17 元の世界に帰るには
ヴォルクさんが何かつぶやくと、手に持っていたアレクシスさんの剣が淡く光りフッと消えた。
「剣がなくなると困るのだが?」
そう言ったアレクシスさんに、ヴォルクさんは「帰るときに返してやる」と素っ気ない。
「おまえと関わる気はない。空いている部屋を適当に使え」
ヴォルクさんの態度がとても冷たい。私のときは、あんなに良くしてくれたのに......。
お互いに顔見知りのような雰囲気だったけど、もしかしたら、仲が悪いのかもしれない。
私がチラッとアレクシスさんを見ると、「置いてもらえるだけで有難い」と微笑んでいた。
「リナ、空いている部屋を教えてくれないか?」
「このお城、ほとんどの部屋が空いていますよ」
「へぇ。君の部屋はどこに?」
「私の部屋は......」
私の言葉を急にヴォルクさんがさえぎった。
「部屋には俺が案内する」
「ヴォルク卿は、私には関わらないのでは?」
アレクシスさんの声に嫌みはない。
ただ、純粋に不思議に思っているようだった。
「……気が変わった」
「そうかい? 助かる」
歩き出したヴォルクさんのあとをアレクシスさんがついて行く。振り返ったアレクシスさんは私を見て「またあとで」と手を振った。
私が二人の背中を見送っていると、今までどこにいたのかラエルが側に寄ってくる。
「まさか、街であったとんでもねぇ爽やかイケメンがここまで来るとはな」
「本当にビックリだよね」
「街の人達から聞いたんだけど、あのイケメン、王宮騎士の騎士団長なんだってよ」
「え? それってすごく偉い人ってこと?」
「まぁ、偉いわな。そんなヤツがどうしてリナのことを捜してんだか」
「私のことを? でも、アレクシスさんはヴォルクさんに話したいことがあるって言ってたよ?」
「は? オレには『街で一緒だった女性のことを聞きたい』って言ってたぞ。それってリナのことだろ?」
『私のことを聞きたい』?
この前初めて会って、助けてもらったときに少し話しただけなのに。
アレクシスさんは偉い人みたいだし、ストーカーなんかじゃないだろうけど……。
私とラエルは顔を見合わせた。
「なーんか、うさんくせぇな。あのにーちゃん」
「ヴォルクさん、大丈夫かな……」
ヴォルクさんはアレクシスさんを帰したがっていたのに、私のせいで居座ることになってしまった。
「まぁ、気にすんなって!」
ラエルが私の背中を叩く。
「どうせまた、魔王様に魔物退治でも依頼しに来たんじゃねーの?
「魔物退治......」
ヴォルクさんから聞いていた通り、魔物の森はとても危ない。騎士であるアレクシスさんがケガをするくらいだから、私だったら死んでいたかもしれない。そこでふと、
私はあることが気になった。
「ねぇ、ラエルはいつもどうやって、ここから街まで行き来しているの?」
転移装置はヴォルクさんのように、膨大な魔力がないと動かせないと聞いている。
街に行ったとき、ラエルでは、動かせないと言っていたような?
「オレは普通に歩いて行き来してっけど?」
「えっ! それって、魔物の森を一人で通り抜けているってこと!?」
驚く私にラエルは「まぁ、オレ、特異体質だから!」と明るく笑う。
「じゃあ、ラエルは魔物に襲われないの?」
「そうそう!」
なんてうらやましい体質なの!?
「それって訓練したら、私もそういう体質に……?」
「ムリムリ! オレのは生まれ持ったやつだから!」
「そっか」
魔物に襲われなくなったら、この世界でいろんなことができそうと思ったけどムリなら仕方ない。
やっぱり元の世界に帰る方法が分かるまで、このままヴォルクさんのお世話になるしかないみたい。
でも、魔物に襲われない特異体質なら、他の能力もあるのかも……?
私は慎重に言葉を選んでラエルに問いかけた。
「ねぇ、ラエル。特異体質のラエルだったら、もしかして、あっという間に別の国に行ったり、別の世界に行けたりするの?」
「あーそういうのはムリ。俺は地道に移動しないとムリだから」
「そうなんだ」
「国の行き来は転移装置があって、強い魔力を持つヤツいたら可能だな。別の世界は……」
少し悩んでからラエルは言葉を続けた。
「そういや、魔力が強い人間が、無理やり異世界の扉をこじ開けたことがあったな」
「えっ!? そんなことができるの!? その人、どこにいるか分かる?」
ラエルは首を左右に振る。
「さぁ? そのまま異世界にでも行っちっまったんじゃねーの?」
「ちょっと待って。えっと、ということは、強い魔力を持った人なら、別の世界に行けるってことだよね?」
「まぁ、そういうことだな」
「じゃあ、魔力の強い人と一緒なら、私も異世界に行ける……とか?」
ラエルの返事次第では、私はすぐにでも元の世界に帰れるかもしれない。
「人間が魔法を使う仕組みは良くわかんねーけど、そうなんじゃね?」
「そう、なん、だ……」
喜びと戸惑いで胸がドキドキしている。
住み慣れた世界に戻りたいという気持ちと、戻っても両親はいないという悲しみが入り混じって自分の気持ちがよく分からない。
「じゃあ、魔力の強い人なら簡単に異世界を行き来できるんだね」
「いや、それはない!」
ラエルにきっぱりと否定された。
「異世界の扉を無理やり開くなんて芸当、まず普通の人間にはムリだから! それこそ、魔王様クラスの魔法使いでもないとできねーよ」
私はラエルをまじまじと見つめた。
「……え?」
「うん?」
ラエルも私を不思議そうに見ている。
「魔王様って……ヴォルクさんなら異世界に行けるってこと?」
「いや、本当に行けるかは分かんねぇけど、あれくらいの実力がないとムリってこと」
「でも、ヴォルクさんならできるかもしれないってことだよね?」
「そういうこと」
私は自分がとんでもなく幸運な状況だったことにようやく気がついた。