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05 【魔王ヴォルクSide】 

 食欲をそそるような匂いに、俺は作業の手を止めた。


 もしかして、本当にリナが料理をしているのか?


 まさかと思ったが一応、食糧庫を片づけておいてよかったと俺は胸を撫でおろした。


 今、俺がいるこの部屋は、古城の中でも端にある作業部屋だった。ここから調理場は近い。


 ふと、調理場の様子を見に行こうかと思ったが、特に用事もないのにリナに会いに行くのはためらわれた。


 なぜなら、リナは俺のことを覚えていない。付きまとったら、きっと気味悪がられる。


 気味悪がられるどころか、他の連中のように俺を恐れるかもしれない。誰に何を言われても気にならないが、リナに怖がられるのだけは嫌だった。


 余計な考えを捨てて、俺は再び作業を開始する。今は、頼まれていた薬を調合しているところだった。


 この作業部屋は、よくわからないものであふれている。壁には乾燥させた植物がぶらさげられ、棚に並べられた透明なびんの中には木の実や鉱石などが入れられていた。


 部屋の隅に置かれた本棚には、古びた本が並んでいる。その数は膨大で、この部屋の今の持ち主である俺でも、すべての内容を理解しているわけではない。


 それだけで、この部屋の元のあるじがどれだけ優秀だったかが分かる。


 あれからもう10年……。師匠にどれくらい近づけただろうか……。この10年、古城に籠りひたすら魔力を高める鍛錬と研究に明け暮れた。今の俺は魔王と呼ばれているが、師匠に追いつけたとは思えない。


 俺の記憶が10年前へと引っ張られる。


 ちょうど10年前にまだ幼い俺は、実の親に魔物の森に捨てられた。


 無力な俺は飢えた魔物に襲われ、なんとか逃げ延びたものの、ひどい傷を負ってしまった。激痛の中で俺の意識が遠のいていく。


 そんなとき、女の子の声が聞こえた。


「大丈夫!?」


 だれかが駆け寄ってくる足音が聞こえる。


「大変、すごいケガ! おかあさーん! おとうさーん! 早くこっちに来て!」


 複数の足音と共に大人の声がする。そこで俺は意識を失った。


 子どもの俺が生死を彷徨さまよい意識を取り戻したとき、同じ年くらいの女の子がベッドで寝込む俺の手をしっかりと握ってくれていた。


 目が覚めた俺に気がつくと、女の子は「よかった」とつぶやき涙を浮かべる。


 その女の子の面影のまま、10年後に出会ったリナは美しい女性へと成長していた。


 リナ……ようやく会えた……。でも、リナにとって、この世界に戻って来たことはいいことなのか?


 俺の思考はまとまらず、記憶が過去と現在を行ったり来たりする。


 そんな中、手だけはしっかりと動かしていたようで、気がつけば俺の側には緑色の液体が入った小瓶が並んでいた。


 依頼されていた分は、これで足りるな。もうそろそろ取りに来るはず……あっ!


 俺は、馴れ馴れしい顔なじみを思い出して、慌てて作業部屋から出た。


 リナとアイツを会わせないほうがいい!


 俺の心配をよそに、リナは一人で調理場にいた。楽しそうに料理をしているリナの後ろ姿を見て、俺は胸がいっぱいになってしまう。


 リナ……。


 いずれ戻ってくると分かってはいたが、リナが今、手の届くところにいる。

 頭では理解しているが気持ちはまだ追いつかず、どこか現実味がなくふわふわとしている。


 すべては夢のようだった。この夢から覚めたときの絶望は計り知れない。そんな絶望を味わうくらいなら、この夢から覚めたくないとすら思ってしまう。


 記憶の中のリナはあどけない少女だ。しかし10年経っても、まとう雰囲気と意思の強そうな瞳は変わっていなかった。


 あの目で見つめられると、俺は動悸が激しくなり、どうしていいか分からなくなってしまう。


 10年前もそうだったのに、美しく成長したリナに対しては余計に緊張が増した。

 今だって、調理場のリナに声を掛けることすらできない。


 リナはいつのまにか、真っ黒な異国の服からこちらの服に着替えていた。


 急にリナがこちらを振りかえったので、俺は慌てて隠れてしまった。


 リナの、あのアザ……。


 一瞬だったが、はっきりと見えた。鎖骨の下辺りにあるあのアザのせいで、リナはこの世界からいなくなってしまった。


 あのアザを持つ者は『わざわいを招く者』と呼ばれ、ここでは世界を破滅に導くと信じられている。


 リナが一人で戻って来たということは、師匠に何かあったのか? 


 嫌な予感がする。


 だとしたら、今度は俺がリナを守る──


「魔王様。何、見てんの?」


 すぐ側から声がして俺は「うわっ!?」と叫んでしまった。慌てて自身の口を手で押さえてももう遅い。調理場のリナが不思議そうにこちらを見ている。


 俺は声の主に向かって小さく叫んだ。


「ラエル! 勝手に入ってくんな!」

「何を今さら」


 俺より背の低い少年ラエルは、緑色の瞳をあきれたように細めて俺を見上げた。


「この城の防御魔法がオレには反応しねーの、わかってるっしょ?」

「おまえのその特異体質は、一体なんなんだよ!」


 ラエルはため息をつきながら、金色の髪をかきあげた。前髪の一部分だけ赤くなっているせいか、一度見たら忘れられない外見だ。


「つーか、なんか変じゃね? あっちに何かあんの?」


 リナを隠そうとする俺の隙をついて、ラエルはひょいと調理場のほうをのぞいた。その瞳が大きく見開かれる。


「うわっ!? 女だ! 女がいる!! 魔王様が城に女を連れ込んでいる!」

「や、やめろ!」


 俺はラエルを黙らせるために捕まえようとしたが、もうすでに手遅れだった。

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