40 ずっと側にいます
その日の朝は騒がしかった。
ラエルが何か叫んでいる声が聞こえる。
昨晩、寝たのが遅かったのでまだ眠い。
昨日は、あのまま眠ってしまったヴォルクさんを、なんとか起こそうとしたけど無理だった。
「ヴォルクさん、起きてください。ベッドで寝てください」
私がヴォルクさんの頬をペチペチと叩くと「う、うーん」と言いながら、ヴォルクさんの両腕が私の腰に周り抱きしめられる。それからは、私が何を言っても、押してもびくともしない。
仕方がないので、あきらめて私もヴォルクさんにもたれかかって、そのまま寝てしまった。
だから、今私の目の前には、ヴォルクさんの顔があった。私が寝る前は座った状態だったのに、二人ともいつの間にか横になっている。床で寝たのに、それほど体が痛くないのは、ヴォルクさんが私を抱きしめてくれていたからかもしれない。
そういえば、昨日の夜のヴォルクさんは王宮に行った服装のままだった。着替えにも気が回らないくらい私の相談内容が衝撃的だったのね。
なんだか申し訳ない気持ちになりながら、私は改めてヴォルクさんの寝顔を観察した。
切れ長な目元に、誰もがうっとりしそうな整った顔。ヴォルクさんの外見は、初めて会ったときとはまったく違う。しかも、公爵という立場になってしまった。
でも、昨日の告白のおかげでヴォルクさんの心は少しも変わっていないのだと分かった。
それは、おそらく10年前に別れたときからずっと。
「ヴォルクさん、朝ですよ」
私はヴォルクさんの腕をトントンと叩いた。
うっすら目を開けたヴォルクさんは寝ぼけているのか、私を見て嬉しそうに笑う。
「リナ……」
私を抱きしめる腕に力がこもり、愛おしそうに名前を呼ばれる。
「おはようございます。ヴォルクさん」
「ああ……ん?」
ヴォルクさんが固まった。
「……え? は?」
ヴォルクさんの目がこれ以上ないくらい大きく見開かれる。
私たちは、ヴォルクさんの部屋の床で、ヴォルクさんに抱きしめられた状態で見つめ合っていた。
冷静に考えるとすごい格好なので、ジワジワと恥ずかしくなってくる。
「あ、えっと、あの……」
「はあぁぁぁぁっ!?」
ヴォルクさんはそう叫ぶと、私から飛びのいた。
「リ、リナ!? は!? えっ!? ここは俺の部屋、か……!? リナがどうして、なんで、こんなところで俺はリナを抱き締めっ……俺は何を……」
頭を抱えてわなわなと震えている。
「リ、リナ! すまない!! その、俺はとんでもないことを……」
「ご、誤解です!これは、あの……」
その時、ドタドタドタッと大きな足音がして、部屋の扉が開かれた。
「魔王様、やべぇ!」
そう言いながら部屋に入って来たラエルは半泣きだ。
「リナが部屋にいねぇんだ! 城の中も捜したけど、どこにもいなくて! 確かに気配はあるのに、姿がどこにも……」
私とラエルの目が合った。
「あー、あー……そういうこと?」
ラエルが何かを勘違いしている間に、ヴォルクさんは青ざめている。
「リナ、すまない……。どうして俺は、こんなことを……?」
ヴォルクさんのつぶやきを聞いたラエルが「は? 魔王様、何言ってんの?」と首をかしげる。
「昨日は確か、リナの相談を聞いて動揺しすぎたから、少し落ち着こうと酒を飲んで……」
「魔王様って酒、飲めたん?」
「初めて飲んだ」
「は?」
床には空になったワインボトルが転がっている。
「え? それで魔王様は酔った勢いで……無理やり、リナを……?」
「お、俺はなんてことを……」
顔面蒼白になっている二人に私は慌てて「違うから!」と叫んだ。
「夜、ヴォルクさんの様子が心配になって部屋まで見に来たら、物音がして。ドアが開いてたから中に入ったんです。そうしたら、ヴォルクさんが酔っぱらっていて、私を抱きしめたまま寝ちゃったんですよ。それだけだから安心してください」
ラエルが「それはそれで、どうなんだよ⁉」と頭を抱えているし、ヴォルクさんが「セ、リナを抱きしめたまま、寝た……?」と赤くなったり「どちらにしても、リナに面倒をかけて……俺は……」と青くなったり混乱している。
「リナ……昨日、相談を受けたエーベルト侯爵家に行くかどうかの話だが……」
悲壮な顔をしているヴォルクさんに私は笑いかけた。
「あっ、その悩みはもう解決しました」
「え?」
「私はどこにも行きません。ずっとヴォルクさんの側にいます!」
顔がすごく熱いけど、ちゃんと自分の想いを伝えることができた。
「えっと、朝ごはんの準備をしてきますね」
急に恥ずかしくなった私はヴォルクさんの部屋から急いで出た。
ヴォルクさんが10年間私のことを想っていてくれた気持ちに、私はまだぜんぜん届いていない。でも、私だってヴォルクさんのことが好きだから、少しずつその気持ちに応えていけたらいいなと思う。
だから、私はあせらず私のできることをしてこの世界で生きて行こう。
調理場に入った私は、腰に手を当てた。
「さぁ、今日の朝ご飯は何にしようかな?」
そんな風にのんびり暮らす私を、エーベルト侯爵家の代表としてアレクシスさんがちょくちょく尋ねてきたり、指名手配されている王女とゲーディエに勝負を挑まれたりするのは、また別のお話。
おわり
《あとがき》
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
おかげさまで最初から最後まで、とても楽しく書けました。
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他にもなんやかんや、いろいろ書いているので、どうぞよろしくお願いします!