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31 すべての願いを叶えてやるよ

わざわいを招く者』


 病院を出て、街から古城に戻って来ても、その言葉がずっと私の頭の中でグルグルと回っている。


 あまりにぼんやりしすぎて、調理場で夜ご飯を作ろうとしたら、お皿を割ってしまった。


 それを見かねたラエルが「今日は、オレが街でなんか食べ物買ってくるから、リナはのんびりしときな」と言ってくれる。


 その言葉に甘えて自室に戻った私は、鍵付きの引き出しに閉まっている父さんの本を取り出した。


「父さんは、私を助けるためにこの本を書いてくれたんだよね?」


 でも、この本には『禍を招く者』のことは書かれていない。


「私が禍を招いたら、この世界はどうなってしまうの……?」


 もしかして、滅んでしまう、とか?

 だから、各国の王達が見つけ出して処刑しようとしているのかもしれない。


 でも、なんの能力も持っていない私に、一体何ができるんだろう。とてもじゃないけど、信じられない。


 アレクシスさんの体調が落ち着いて話せるようになったら、ラエル経由で連絡がくることになっている。


「それまで、待つしかないか……」


 今の私にできることは、アレクシスさんの言っていた忠告を守るだけ。


 ――リナ、『禍を招く者』の話は誰にもしてはいけないよ。誰が敵で味方か、分からないから……。私が回復するまでは、ヴォルク卿の側を離れてはいけない。王女殿下には、気をつけて……。


『誰にも話してはいけない』って、ラエルにもだよね?

 アザを隠そうとしてくれていたヴォルクさんは知っていそうだけど、改めて確認したほうがいいのかな? でも、そうしたら父さんの本のことも話さないといけない。


 ヴォルクさんがお姫様といつか恋に落ちることを、本人に伝えていいの?


 こんなことなら、未来予知の扱い方もアレクシスさんに聞いておけばよかった。


『ヴォルクさんの側から離れない』は、この古城にいる限り問題ない。あとは、『王女殿下には気をつけて』だけど……。王女殿下ってお姫様のことだよね?


 父さんの書いた本の通りのことがこれから起こるのなら、ヴォルクさんが森で魔物に襲われているお姫様を助けてくるから、私が古城にいる限り絶対に会ってしまう。


「ハァ……どう気をつけたらいいのかまで教えてほしかった」


 そんなことを考えながら数日が過ぎたある日。


 城内の掃除をしている私に、ヴォルクさんが声をかけた。


「リナ」

「……は、はい! なんでしょうか?」


 また『禍を招く者』のことを考えてぼんやりしてしまっていた。そんな私の様子をヴォルクさんがじっと見ている。


 私と二人で街に買い物に行ってから、私はヴォルクさんの髪をときどきブラシでとかせてもらっていた。だから、今も髪はサラサラでヴォルクさんの顔がよく見える。


 その顔には『私のことが心配だ』と書かれていた。


「気分転換しに街へ行くか?」


 まだアレクシスさんの体調が落ち着いたとの連絡はない。『禍を招く者』のこともあるから、今はフラフラ出歩かないほうがいいと思い、私は首を左右に振った。


「いえ」

「そうか……」


 少しの沈黙のあと、ヴォルクさんは再び口を開いた。


「明日、王女殿下の誕生日パーティーが王宮で開かれる。確認したいことがあるから、俺一人で参加しようと思う」

「え? 明日ですか?」


 そんなことをしたら、まだ森でお姫様を助けていないのに、二人がパーティー会場で出会ってしまう。


「……あっ!」


 私はこのときになって、ようやく自分がとんでもないミスをしていることに気がついた。


 父さんの本が預言書だと知らなかった私は、預言を無視して、ヴォルクさんの身なりを整えた。それをするのは、お姫様だったのに、私がお姫様の代わりをしてしまった。


 そのせいで、父さんの予言とは違うことが起こってしまっているのでは?


 私が招くわざわいは、定まっているはずの運命を壊してしまうというものだったらどうしたらいいの?


「すまないが、リナを連れて行くことはできない」


 ヴォルクさんは申し訳なさそうな顔をしている。


 たぶん、前に私がパーティーに行きたそうにしていたのに、連れて行けないから、こうして謝ってくれているのね。


「はい、私は大丈夫です。明日はラエルとお留守番していますね」


 きっと、明日はヴォルクさんの運命の日になる。私のせいでお姫様との出会いが遅れてしまったけど、これで元の流れに戻るかもしれない。二人は恋に落ちる運命だから。

 私は手に持っていたホウキをギュッと握りしめた。


「……少しだけ、寂しいなぁ」


 思わずポロッと本音が漏れてしまった。


「あっ、これは、その!」


 ヴォルクさんを見ると、手で自分の口元を押さえながら、なぜか真っ赤な顔でブルブルと震えている。


「か、かわ、かわい……」


 何かブツブツと言っているけどよく聞こえない。


「ヴォ、ヴォルクさん?」


 しばらくすると、ヴォルクさんは覚悟を決めたように目をつぶった。


「……その、いい子で待ってて、くれ」

「はい。変なこと言ってすみませんでした!」


 私は恥ずかしくなって、その場から走り去った。


 *


 次の日。


 いつも通り三人で朝食をとったあと、それぞれの時間を過ごしていた。


 昼になり、昼食をとっているときに私は『三人の時間は今日が最後かもしれない』と思った。


 ヴォルクさんがお姫様と恋に落ちたら、このままこの古城に居座るわけにはいかない。そのときはアレクシスさんを頼ろうかな?


