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29 『そんなこと』じゃない

「ヴォルクさんは、もしかして、記憶を無くす前の私を知っているんですか?」


 私の質問にヴォルクさんはうつむいた。


「……ああ、そうだ。俺は、10年前の……子どものころのリナを知っている」

「どうして、私に教えてくれなかったんですか?」

「リナが記憶をなくしていることも知っていたから……。話しても、信じてもらえないと分かっていた。怖がらせたくなかったんだ」


 確かに出会ってすぐに、そんな話をされても信じられなかったし、怖く感じたと思う。


 しばらく沈黙が続いたあとで、「詳しくは古城に戻ってから話す」とひどく思いつめた声が返ってきた。


 私としては、アレクシスさんのように『子どものころに会ったことがあるよ』程度の話かと思っていたのに……ヴォルクさんの様子を見るとそうではないみたい。


 一体、どんな話をされるのだろうと不安になりながら、私は転移装置である魔法陣に足を踏み入れた。


 魔法陣が光り、ヴォルクさんと私が光に包まれていく。


 チラッとヴォルクさんを見ると、以前、魔法陣を使ったときに浮かんだ光景を思い出した。


 淡い光に包まれた黒髪の少年が必死に叫んでいる。

 その顔は、悲しみを押し殺して無理に笑っているように見えた。


 ――リナ!

 ――必ず、また、会えるから!

 ――ずっと、ここで、待ってるから!


 前にこの光景が頭をよぎったとき、この少年は、私は夢で見た銀色の腕輪をつけた男の子なのかと思った。


 でも、今なら違うと分かる。


 銀色の腕輪をつけた男の子がアレクシスさんで、きっと、この黒髪の少年がヴォルクさんだったんだ。


 だとすると、ヴォルクさんはずっとあの古城で私の帰りを待っていてくれたの?

 記憶をなくす前の私達の関係って一体……?


「リナ」


 ヴォルクさんの声で我に返った。


 いつのまにか魔法陣の光は消えて、私達は古城の一室に戻ってきている。


 荷物を置いて歩き出したヴォルクさんのあとを、私は黙ってついていった。たどり着いた先は、なぜか私の部屋だった。


「前にも言ったと思うが、この部屋にあった服は俺の師匠が着ていた服なんだ」

「その方は、ヴォルクさんの魔法のお師匠様なんですよね?」

「ああ、そうだ。……そして、俺の師匠は、リナの母でもある」


 私は「え?」とつぶやいたと同時に、アレクシスさんの言葉を思い出した。


 ――記憶操作の魔法なんて禁忌だし、常人がたどり着けるものじゃないけどね。君の母のような魔法使いだったらできるはずだ。


「ラ、アレクシスさんも私の母さんが魔法使いだと言っていたんです! この国で一番魔力が強かったって。あの話は本当だったんですか?」


 うなずくヴォルクさんは、とてもじゃないけど冗談を言っているような顔には見えない。


「じゃあ、私の父さんは貴族?」

「ああ、俺が出会ったころには、貴族籍から抜けていたらしいが、おじさんは元貴族だ」


 モルさんの話を聞きながら、私は疑問が膨れ上がっていった。


「二人ともこの世界の人だったのなら、どうして私達家族は違う世界にいたんですか?」

「それは……」


 ヴォルクさんは、一体何をためらっているんだろう?


「……こんなことを言って信じてもらえるか分からないが……」

「ヴォルクさんの言葉なら信じられます。だって、出会ったときからずっと、ヴォルクさんは私に誠実に接してくれていましたから」

「リナ……」


 ヴォルクさんは覚悟を決めたようにうなずいた。


「おじさんは、未来を予知する能力を持っていたんだ。それは魔法とは違い、神からの祝福のようなもので、エーベルト侯爵家の血筋の者にまれに現れると言っていた。このことは、一部の限られた人間しか知らない」

「父さんが……」


 私の知っている父さんとぜんぜん違う。作家だった父さんは、いつも書斎で机に向かって小説を書いていた。でも、母さんや私が声をかけると、すぐ手を止めて「なんだい?」と優しい笑みを浮かべて聞いてくれる人だった。


 ヴォルクさんが知っている父さんや母さんは、どんな人達だったんだろう……。


「おじさんは、その能力でリナ達に危険が迫っていることが、事前に分かったんだ。だから、別の世界に逃げた。あのときは、それしか方法がなかった。そのときに、リナは記憶を失ってしまった」


「どうしてですか⁉」

「リナには魔力がなかったんだ。そのせいで、異世界転移での衝撃に耐えられないと師匠が言っていた」

「じゃあ、父さんと母さんはこの世界の記憶を持っていたんですね……」


 だから、父さんの書いた本は、この世界にそっくりだったんだ。

 まるでパズルのピースのように、すべての出来事が綺麗にはまり繋がっていく。


「じゃあ、ヴォルクさんは、母さんのお弟子さんだったから、私達家族のことをくわしく知っていたということですか?」

「そう……なんだが、正確にはそうじゃない。子どものころの俺は、父に魔物の森に捨てられたんだ」


「こんなに危ない魔物の森に? それって……」

「あのときの父にとって、俺は邪魔な子どもだった。だから、魔物に喰わせてその存在を人に知られる前に消そうとしたんだろうな」

「そんな……」


 困ったように笑うヴォルクさんは、私の頭をぎこちなくなでた。


「そんな顔はしなくていい。そのせいで俺は死にかけたが、森で倒れている俺をリナが見つけてくれて、助けてもらったんだ。それから、家族の一員のように受け入れてもらえた」

