。
このままでは、手が空きそうだ。
何をしようか……。
いったんダンジョンのマップを広げて、現在ダンジョンの探索している冒険者の状況でも見ておこうかな。
今現在、一番進んでいる集団が、地下二階層。
ダークスライムへの対応力が上がっているのか、現状維持でも十分押し切ることが出来そうな状況下にある。
そこに、先ほと作成したフレアウルフを向かわせる。
フレアウルフの移動速度はそこそこ速い。
探索者の元にたどり着くのは、そこまで時間は掛からないだろう。
「冒険者さんは、どう動きますでしょうか?」
ダンジョンのボスとして高みの見物としよう。
双方簡単にはやられないとは思うけど、戦闘を見守るのはちょっぴりドキドキする。
「あっ、念のため隊列の指示を送っておきましょう」
フレアウルフを三列に並ばせる。一番前の列はそのまま突撃、二番目の列は冒険者側の詠唱が確認出来たら左右に散るよう指示を送っておく。
三列目は、どうしようか。
一列目がやられるまで、待機させてもよさげなのだけど。
「フィナ、どうしたら面白くなりますかね?」
「そうだな。あたしが出向こうか?」
フィナはとてもやる気に満ちている。
「実戦経験をもっと積みたいということ?」
「そうだ」
「わかりました。……って、先ほと休憩すると言ってませんでしたか!」
慌てふためく私は、目を細める。
残業代とか出るわけでもないし、心身ともに休んでほしいタイミングというのが必ずあって、それでも行きたいというのなら、無理に止める必要もなくて。
「あたしのことなら、平気だ」
フィナのこと、信用しても大丈夫そう?
そもそも私には、悩んでいる暇もない気がする。
戦闘開始の合図は待ってくれない。
探索者のであるプレイヤーも、作り出されたモンスターも、戦う時は常に本気だ。
そして私は――。
ダンジョンのマスターとして、指示を送る。
「では、その要望を承りました。たしか、プレイヤーをモンスター判定の扱いにできるシステムがあったような」
私はフィナのいる方向へ手を伸ばし、ダンジョンクラフトのスキルでステータス画面を開けた。
ダンジョンクラフトのスキルを用いてステータスを開けると、通常では見ることの出来ない細かな値を閲覧出来るが、そんなことは気にもなったことがない。
いま必要なのは、エネミー判定への切り替えだ。
「これで大丈夫です!」
「そんなのがあったのか」
「フィナにこれをしておくことで、冒険者を倒した際には相手の装備品を剥がせたり、死骸をアイテムとして確保することが可能となります」
私は、フィナの足元にワープゾーンを作り出す。
「なるほど……。あたしなりに少し思うことはあるが、三列目の部隊はしっかりこの手で仕切るとしよう」
「はい、よろしくお願いします」
「それでは、冒険者を倒して、ゾンビの素材を集めてくるよ」
フィナがストレッチをはじめたので、私は作戦通りにワープさせる。
「だ、大丈夫ですかね……」
もしかしたら、フィナに素材集めという思考を植え付けてしまったかもしれない。
素材を集めてくるのは助かるのだけど、作業感が出ないか心配にはなる。
作業感が出過ぎると、楽しくなくなるかもしれない。
そうならないよう、私のほうでもモンスターに適時指示送りをして、冒険者たちを誘導しないといけない。
とりあえず、冒険者の数を把握する。
パーティを組んでいて、男女混合の五人組。プレイヤーのネームは……。
イブリン、カラット、ハロルル、ニケ。
どれも聞いたことのない名前ばかりで印象に残らない。
そんな中、私の頭の中でひとりだけピンと来た者がいる。
タクトだ。
タクトはパーティの前衛に出て、片手剣を握っている。
ひょっとしたら、私がはじめてシクスオにログインした際に戦ったプレイヤーかな?
でも見た目が、あまりにも違いすぎるというか。
紫の髪に、赤い制服。
ひらひらしたスカートを左手で抑え込み、ダンジョンの探索とは何か別の緊張感を抱え込んでいる様子の美少女。
何か事情があって、あの姿になっているのか。
そもそもの話、いま現在のクレイキューブの地下迷宮に罠なんて存在してないから、こちらに非がないのはわかりきっていることなんだけど。
「私も出向いてみようかな。ええっと――」
フィナとやり取りして、誘導をより強度なものにしたい。
対話して作戦を送っても良かったのだが、現状だとチャットのほうが手っ取り早い。
「フィナ、ちょっとお願いごとがありまして」
「あたしはいつでも大丈夫だが?」
「作戦命令です。チャットを送りますよ」
いまから前衛と後衛を分断するようにモンスターを動かします。その後、前衛だけダンジョンの出入り口へ向かわせるよう魔法の銃を上手く使ってください。
残った後衛はフィナにお任せします。
「これで上手く分断出来たとして、私がダンジョンの出入り口で待ち伏せすれば、前衛との接触が可能になりますね」
フィナが戦うというのなら、私も戦闘してみたいという欲求は心の片隅に置いといて。
タクトというプレイヤーのことが気になって仕方ない私は、無意識にエグゼクトロットを手に持っていた。
時が近づけば、私の足元にワープゾーンを出現させて、接触を図るだけ。
それまでは、ターゲットにした冒険者パーティとフィナの様子を見守るのみ。
私はいつでも大丈夫。だよね……?
ごくりと息を呑み、少しばかり緊張感をもつ。
一度、本気でタクトと戦ってみたい気もするから。
ただ、それだけである。
それだけなのに、これから起こることは楽しい物事だと思えてくる。
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