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08 【ヴォルクSide】

 リナの手料理を食べたあと、しばらくするとラエルが作業部屋に姿を現した。


「オレに用って何?」


 いつも通りの気楽さでそう尋ねてくる。


「リナのことだが……」

「ああ、あの魔王様の嫁候補?」

「違っ!?」

「冗談冗談、そんなに過剰反応しなさんなって」


 ラエルにからかわれて、顔が熱くなってしまう。

 平常心を取り戻すため、俺は息を整えた。


「リナは……この城の元住人だ」

「はぁ?」


 ラエルの「何言ってんだ」と言いたげな反応も無理もない。


「ここは魔王様の城なんじゃねーの?」


「いや。この城には元々、リナの両親とリナが住んでいた。子どものころに魔物の森に捨てられ、死にかけていた俺をリナ達が助けてくれて、ここに置いてくれたんだ」

「それがなんで今は魔王様が一人で住んでんの?」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……事情があって、10年前に三人はここを出て行った」

「ふーん。事情ねぇ。まあ言いたくないなら詮索しねぇけど」


 腕を組み、何度もうなずいたラエルは「そういうことか」とつぶやいた。


「警戒心の強いあんたにしては、やけに簡単にリナを信用したんだなって思ってた。オレのこともだいぶ警戒していたのにさ」


 そして俺の目を見る。


「でも、あのリナの態度からして、あんたのこと覚えてねぇよな?」


 さすがにこいつは察しがいい。


「そうだ。リナは、ここにいたころの記憶を無くしている。無理に思い出させるつもりはない。リナがここで暮らしやすいように手助けしてやってくれ」

「いいけど……」

「けど? なんだ?」


 何か条件があるのかと思い俺はラエルを見た。


「いやぁ、オレと魔王様ってけっこう長い付き合いなのに、何かお願いされるの初めてだなって思って!」

「そうだったか?」


 盗みに入ったラエルを放置していたら勝手に住み着いて仕事を手伝い始めた。面倒なので好きにさせておいたら、今では俺の代理人のようになってしまっている。


 ラエルが来るまでは、領民にまで魔王と恐れられ領地を今のように治めることができていなかった。


 書面上では俺の父であるアルミリエ公爵は、王都で優雅な老後を過ごしている。


 若いころ、アルミリエ公爵は、公爵領の視察中に村娘に手を出した。数年後、自分の血を受け継いだ子どもが生まれたと知ると『引き取り貴族として育てる』という嘘をつき、母親から子どもを引き離した。


 その引き離された子どもが俺だ。馬車の中でアルミリエ公爵は、虫けらを見るような目で俺を見ていた。


 公爵にはすでに公爵夫人との間に二人の息子がいるらしい。だから、俺のような卑しい者の血が混じった子どもはいらないそうだ。


 俺という存在が明らかになると、社交界でも騒がれてしまう。


「お前は産まれてはいけなかった」


 その言葉と共に、アルミリエ公爵は、公爵領の近くに広がっている魔物の森に俺を捨てた。


 魔物に襲われ、そのまま死ぬはずだった俺をリナ達が救ってくれた。


 リナ達が、この世界からいなくなってしまったあとも、俺は約束を守るためにここで暮らしていた。


 そんなある日、魔物の森に一匹の竜が現れた。


 それまで、竜なんて神話上の生き物だと思われていた。神話には竜が国を亡ぼしたり、人々を虐殺したなどという話がたくさん残っている。


 すぐに竜を退治するために王都から討伐隊が派遣された。


 全身鎧に身を包んだ騎士達や魔術師達が集められていたが、凶暴な竜の前では無意味だった。助ける義理はなかったが、大切な思い出が詰まった古城の周囲が死体だらけになるのは避けたかった。


 だから、討伐隊を助けて、俺が竜を退治した。退治したというより追い払ったというほうが正しいかもしれない。なぜなら、倒したはずの竜の死体が見つからなかったからだ。


 それでも、竜退治の功績を称えるために王家の使者がわざわざ魔物の森付近までやって来た。それをきっかけにアルミリエ公爵が、今さら俺のことを自分の息子だと言いだしたので笑ってしまった。


 アルミリエ公爵家に生まれる者は、代々、黒髪で生まれるそうだ。この国で黒髪はとても珍しい。だから、黒髪のお前もアルミリエの血を受け継いでいるに違いない、と。


 公爵には二人の息子がいたが、相次ぐ事故で亡くなってしまったらしい。自分の血を受け継ぐ跡取りがいなくなってしまったから、急遽きゅうきょ、俺を跡取りにしたいとのこと。


 そんなことはどうでもよかったが、公爵が出した条件が気に入った。


 俺が魔物を討伐したことにより、魔物の森とその周辺の土地が新たにアルミリエ公爵領の一部となった。それをすべて俺にやると公爵は言った。


 この古城から生涯離れる気のなかった俺は、アルミリエ公爵の跡取りになることを受け入れた。


 人々の間では、俺は強大な魔力で魔物を従える魔王と恐れられているらしい。そのウワサをアルミリエ公爵は政治面で上手く利用しているとか。


 あまりいい気はしないが、リナに害がないのであれば勝手にすればいい。


 そういう流れで、俺は一応貴族になったものの、古城から出ることがなかったので、それまでと暮らしは変わらなかった。ただ、ラエルが来てから領地経営がうまく回りだし、見る見るうちに周囲の村が発展していった。


 そんなことができるくらい、ラエルはとても優秀で頭が切れる奴だ。


 今だって、少しリナの事情を説明しただけで、説明していないことにまで気づき始めている。


「なぁ魔王様。もしかして、リナを街に連れて行きたくない事情があるのか?」

「……」

「あるんだな。でもさ、年頃の娘さんが必要なもんってオレらでは分かんなくね? 着替えもそうだし。リナ、下着とかどうしてんの?」


 ラエルの言葉を聞いて俺の思考が止まった。


「他にも必要なものがあると思うんだよなぁ。さすがにリナも、あんたやオレに下着買ってくださいとは言えないだろーよ。リナのためにメイドを雇えたらいいけど、こんな魔物がうじゃうじゃ出る森の中にある城で働きたいメイドはいないだろうしなぁ」


 それ以前の問題で、魔王と呼ばれる俺に仕えたい者がいるとは思えない。


「だから、魔王様に何か事情があるにしても、明日は約束通りリナを街に連れて行ってやったほうがいいって」

「……そう、だな」


 リナを危険な目に遭わせないことばかりに意識が向いていたが、ラエルの言うことはもっともだ。

 リナにここで不自由なく生活してもらう。それも重要だった。


 ラエルは薬の小瓶が入った箱を持ち上げた。


「あっそうそう! リナに給料払っていいか? ああいう真面目なタイプは、理由もなく養ってもらうの気にしそうだから」

「……任せる」


 俺はラエルの優秀さに感心しながらも、リナへの気遣いができていない自身が情けなくなった。

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