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09 夢の中の男の子は?

 私はまた夢を見ていた。


「リナ」


 もう会えないはずの両親が私の名前を呼んで笑いかけてくれている。両親は若く、私は子どもの姿になっていた。


 父さんと母さんの側に見知らぬ男の人がいて、三人は親しそうに話している。


 お客さんかな?


 そう思っていると、そのお客さんが父さんのことを「兄さん」と呼んだ。


 この人は、父さんの弟なの? でも、父さんも母さんも親戚はいないって言っていたのに……。


 誰かが私の肩を叩いたので振り返ると、今の私より少し年上の男の子が立っていた。声ははっきりと聞こえるのに、顔がぼやけていてよく見えない。


「一緒に遊ぼう」


 男の子の左手首には、銀色の腕輪が輝いていた。男の子が絵本を読んでくれたり、お菓子を分けてくれたりしている間も、私はその腕輪が気になってしまう。


「その腕輪……」

「これ? これは、大切なものを見つけられる腕輪だよ」


「大切なもの?」

「よく分からないけど、僕のお父様がそう言っていたから」


 私を見つめる男の子は優しい笑みを浮かべている。


「僕、ずっと妹がほしかったんだ。リナ、次はこっちで遊ぼうよ」


 男の子の左手が私の手にふれた。そのとたんに、私の胸の上辺りが温かくなる。それはアザがある場所だった。気がつけば、男の子の銀色の腕輪が光っている。


 それまで遠巻きに見ていた大人たちが近づいて来た。父さんも母さんも難しい顔をしている。


「ああ、やっぱりそうなのね」

「これではっきりしたな」


 ヒソヒソとそんな言葉を交わしたあと、お客さんは男の子を連れて帰っていった。


 別れ際に男の子が私に向かって手を振る。


「リナ。また会おうね」


 私はコクリとうなずいた。


 **


 小鳥のさえずりで目が覚めた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


「不思議な夢……」


 ぼんやりする頭で、私はそうつぶやいた。何が不思議だったのかというと、夢の舞台がこの古城だったこと。


 夢の中で両親と私は、この古城に住んでいた。


「……そんなわけないのにね」


 なんだか最近、夢ばかり見ているような気がする。


「本の世界に紛れ込んじゃったせいかな」


 私は気持ちを切り替えて、朝食を作るために調理場へと向かった。念のため、ヴォルクさんにつけるように言われたマントは昨日と同じようにつけておく。


 徹底的に掃除をした調理場はピカピカになっている。調理器具の使い方もだいたい分かった。


 食糧庫にある食材を眺めたあと、私はオムレツを作ることにした。


 匂いに誘われたのか、ラエルが調理場に入って来た。


「リナ。昨日、食堂を片づけておいたからさ、そっちに料理を運んでいいか?」

「あっ、うん。ありがとう」


 三つ目のオムレツを皿に盛ると、私もラエルのあとを追って食堂に向かう。


「私が寝たあとに片づけてくれたの?」

「ああ、魔王様がな」

「ヴォルクさんが?」


 食堂につくと、確かに片づけられていて廃墟のような雰囲気はなくなっていた。


「他の部屋もけっこう綺麗になってるぜ」

「もしかして、ヴォルクさんが掃除を?」


 ラエルは皿をテーブルに置きながら「魔法だよ、魔法」と教えてくれる。


「魔王って呼ばれるだけあって、魔力量が尋常じゃねぇから。風魔法でバーッとほこりだけを外に飛ばして、水魔法で大雑把に洗って、火の魔法で乾かしてたわ」

「そんなことができるの!? 魔法ってすごいんだね」


「いや、普通はこんなことできねぇよ。魔法っつっても、そんな繊細に操れない。そもそも、普通の人は一つか二つくらいしか属性を習得できねぇし。火だったら火魔法だけ、とかさ。全部使える魔王様がすごすぎるだけ」

「なるほど、さすがヴォルクさん!」


 感動する私をラエルがマジマジと見ている。


「魔王様から聞いたんだけど、リナって記憶がないんだって?」

「え?」


 そんなこと、ヴォルクさんに言っていない。

 私があまりにこの世界のことを知らないから、記憶喪失だと勘違いされてしまったのかな?