 そんなことをぼんやり考えながら食事の後片付けをする。


 あっという間に時間がすぎて夕方になり、ヴォルクさんはパーティーに参加するために王宮に向かった。転移装置で向かったらしく、それに気がつかなかった私はヴォルクさんに「いってらっしゃい」も言えなかった。


 ヴォルクさんがもう出かけてしまったことを教えてくれたラエルは、「まさか魔王様が自分からパーティーに行くなんてなー」と驚いている。


「ヴォルクさん、パーティーで確認したいことがあるんだって」


「ふーん? 魔王様、また一人で何企んでいるんだか。あ、そうだ。オレ、魔王様に頼まれていたことがあったんだった。リナ、ちょっとこっちに来て」


 ラエルのあとについて行くと、そこには美しいドレスが飾られていた。


「これは?」

「これ、魔王様からリナにプレゼント」


「え?」

「ほら、リナはパーティーに行きたがっていたのに、連れていってやれないから、魔王様すごく気にしていたわけよ。だから、気分だけでもって」

「こんなに素敵なドレスを、私に?」


 ここ数日、私は自分のことばかり考えて、少しも周りが見えていなかった。それなのに、ヴォルクさんもラエルも、とても優しくしてくれる。そのことが、申し訳なくて、ありがたくて私の胸が熱くなる。


「あ、ありがとう」


 涙をこらえた私の声は震えていた。


「お礼は魔王様に言ってやってくれ」

「うん」


 ニカッと笑ったラエルは「なぁなぁ、これちょっと着てみようぜ!」とドレスを指さす。


「いいのかな?」

「いいのかなって、リナのだろ?」

「そっか。じゃあ、着てみるね」

「着れたら呼んでくれよな」


 そう言って、ラエルは部屋の外に出た。


 ドレスを手に取ると、その生地はとても手触りがいい。


「これ、すごく高そう……」


 破ったり、汚したりしないようにしないと。


 私は今着ているメイド服を脱いで下着姿になった。そして、ドレスを着ようとする。


「……ん? あれ?」


 ドレスの後ろが編み上げひもでとめるようになっている。


「これ、絶対に一人で着られないやつ!」


 この世界ではドレスを着るのはお姫様や貴族だから、きっと着るのを手伝ってくれるメイドがいるのね。


「どうしよう……」


 困っていると扉がノックされた。


「着れたかぁ?」

「ラエル、ちょっと待って⁉」


 ガチャリと扉を開けたラエルと、下着姿の私の目が合った。大きく目を見開いたあと、ラエルはなぜかお腹を抱えて笑い出した。


「あー、あー! そういう? そういうことだったんだな⁉」


 ラエルは遠慮なく私に近づくと、鎖骨辺りにあるアザを指さした。


「魔王様、なーんか隠してんなと思っていたらこれか!」


 ラエルの指が私のアザにふれたとたんに、アザが淡く光る。


「えっ、な、何⁉」


 驚く私にラエルは「ははっ、オレの捜しもの、みーつけた!」と言いながら嬉しそうに笑った。


「え?」

「リナのおかげで、今からオレは、なんでもできる最強の魔法使いだ。まぁ、リナが願えばだけどな。さぁ、どんな願いでも叶えてやるぜ。まずはパーティーに行くだな」


 ラエルがパチンと指を鳴らすと、ドレスが宙に浮く。そして、まるで見えない誰かが手伝ってくれているように、私にドレスを着せてくれた。


「ドレスに合うアクセサリーも必要だな」


 ラエルがそう言うと、どこからともなく豪華なアクセサリーが出てきて、私を飾る。


「髪も長く伸ばしてぇっと」


 ラエルの言葉通り、私の髪がすごい勢いで腰まで伸びていく。


「な、何が起こっているの⁉」


 ラエルは「いいじゃん、リナ! すんごく似合っているぜ! これを魔王様に見せないのは罪だなぁ」と私の質問に答えてくれない。


「よっし、オレ達もパーティーに行くか!」

「ダメだよ! 私達は、お留守番なんだから」

「でもなぁ。リナのおかげで力を取りもどせたから気がついたけど、王宮にすごく危ないヤツの気配があるんだよなぁ……」

「それって、もしかして、ヴォルクさんが危ないってこと?」

「まぁ、魔王様なら大丈夫だとは思うけど。万が一ってこともあるしぃ」


 ラエルは「リナはどうしたい? オレがリナの望みをすべて叶えてやるよ」とまだ訳の分からないこと言っている。


「ヴォルクさんが危ない目に遭うかもしれないんだったら、助けに行きたい。私は何の力も持っていないけど、それでも、今までヴォルクさんにたくさん助けてもらったから、恩返しがしたいの」

「そうこなくっちゃ!」


 ラエルがまた指を鳴らすと、私達は古城の門前にいた。そこには真っ白な馬車がある。


 いつの間にか執事のような服に着替えたラエルが、馬車の扉を開けてくれた。


「中へどうぞ、リナ姫」

「何それ」


 私はクスクスと笑いながら馬車に乗り込む。正面にある小窓から、この馬車を操縦する席にラエルが座っているのが見えた。


「じゃあ、オレらも城に向かうとすっか!」


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