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28 解けていく誤解

 不思議な気持ちを打ち消すように、私は慌ててヴォルクさんに話しかけた。


「お目当ての物が買えたし、もう帰りましょうか」


 本人は元気だと言っていたけど、ヴォルクさんは魔物退治のあと、そのまま買い物に来ている。そういえば、古城に戻って来たとき、お昼を過ぎていたけど昼食はとったのかな?


 今さらながらに確認すると「いや、食べていない」と真顔で返事されてしまう。


「えっ!? お腹すいてませんか?」

「別に……。リナが来る前は、気が向いたときしか食べていなかったから問題ない」

「いや、問題しかないですよ!?」


 そういえば、私がご飯を作るようになる前は、料理を作った形跡がなかった。本当に毎日、果物をかじっていたのかもしれない。それって栄養面的に大丈夫なの?


 古城に居候させてもらう代わりに、食事作りを担当させてもらっているのだから、買い物に行く前にヴォルクさんが昼食をすませていたのか聞くべきだった。


「ヴォルクさん。とりあえず、何か食べましょう!」


 周囲を見渡すと屋台が見えた。焼き鳥のようなものが売っていて、食欲をそそる香ばしい匂いがこちらまで漂ってくる。


「あれなんてどうですか?」

「手が塞がっているからいい」


 そう言ったヴォルクさんの両手は、確かにさっき買った荷物で塞がっていた。


「じゃあ、私が買って来ますね」


 返事を聞かずに屋台に向かい、串焼きを3本買ってきた。足りないと思うけど、これでもないよりましだと思う。


「はい、ヴォルクさん。あっ!」


 そうだった。荷物で手が塞がっているんだった。じゃあ、私が食べさせてあげないと。


 私は串焼きをヴォルクさんの口元に近づけた。


「はい、あーん」

「……」


 ヴォルクさんが固まってしまっている。


「串焼きは嫌いですか?」

「そう、じゃなくて……」


 戸惑うヴォルクさんの口元に、私はもう一度串焼きを近づけた。


「はい、どうぞ」


 今度は食べてくれた。


「おいしいですか?」

「……う、うまい」


 ヴォルクさんの顔が真っ赤になっている。串焼きが焼き立てで熱かったのかも?


 私はフゥフゥと冷ましたあとで、もう一度串焼きを差し出す。


 一本食べ終わったところで、側を通ったおじさんに「お熱いねぇ」と笑われた。


「?」


 落ち着いて考えて見ると、今の私達は人通りがある道端で恋人同士がするようなことをしてしまっている。


「す、すみません!」

「いや、うまかった」

「残りは……」

「あとで食べる」

「そうですね」


 頬が熱くて顔を上げられない。お互いに黙って歩き、街から出たところで、ヴォルクさんは口を開いた。


「アレクシスのことだが」

「はい?」

「戻ってこなくて気になっているんだよな?」

「そうですね……。すごく心配です」


 アレクシスさんのことはもちろん心配だけど、悲鳴を上げた女性もどうなったのか不安だった。助かっていてほしい。


「その、リナは、アレクシスのことをどう思っているんだ?」

「え?」


 改めてどう思っているかと聞かれると難しい。


「そうですね、初めはナンパされているところを助けてもらったのでいい人だと思っていました。でも、古城に来たときにそれを居座る理由にされて困りましたね。結局、謝ってくれたんですけど。私のことをいとこだと言うし、なんだかよく分からない人、です」


「そうか……。その、外見的には?」

「外見?」


 私はアレクシスさんの外見を思い出した。


 輝くような金髪に、優しい笑みを浮かべた青い瞳。背も高いし、騎士様だからかたくましい上に、顔も整っている。


「素敵な方なので、すごく女性にモテそうですよね」

「ああ。それで、リナは?」

「私?」

「リナも素敵だと思うのか?」

「えっと、まぁ素敵は素敵なんじゃないでしょうか?」


 本当にいとこなのかどうか分からないから、私の中では、素敵さよりも今のところ、うさん臭さが勝ってしまっているけど。


 隣のヴォルクさんを見ると、目に見えて落ち込んでいた。


「そう、だよな……。あいつは、男の俺が見てもカッコいいと思うし……剣の腕前も一流だし……」


 こんなヴォルクさん初めて見た。もしかして、アレクシスさんにコンプレックスでもあったのかな?


 私は慌てて「ヴォルクさんのほうが素敵ですよ!」と伝えた。


 驚いたヴォルクさんが私をまっすぐ見つめている。


「ヴォルクさんは、すごく優しいし頼りになるしカッコいいし素敵です! 自信を持ってください!」


 私は両手をグッと握りしめた。


 ヴォルクさんは私を見つめたまま数秒間固まっていた。ヴォルクさんの家庭環境は複雑そうだから、今まであまり人に褒められることがなかったのかもしれない。


「ありがとう、リナ……」


 優しく微笑みかけられて、なぜか私はあせってしまった。慌てて話題を変える。


「そ、そういえば! さっきのヴォルクさんファンの騎士様、なんてお名前なんでしょうね?」


 自分でもどうしてそんなことを言いだしたのか分からない。でも、ヴォルクさんは律儀に「さぁ、名前は聞かなかったな」と真面目に返事をしてくれる。


「でも、聞かなくても、ヴォルクさんの魔法で相手の名前が分かるんですよね?」


 その魔法を使って初対面の私が『リナ』だと言い当てたから。


「いや、そんな魔法はない」

「え? じゃあ、どうして名乗ってもいない私の名前が分かったんですか?」


 ヴォルクさんは『しまった』とでも言うような顔をした。その様子を見た私は、とある考えにたどり着く。


「もしかして、ヴォルクさん……。私の名前を知っていたんですか?」


 ヴォルクさんから返事はない。


「アレクシスさんは、私と子どものころに一度会ったと言っていましたよね? ヴォルクさんが魔物退治に行ったあとで、さらに、私が子どものころの記憶を無くしているんじゃないかって言われたんです。今まで、そんなことあるわけないと思って信じてなかったんですけど……」


 初めて出会ったころからヴォルクさんはずっと私に優しかった。それは、本の中の魔王様だから優しいのだと勝手に思い込んでいた。


 でも、ヴォルクさんは魔王様じゃなかった。それなのに、どうして、こんなにも優しくしてくれるのか?


「ヴォルクさんは、もしかして、記憶を無くす前の私を知っているんですか?」

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