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24 ヴォルクさんを訪ねて来た女性

 さっきの悲鳴の女性はお姫様かもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 もし、お姫様だったときに問題がないように、私は本の挿絵と同じ部屋を綺麗に整えた。アレクシスさんが女性を連れ帰ったときに、この部屋に運んでもらおうと思う。


 ジッとしていられなくて、私は城門上の城壁をウロウロしていた。私の側では、ラエルが気持ちよさそうに大きなあくびをしている。


 さっきは慌ててしまっていたけど冷静に考えると、本の中でお姫様と魔王様が出会うのは、満月の夜、湖のほとりだった。


 女性の悲鳴が聞こえたのは、湖近くだったから場所は合っているとして、今はまだお昼。月すら出ていない。


「ねぇ、ラエル。今日って満月?」

「えー、分かんねぇ」

「そうだよね……」

「なぁ、リナ。もう中に入ろうぜ?」

「ラエルは先に入ってて。私はもう少し待ってみる」

「そういうわけには……あっ」


 驚くラエルの視線の先を追うと、城門の前に黒いフードマントを深く被った人が立っていた。背格好からしてヴォルクさんではない。


 もしかして、お姫様!?


「あれ? 一人?」


 てっきりアレクシスさんと一緒に来るのかと思っていた。ということは、この人はお姫様じゃないの?


 混乱しながら私が「あの、どちら様ですか?」と尋ねると、フードマントの人は顔を上げる。そして、胸元から封筒を取り出した。


 もしかして、ヴォルクさんに手紙を届けに来た郵便屋さん?


 私がラエルに「入ってもらっていいのかな?」と尋ねると、ラエルは「リナやイケメン騎士みたいに、魔王様が許可したやつや、特異体質のオレじゃないとこの古城には入れない。たとえオレ達が門を開けて迎え入れても、魔王様が認めていないやつは強力な防御魔法に弾かれっから」と教えてくれる。


 だったら、洗濯場のある裏までまわってもらうしかない。入れなくても裏口なら扉の隙間から手紙を受け取れるかもしれない。


 私はフードマントを着た人に「すみませんが、裏にまわっていただけませんか?」と声をかけた。


 返事はない。聞こえていないのか、フードマントの人は城門の扉を手で押した。


 それを見たラエルが「いや、そもそも部外者はその門、開けられねぇから」とあきれている。


 ギ、ギィと鈍い音を立てる扉。


「だから、開かねぇ……は?」


 開かないはずの扉が開き、フードマントの人が城内に入って来た。


「そんな、バカな!?」


 そう叫んだラエルは、慌てて城壁から降りた。私も急いでそのあとにつづく。


 フードマントの人は女性だった。フードに隠れて顔が見えないけど、長く茶色の髪が見えている。


 アレクシスさんがお姫様の髪色は、紫色だと言っていたから、この人はお姫様ではない。


 私はホッと胸を撫でおろした。


 私がここにいるせいで、お姫様と魔王様の恋物語が、お姫様と騎士様の恋物語に変わってしまうのではと不安で仕方ない。


 アレクシスさんが戻るまでは安心できないけど、ひとまず、この人はお姫様ではないことが分かった。


 女性はフードマントを脱ぐと私を見た。整った綺麗な顔をしているけど、瞳の色は茶色。やっぱりお姫様じゃない。


「何をボーッとしているの?」


 眉をひそめた女性は、いら立つように私にフードマントを投げつけた。私は慌ててそれを落とさないようにつかむ。


「使えない使用人ね」


 髪をかきあげた女性は、ラエルに向かって「早く城の中を案内しなさい」と叱りつけるような口調で命令した。


 ラエルが見たこともないような冷たい表情で、女性をにらみつけている。


「ラエル?」

「……あ、ああ」


 声をかけるとパッといつものラエルの雰囲気に戻った。


「よく分かんねぇけど、魔王様を訪ねて来た貴族の客っぽいな。とりあえず、言う通りにすっか」

「そうだね。客室に通して、お茶を出したらいいかな?」

「ああ、それでいこう」


 二人でヒソヒソと打ち合わせをしたあとで、私とラエルは女性を城内に招き入れた。


 城の中に入った女性の第一声は「廃墟……?」だった。


 客室に案内すると「何よ、ここは。犬小屋かしら?」


 お茶を出すと「口をつける気にもならないわ。汚らわしい」


 女性が話すたびに、ラエルのイライラが溜まっていっているのが分かる。


 私も女性の言い方はひどいと思うけど、この城が廃墟みたいなのは本当だし、掃除が行き届いていないし、出したお茶だって庶民が飲むものだから、貴族の口には合わないと思う。


 だからたぶん、これがこの世界の貴族女性の一般的な反応なはず。そう考えると、この城に運ばれて文句ひとつ言わず、魔王様と恋に落ちたお姫様はやっぱりすごいと思ってしまう。


 痺れを切らしたラエルが「ご用件は?」と女性に尋ねた。


「ヴォルク様に会いに来たの。早くここに呼びなさい」

「あー、残念。今は不在ですねー」


 少しも残念そうじゃないラエル。


「いつ戻るの?」

「さぁ? オレには分かりません」

「本当にここの使用人は使えないわね。じゃあ、ヴォルク様はどんなお方なの?」


 あれ? そんなことを聞くということは、この人はヴォルクさんに会ったことがないのかな? この人、本当にヴォルクさんのお客さん?


 ラエルもそれに気がついたようで、私と目くばせをする。


「あー、どんな方と言われると魔王様みたいな方ですね」

「ふざけないで。肖像画くらいはあるでしょう? 早く持って来なさい」

「そんなもんはないです」

「いいかげんに……」

「いえ、本当にそういうのはないんで。何を言われてもお見せできません」


 ラエルにきっぱり言い切られた女性は、ギリッと歯噛みをした。そして、ラエルに持っていた封筒を投げつける。


 投げつけた封筒をラエルが涼しい顔でキャッチしたので、女性はついに切れた。


「私を誰だと思っているの!? おまえなど、一瞬で消し去ることができるのよ!」


 何も言わないラエルを見て、女性は右手を上げたけど何も起こらない。


「くっ、力を使いすぎたのね。これのどこが万能なのよ!」


 そうつぶやく女性は怒りを抑え込むように息を吐いた。


「……まぁいいわ。その手紙は王家からの招待状よ。必ずヴォルク様に渡しなさい」

「わかりましたー」


 女性は私が持っていたフードマントをひったくると、一人で城から出て行った。


 その後ろ姿を見ながら私が「なんだったのかな?」とつぶやくと、ラエルからは「さぁ?」とやる気ない返事が返ってくる。


「それにしても、防御魔法があるのに、あの人はどうして中に入ってこれたんだろう?」

「まぁ、特異体質なんだろうな。オレと同じで」

「特異体質の人ってそんなにたくさんいるの?」


 ラエルは「いない」と笑っている。


 結局、その日は夜まで待っても、ヴォルクさんもアレクシスさんも戻ってこなかった。

 そして、私がバルコニーから見上げた月は、満月ではなかった。


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