「そうだったんですね。良かった……」


 もしかしたら、ヴォルクさんの中で、私は命の恩人になっているのかもしれない。だから、ヴォルクさんは私にこんなにも良くしてくれるのね。


 いろいろ納得したと同時に、また疑問が湧いてきた。


「でも、家族のようだったのなら、どうしてヴォルクさんは私達と一緒に行かなかったんですか?」

「それは……事情があって……」

「その事情のせいで、ずっとここで私を待っていてくれたんですか?」


 ヴォルクさんの瞳が大きく見開かれる。


「あれ? 魔法陣みたいな光の中で、子どものころのヴォルクさんが、ずっとここで待ってるからと言ってくれた記憶を思い出したんですけど、違いますか?」

「リナ……記憶が戻ったのか?」

「いえ、これだけです。他のことは分かりません」


「そうか」とつぶやいたヴォルクさんは、少し寂しそうに見えた。


「おじさんの予知で、リナがいつかこの世界に戻ってくるということが分かっていたんだ。でも、予知は断片的なもので、いつどういう形で戻ってくるのかは分からなかった。だから、俺は自分の意思で、ここに残ってリナを待つと、師匠に言ったんだ」

「……え?」


 それが本当なら、いつ戻ってくるのか分からない私を待つためだけに、この古城でヴォルクさんは10年も過ごしていたことになる。


「そんなことのために?」

「そんなことじゃない」


 ヴォルクさんは、私の瞳をまっすぐ見つめた。


「俺にとってリナをここで待つことは、何よりも大切で優先されることだったんだ。この選択を後悔したことは一度もない」


 予想外なことに私は言葉を失ってしまった。


 ヴォルクさんの行動は私が命の恩人だから? それとも……。


「おじさんの予知は外れたことがないんだ。でも、自分の意志で予知することはできないと言っていた。予知は、突然、脳内に文字が浮かび上がるそうだ。断片的なときもある。だから、おじさんはいつも紙とペンを持ち歩いていた」


 向こうの世界でも父さんは同じことをしていた。それは予知を記録するためではなく、小説のアイディアが浮かんだときに書き残せるようにだったけど。


「書き残す……」


 アレクシスさんは、私に『君の父が書き残したものはないかい?』と聞いていた。


『もし、そういうものがあれば――』


 あの言葉の続きは、もしかしたら、『そこに未来予知が書かれている』だったのかも?


 でも、父さんが書き残したもので私が持っているのは『幸福を呼ぶお姫様と森の魔王』の本だけ。あれに書かれていることは、魔王様とお姫様が恋に落ちるお話だった。


 人の恋愛を予知してわざわざ書き残すなんてこと、父さんはしないと思う。でも、本の中の魔王様は、ヴォルクさんそっくりだから、何か別の意味があるのかもしれない。


「あの、ヴォルクさん。実は――」


 私が父さんの本のことを相談しようとしたとき、古城にラエルが戻って来た。


「魔王様ー。リナー。 あれ、どこだ?」


 ラエルの声が段々近づいてくる。

 ヴォルクさんは小声で「ラエルは、何も知らない」と私にささやいた。


「リナ。話は、またあとでしよう」


 私がうなずくと、開けられていた部屋の扉から、ラエルが顔を出す。そして、ヴォルクさんを見るなり大げさに叫んだ。


「うわっ⁉ リナの部屋に見知らぬイケメンが⁉」

「落ち着け」

「爽やかイケメン騎士が帰ったと思ったら、すぐに次のキラキライケメン! もう魔王様、しっかりリナを捕まえておけよー!」

「ラエル、俺だ」

「えっあっ? ああ、これ身なりを整えた魔王様か!」


 ラエルはヴォルクさんを上から下まで眺めたあと「リナ、いい仕事したなー」と褒めてくれた。


「でもさ、魔王様ってばリナの部屋の中で何してんだよ? 距離近くない? あっオレ、帰って来なかったほうが良かった?」

「そんなんじゃない!」

「ちょっと二時間ほど外に出とくからごゆっくり!」

「変な気を遣うな!」


 ラエルの冗談をすぐさま否定するヴォルクさんの顔は赤い。いつの間にか重苦しい空気も穏やかになっていた。


「なんだよー! 魔王様、そこはガッといけよな」

「いいかげんにしとけよ?」

「へいへい」


 唇を尖らせたラエルは「あ、そうだ!」と私を見た。


「あのイケメン騎士、ケガして街の病院に入院してたわ」


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