 でも、異世界から来たなんて言えないし、誤解はこのまま解かないほうがいいのかもしれない。


「えっとまぁ、そんな感じです」

「大変だなぁ」


 朝食の準備を終えたころ、ヴォルクさんが食堂に現れた。


「ヴォルクさん、おはようございます! お城を綺麗にしてくださってありがとうございます」


 私が感謝を伝えると、「……いや」と短い返事が聞こえる。


 いつもならそこでヴォルクさんとの会話が終わってしまうけど、今日は続きがあった。


「食べ終わったら、街に行く」

「それって、私も一緒に行っていいんですか?」

「……ああ」

「ありがとうございます!」


 あまりの嬉しさに私はヴォルクさんの両手を握りしめた。


 ビクッとヴォルクさんの身体が跳ねたので、慌てて手を放す。


「すみません、嬉しくて!」

「い、や、いい」


 ヴォルクさんは顔を背けたけど、怒っているようには見えなかった。


 もしかしたら、少しずつ私に慣れてきてくれたのかも? 朝食を食べたあとも「うまい」と言ってくれたので嬉しくなってしまう。


「外に出る準備をしてくる」と言って、ヴォルクさんは一度その場を離れた。


 買い物に行けると浮かれていると、ふと疑問が湧きおこる。


 これから行く街は、人間の街なのかな?

 それとも、魔王様が治める街だから魔族の街とか?


 私はおそるおそるラエルに尋ねた。


「これから行く街って危ないのかな?」

「いや、治安はいいぜ」

「えっと、人間の街?」

「ああ、そうだよ。人間だけ住んでる。街に魔物はいねぇから安心して」


 その言葉を聞いて私はホッと胸を撫でおろす。


 準備を終えて戻って来たヴォルクさんは、真っ黒なフード付きのマントに身を包んでいた。


 ラエルの「いや、怪しいだろ!?」と言う言葉を無視して、ヴォルクさんはフードを深くかぶり顔を隠してしまう。


「なんだよ、その恰好は⁉ さすがに目立ちすぎるって! リナも黒いマントをつけているし、こんな格好で普通に買い物できねぇから!」


 ラエルが慌てている。


「リナ、街中でも絶対にマントを外さないでくれ。それが街に連れて行く条件だ」


 こちらを見つめる瞳が真剣だったので、私は理由を聞かずにうなずいた。


 ヴォルクさんが「嫌ならリナは、フードを被らなくていい」と言ったので、ラエルが胸を撫でおろしている。


「まぁ魔王様の黒髪は目立つからなぁ」


 ラエルの言葉に私はドキッとした。なぜなら私のいた世界では黒髪が普通だったから。

 私は「きれいに染めてるね!」とよく言われるくらい、生まれつき明るい茶色の髪色だったので、普通とは少し違ったけど。


「黒髪だとダメなの?」

「ダメじゃないけど……」


 ラエルはチラッとヴォルクを見た。


「魔王様に聞いてくれ」


 なんとなく魔王様の顔が強張っているような気がする。聞かれたくない話なのかもしれないと思い、私は話題を変えた。


「ヴォルクさん、ここから街までどうやって行くんですか?」

「……こっちだ」


 ヴォルクさんのあとについて行った部屋の床には、不思議な模様が描かれていた。魔法陣というものかもしれない。


 私が「これも魔法?」と尋ねると、ラエルが「魔道具ってやつだな。転送装置だ。これがあれば一瞬で街まで行ける」と教えてくれる。


「魔法って本当に便利なんだね」


「そうでもねぇよ。こういうのは、魔力量が多くないと動かせないから」

「なるほど、ヴォルクさんがすごいってことだね!」

「そうそう!」


 私達の横でヴォルクさんが顔を背けている。もしかすると、照れているのかもしれない。


「ラエル、早く乗れ」

「へいへーい」と言いながら、ラエルは魔法陣の上に乗る。そのあとにヴォルクさんが乗ると魔法陣が光り出した。


 光に包まれたヴォルクさんは、私をまっすぐ見つめている。


「リナ」

 ――リナ!


 なぜか、ヴォルクさんの言葉が二重になって聞こえた。

 遠い昔に同じような光景を見たことがあるような気がする。

 光に包まれた黒髪の男の子が、私の名前を呼んでいる。


 ――必ず、また、会えるから!


 ――ずっと、ここで、待ってるから!


「リナ?」


 ヴォルクさんの不思議そうな声で私は我に返った。それと同時に今日見た夢を思い出す。


 銀色の腕輪をつけた優しい男の子も「リナ、また会おうね」と言っていた。


 もしかして、あの夢の男の子がヴォルクさん? そんな、まさかね。


 私は気持ちを切り替えると、魔法陣にそっと足を踏み入れた。

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