表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/40

26 いろんなことが分からない

 次の日。


 朝になってもヴォルクさんとアレクシスさんは、古城に戻ってこなかった。


 ラエルは「魔王様は強いから大丈夫大丈夫! あのイケメン騎士も相当強いと思うから、魔物に襲われる女を颯爽と助けて、街にでも連れて行ってやったんじゃねーの?」と適当なことを言っている。


 それならそれでいいんだけど、もしアレクシスさんが助けた女性がお姫様だった場合、どうなってしまうんだろう……。昨日は満月じゃなかったから、お姫様ではないと思うけど確証はない。


 魔王様と恋に落ちるはずのお姫様が、アレクシスさんと恋に落ちてしまったら?


 恋に落ちる相手が変わったら、この本の世界はどうなるの?


 もし、この世界がおかしなことになってしまったら、それはすべて、ここにいるはずのない私のせいだ。


 一人でどうしようもない不安に襲われていると、私はふとアレクシスさんの言葉を思い出した。


 ――君のお父さんはエーベルト家の長男で、私の父が次男だから、私達が子どものころに会っていても少しもおかしくないんだ。君もうっすら私と会ったことを覚えているんだろう?


 子どものころのアレクシスさんのことは確かに夢で見た。

 でも、私の父さんが貴族で、母さんが魔法使いだったなんてありえない。


 ――もしかして、何か事情があって記憶をなくしているのかもしれないね。


 もしそうだとしたら、私はこの世界の住人だったけど、事情があって記憶を失い、別の世界で暮らしていたことになる。そして、両親を失ったことをきっかけに、また元の世界に戻って来た。


 そういえば、アレクシスさんに父さんが書き残したものがないかと聞かれた。

 私をこの世界に連れて来たのも、父さんが書いた本だった。


 この不思議な本の存在をアレクシスさんに伝えていたら、何か分かったのかな?


