23 私の両親は?
魔法で飛びあがったヴォルクさんは、あっという間に空の彼方へ消えてしまった。
その場に残されたのは、私とラエルとアレクシスさんの三人だ。
なんとも言えない空気の中、ラエルが「魔王様がいなくなったから、しばらくするとオレ達を守っていた防御魔法も消えるぜ」と教えてくれる。
私達はピクニックを終えて、急ぎ古城へと戻ることにした。
道中で、私はアレクシスさんに話しかけた。ラエルは気を使ってくれているのか、距離を取って先を歩いてくれている。
「アレクシスさん、さっきの話のつづきですけど……」
「私達がいとこだということかい?」
「はい。それはやっぱり何かの間違いだと思います。そんなこと、ありえないんです」
「どうして?」
困った私は異世界から来たことを隠しながら、言葉を選んで説明した。
「私はすごく遠い場所からここに来ました。その遠い場所で生まれて、ずっとそこで暮らしていたから、子どものころにアレクシスさんに会うのは不可能なんです」
ランドフルさんは腕を組みながら「うーん」と考えるような仕草をした。
「リナは私より幼かったから、忘れちゃったかな? 君のお父さんはエーベルト家の長男で、私の父が次男だから、私達が子どものころに会っていても少しもおかしくないんだ。君もうっすら私と会ったことを覚えているんだろう?」
「父さんが貴族なんてありえません。アレクシスさんに、会った記憶ではなく、夢でみて……」
アレクシスさんの青い瞳が、私をまっすぐ見つめている。
「夢、か。もしかして、何か事情があって記憶をなくしているのかもしれないね。そういう私は、君のことをすっかり忘れていたのに、この腕輪を受け取ったとたんに思い出したから」
「人の記憶を無くさせたり、思い出させたり、そんな不思議なことできるわけが……」
「できるよ」
きっぱりとアレクシスさんは言い切った。
「記憶操作の魔法なんて禁忌だし、常人がたどり着けるものじゃないけどね。君の母のような魔法使いだったらできるはずだ」
「母さんが、魔法使い……?」
「それも覚えていないんだね。君の母は、この国で一番魔力が強いと言われていたんだよ」
「そんなこと言われても……。母さんが私の記憶を消すなんてあるわけないです!」
「君の母が記憶を消したかどうかまでは私には分からない。ただ、そういうこともやろうと思えばできたということなんだ」
この人は一体、何を言っているの?
私の記憶の中の母さんは、少し気が強い普通の主婦だ。父さんだって、小説を書くことを仕事にしていたものの、どこにでもいる普通の父親だった。
アレクシスさんは「信じられないって顔だね」とクスッと笑う。
「あたりまえです! そんな話、信じられません」
「君に信じてもらえないと困るんだが……。あっそうだ。君の父が書き残したものはないかい?」
「父さんが書き残したもの?」
私はすぐに父さんが書いた『幸福を呼ぶお姫様と森の魔王』の本を思い出した。
「もし、そういうものがあれば――」
アレクシスさんの声は、女性の悲鳴によってかき消された。そのとたんに、穏やかだったアレクシスさんの顔が真剣なものに変わる。
「誰か魔物に襲われているのかもしれない」
「大変! 助けに行かないと!」
「ヴォルク卿の防御魔法効果は、まだ残っているのかな?」
アレクシスさんの質問に、ラエルが「ああ、城と湖のほとりまでの道筋にしばらくは魔物はでない」と答える。
「なら君たちは安全だね。私は少し様子を見てくるよ」
走り出したアレクシスさんのあとを私は慌てて追いかけようとした。
「あっ、待って! 私も一緒に!」
ラエルに腕をつかまれる。
「危ないから! オレ達は先に戻ろう!」
「でもっ」
さっきの悲鳴は確かに女性のものだった。だとしたら、今、魔物の襲われている女性は、本に出てくるお姫様かもしれない。本の中では魔王様に助けられるはずのお姫様がこのままでは、アレクシスさんに助けられてしまう。
「リナが行っても何もできない!」
「……そう、だね」
そうだった。例え魔物に襲われているのがお姫様だったとしても、私が行ってもどうしようもない。できることがあるとしたら、アレクシスさんがケガ人を連れ帰ったときのために、ベッドと整えたり、包帯や薬を準備しておいたりするくらいだ。
私はラエルと一緒に急ぎ古城へと向かった。