06 明るい来客
私はスープを味見して、小さくうなずいた。
「うん、美味しくできた」
ちゃんと料理ができるか心配だったけど、意外となんとかなったわね。ヴォルクさんのお口に合うかは分からないけど。これから少しずつヴォルクさん好みの味付けを知っていくしかないか。
そんなことを考えていると、調理場の入口が騒がしくなった。
何かあったのかな?
私は火を止めてから、声のするほうへ歩いていった。背が高く黒ずくめの服を着た人の側に、小柄な少年が見える。
ヴォルクさんと、だれ?
少年はラフな半そで姿に、ハーフパンツスタイルだった。外に跳ねた長めの金髪をヘアピンで止めていて、前髪には赤いメッシュが入っている。
なんというか、ちょっと不良っぽい……。
そんな不良っぽい少年が満面の笑みで、こちらに手を振っている。
「お姉さーん! こっちこっち!」
私が近づこうとすると、ヴォルクさんが駆け寄ってきた。そして、素早く自分が着ていたマントを外して私の肩にかける。
「えっ、あの?」
戸惑う私をよそに、ヴォルクさんはマントの前をしっかりと止めたあとで、少年をにらみつけた。
「ラエル!」
ラエルと呼ばれた少年もヴォルクさんの行動に驚いている。
「え? 何それ? 独占欲? オレの女を見るな的な?」
「違う!」
「じゃあ、いいじゃーん! 早くオレにも紹介してよ! あっ、オレはラエルって言いまーす! お姉さんのお名前は?」
私が名前を答える前に、ヴォルクさんが口を挟む。
「リナ、コイツは相手にしなくていい」
「リナか。いい名前だなぁ! どこ住み? 魔王様とはどんな関係?」
瞳をキラキラと輝かせるラエルさん。
「えっと……」
この子、ヴォルクさんの知り合いみたいだけど、どこまで本当のことを言っていいのかな?
そもそも自分が異世界から来たことも、まだヴォルクさんにも話していない。私が返事に困っていると、ヴォルクさんが間に入ってくれた。
「ラエル、いいかげんにしろ! 依頼品の薬を取りに来たんだろう? 作業部屋に置いてある」
「おっ、サンキュー。食料はいつもみたいに食糧庫に置いといた」
「ああ、助かる。それで、領内はどうだった?」
ヴォルクさんの言葉で、それまでふざけた態度だったラエルさんの表情が引き締まった。
「あー、今年は雨が少なくて作物の育ちが悪いな。他の領地では逆に雨が降りすぎて困ってるって。そっちでは洪水が起きたって話だ。年々災害が増えてるな。領民も不安になってて、変な集団が『このままでは世界が滅亡する』とか騒いでいるらしいぜ」
ヴォルクさんの眉間にシワがより、瞳がさらに鋭くなる。
「世界が滅亡…?」
何か引っかかったようにヴォルクさんはその言葉を繰り返した。
「ラエル、そのおかしな集団について詳しく調べてくれ。農作物のことは、今年は税を下げることで対応する」
「りょーかい。薬はいつも通り病院や孤児院に納品しとく。また前回と同じ量よろしく、魔王様」
「分かった」
そんな二人のやりとりを私は静かに見つめていた。
会話の内容からして、魔王のヴォルクさんが治めている領地の話だよね? ということはラエルさんは、ヴォルクさんの部下?
少年のように見えるラエルさんも、実は魔族で人ではないのかもしれない。
ラエルさんのことは父さんの本には書かれていなかったけど、魔王様はお姫様に会うまでずっと一人きりだったわけじゃないんだ……よかった。
一瞬だけヴォルクさんと視線があったけど、すぐに視線はそらされる。
そんな私達を見てラエルさんは「ふーん」と言いながらニヤッと笑った。
「はい、仕事の話は終わりー!」
ヴォルクさんを押しのけてラエルさんは、私に話しかける。
「なぁなぁ、リナはどうしてここに?」
「あっ、はい。森で魔物に襲われているところをヴォルクさんに助けてもらったんですけど、他に行くところがなくて。そうしたらヴォルクさんが、しばらく居ていいと言って下さったんです」
ラエルさんは、驚いたように目を見開いた。
「あの人嫌いな魔王様がねぇ……。ふーん、それっていつの話?」
「昨日です」
「昨日!? オレ、すんごいタイミングで戻ってきたんだな」
ラエルさんの言葉に私は首をかしげた。
「戻って来たということは、ラエルさんもここに住んでいるんですか?」
「いや、オレはずっとここにいるわけじゃない。魔王様の代わりに領地を見回ったり、情報取集したりしてんだ。ほら、魔王様って引きこもりだから」
失礼かもしれないと思いつつ私は「なるほど」とうなずく。
「じゃあ、ラエルさんは、すぐにどこかへ行っちゃうんですか?」
「ラエルさんって。呼び捨てでいい、堅苦しいのも無し! オレもリナって呼ぶからさ」
「えっとじゃあ、ラエル」
「そうそう」
ラエルはチラッとヴォルクさんを見た。ヴォルクさんは、なぜかとても不機嫌そう。
「あっオレ、今回はしばらくここに滞在するから。よろしくな」
「おい、ラエル!」
ヴォルクさんに肩をつかまれそうになったラエルは、サッとその手を避けた。
「魔王様は、どうせまた手紙や招待状を開封せずに溜めまくってんだろ? そういうのはちゃんとしないと無駄に敵が増えるって。オレが選別して必要なら返事しといてやるから、な?」
ヴォルクさんはこれ以上何を言ってもムダだと察したのか、深いため息をついた。
「……リナ、何かほしいものがあればラエルに言ってくれ。街から仕入れてくれる」
「街があるんですか!?」
古城のバルコニーから見た景色は、どこまでも森が広がっているだけだった。
私の疑問には、ラエルが答えてくれる。
「近くはないけど魔物の森を抜けたら、でかい街があるんだよ」
「服は買える?」
「買える買える」
「じゃあ、私も街に行きたい!」
「え?」
ラエルが何かを確認するように、ヴォルクさんを見上げた。ヴォルクさんの顔は強張っている。
「あー……ダ、ダメっぽいけど?」
「そっか……」
確かにこの世界のお金を持っていないのに、買い物がしたいだなんて厚かましいお願いかもしれない。とは言え下着がないのは死活問題だった。借金してでもどうにかしたい。
でも、見るからに年下のラエルに『下着がなくて困っている』とは言いにくい。肩を落とした私を見たラエルは、もう一度ヴォルクさんを見上げた。
「リナ、ガッカリしてっけど?」
「……ぐっ」
ヴォルクさんと私を交互に見たあと、ラエルはニカッと笑う。
「まっ、その話はあとにしてなんか食べようぜ! ちょうど昼食の時間だし、オレ腹減ったわ。リナは料理をしてたんだよな?」
「そうなの。美味しくできたか分からないけど」
「大丈夫大丈夫、美人が作った料理はなんでもうまいから!」
「ラエルって面白いね」
「よく言われる」
ラエルと並んで調理場に入ると、ヴォルクさんが付いて来ていないことに気がついた。
私が振りかえるとヴォルクさんは、調理場の入り口で一人佇んでいた。
「ヴォルクさん?」
ハッとなったヴォルクさんに、私は微笑みかけた。
「ヴォルクさんもよければ食べてみてください。お口に合うかわからないけど」
「あ、ああ……」
そう答えたヴォルクさんの顔は、赤くなっているように見えた。