 そう思ったけど、アレクシスさんが戻ってこない限り、今はどうすることもできない。


「悩んでいても仕方がない。せめて、私にできることをしよう」


 私はほうきと雑巾、バケツを持って城内の掃除を始めた。


 そうして過ごしているうちに、ヴォルクさんが古城に帰ってきた。


 城内の掃除をしつつ、ときどき窓から門のほうを見ていたのですぐに気がつくことができた。見たところケガはしていないようで、ホッと胸を撫でおろす。


「ヴォルクさん、お帰りなさい!」


 嬉しくなってかけよると、ヴォルクさんはビクッと体を小さくふるわせた。


「……あ、ああ」


 ヴォルクさんは自分の顔を隠すような仕草で、私から顔をそらした。

 こんなにぎこちない空気は久しぶりな気がする。


 最近は、ヴォルクさんと前より仲良くなれた気がしていたのに……。


 急にどうして、と思ってしまったけど、よく考えたら、あれはアレクシスさんを警戒して私の側にいてくれたからなのね。


 少し寂しいけど仕方がない。


 私がヴォルクさんに「お話ししたいことがあるので、あとでお時間いただけませんか?」と伝えると、「今、空いている」と言ってくれた。


「でも、戻ってすぐは疲れているんじゃ……?」

「疲れていない」

「えっと、ありがとうございます。じゃあ立ち話もなんですから、客室にでも行きましょうか」


 私は掃除を徹底して見違えるほど綺麗になった客室に、ヴォルクさんを案内した。


「部屋が綺麗に……?」

「頑張りました!」


 昨日来たお客さんに犬小屋って言われてしまったから、次はそんなことがないようにしたかった。


「無理しなくていい」

「迷惑でしたか?」

「違う! その、リナがいてくれて、すごく助かっている!」

「良かった……」


 私は「魔物討伐は、どうでしたか?」と尋ねながらお茶をれた。


 ヴォルクさんの返事は「問題ない。いつもと変わりなかった」と素っ気なかったけど、淹れたお茶はちゃんと飲んでくれている。


 まず初めに、私は、魔物の森の中で女性の悲鳴を聞いたこと。そして、女性を助けるためにアレクシスさんが別行動してまだ戻ってきていないことを伝えた。


「あの男は強いから、大丈夫だと思うが……。どうなったのか調べておく」

「ありがとうございます!」


 次に、私はこの古城にお客さんが来たこと、そして、招待状を置いて行ったことを伝えた。


「招待状?」

「はい。王家からだそうです。必ずヴォルクさんに渡すように、と」


 招待状を受け取ったヴォルクさんの顔が険しくなっている。


「受け取らないほうが良かったですか?」


 私の顔を見たヴォルクさんは「あ、いや。王家が王女の誕生日パーティーを開くから、貴族は全員参加しろと書いてある」と教えてくれた。


「王女様……ということは、この国のお姫様ですよね!?」

「あ、ああ」


 急に前のめりになって尋ねた私に、ヴォルクさんが驚いている。


「じゃあ、そのパーティーに行ったらお姫様に会えるんですか?」

「そうだな」


 喜びで胸がいっぱいになった私は、ヴォルクさんの「俺は参加しないが」という言葉にあせってしまった。


「どうしてですか?」

「行く必要がない」

「そうですか……」


 肩を落とす私に「リナは行きたいのか?」と聞いてくれる。


 私が行きたいというよりは、ヴォルクさんに行ってほしい。そして、本と話は変わってしまうけど、そこで運命のお相手であるお姫様と出会ってほしい。


 私のせいで細かいことが変わってしまっても、二人が出会って恋に落ちたら、それはハッピーエンドだと思うから。


「もし私がそのパーティーに行きたいと言ったら、ヴォルクさんも一緒に行ってくれますか?」


 ヴォルクさんからは、少しの沈黙のあと「……考えておく」と返事があった。


「それより、俺がいないのに、この手紙をどうやって受け取ったんだ?」

「あっ、それは手紙を持って来た方が、ラエルと同じ特異体質だったみたいで、普通に門から入ってきたんです」


 長い前髪の隙間から見えるヴォルクさんの瞳が、大きく見開かれた。


「……ラエルは?」

「ここだよ」


 ヴォルクさんに呼ばれて、客室にラエルがひょっこり顔を出した。


「何か分かるか?」


 ラエルは困ったように頭をかきながら「あーまぁ、心当たりはある」と言葉を濁す。


「俺に話すことは?」

「今はできねぇ。いつか話せるときが来たら話すわ」

「そうか」


 それで二人の会話は終わってしまった。お互いのことを信頼しているのだとよく分かる。


 ラエルは、ヴォルクさんが持っている招待状を指さした。


「その招待状を持ってきたの、偉そうな貴族の女でさ。魔王様に会うのが目的みたいだったぜ」

「俺に?」

「どんな人かとか、アンタの肖像画を見せろとか言われた」


 ハァとヴォルクさんは深いため息をつく。


「アルミリエ公爵家と繋がるのが目的なんだろ。今までも、会ったこともない貴族から勝手に婚約をせまる手紙が送りつけられてきたことがある」


「婚約……」とつぶやいた私にヴォルクさんは「すべて断った!」と力強く教えてくれた。


「良かったです」


 だって、ヴォルクさんはお姫様と結ばれるのに、他の人と婚約していたら大変だもの。


 私が安心していると、ヴォルクさんはまた私から顔を背けた。一瞬、見えた頬は赤くなっていたかもしれない。その横で、ラエルはなぜかニヤニヤしている。


「なぁなぁ、リナ。誕生日パーティーに行くにしろ行かないにしろ、魔王様の服装は問題だよな?」

「え?」


 急に話を振られて驚いてしまう。


「魔王様も帰ってきたことだし、あのイケメン騎士がどうなったかはオレが調べておくから。その間、リナは魔王様の服を見繕ってやってくれよ。オレが言っても聞かねぇからさ」


 戸惑う私の耳元で、ラエルは「こんな格好のままで、魔王様が誕生日パーティーに行ったら大変だろ?」と笑う。


 確かに、この飾り気のない全身黒ずくめの服はパーティーには向いていない。髪ももっと綺麗に整えたほうがいいと思う。


「でも……」


 本では、魔王様が身なりを整えてカッコよくなるのは、お姫様に出会ってからだ。

 だけど、よく考えたらラエルは本には出てこない。


 それに、アレクシスさんの話が本当だとしたら……。

 今までここは本の中の世界だと思い込んでいたけど、そうじゃない可能性もあるのかな?


 もし、ここが本の世界じゃなかったら、私がヴォルクさんの身なりを整えても問題ないのかもしれない。


 いろんなことが分からなさすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。


 でも、だからこそ、ヴォルクさんには一度、お姫様に会ってほしい。二人が出会っても何もなかったら、『ここは本の世界なんかじゃない』って思えるから。


 私は覚悟を決めてヴォルクさんを見た。


「ヴォルクさん、私と二人で街に行ってください!」


 しばらくの沈黙のあと、「あ、ああ」とヴォルクさんはうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