14 私の両親は……
ヴォルクさんが古城に戻ってきたので、私たちは食堂で遅めの昼食をとることにした。
相変わらず簡単なものしかできないけど、二人とも「うまい」と言ってくれる。
そういえば街に行ったときに、調味料を買い足したかったけどできなかった。今度街に行くときは忘れないようにしないと。
そんなことを考えていると、ラエルがヴォルクさんに話しかけた。
「で、魔王様は別行動して何してたんだよ?」
「……」
ヴォルクさんからの返事はない。ラエルはあきれたようにため息をついた。
「まぁいいや。オレは用事があるから少し出かけてくるわ」
ラエルの言葉を聞いたヴォルクさんが「は?」と怖い声を出す。
「いや、魔王様は、何怒ってんだよ?」
「おまえは、一度出ると数か月戻ってこないだろう。その間、リナはどうするんだ?」
「え? 私?」
急に自分の名前が出てきて驚いてしまう。
「あー」とラエルが納得したようにうなずいた。
「リナが不自由しないように助けてやってくれって話だろ? ちゃんと覚えてるって!」
「ちょっ!」
慌てるヴォルクさんに向かってラエルは手をパタパタと振っている。
「いーじゃん、別に隠さなくても。夜には戻るから」
「それなら、まぁ……」
渋々そう言ったヴォルクさんに「私は大丈夫ですよ」と伝えておく。
「リナだってこう言ってるぜ? 魔王様は心配性だなぁ」
あきれたラエルは、私に視線を向けた。
「そういうわけで、ちょっと出かけてくるわ。夜ご飯、オレの分はいらないから」
「うん、わかった」
ラエルは「ごちそうさーん」と足取り軽く食堂から出ていった。
ヴォルクさんももう食べ終わったみたい。
昨日のように先に席を立つと思っていたけど、ヴォルクさんはなぜかそこに座ったままだった。
「ヴォルクさんは、このあと用事はないんですか?」
「あ、ああ」
「じゃあ、今日はゆっくりできるんですね」
嬉しくなって私が微笑むとヴォルクさんは視線をそらした。視線をそらされることに慣れてきた自分がいる。
ヴォルクさんは、魔王だけど耳は人と同じ形をしていた。もちろんツノが生えたりもしてない。魔王と人間ってどう違うのかな?
もしかして、魔族だけが魔法を使えるとか?
この世界のルールがまだよく分からないけど、少しずつ馴染んでいけばいいよね。
「あっそうだ! ヴォルクさん、このお城に針と糸ありませんか?」
「あるが……」
その顔には『何に使うんだ?』と書かれている。
「私の部屋に置いてあった服が少し大きいので、縫ってサイズを合わせようかと」
「服が足りないなら、また買えばいい」
「そうなんですけど……」
まだ着られるものがあるのに着ないなんてもったいないと思ってしまう。それに……。
「なんとなく、あそこにある服、気に入っているんです」
街で買った服のほうが新しくて綺麗なのに、長く置いておかれた服が気に入るなんて、自分でもよく分からないけど。
しばらく私たちの間に沈黙が下りた。
珍しく私と視線を合わせたヴォルクさんは静かに話し出した。
「……あれは、俺の師匠が着ていた服なんだ」
「ヴォルクさんのお師匠様?」
「そう、俺に魔法を教えてくれた人だ」
そこで私はふと、あることに気がついた。あの部屋に置いてあったものはすべて女性ものだった。ということは……。
「ヴォルクさんのお師匠様は女の人?」
「ああ」
そう答えたヴォルクさんは、私の瞳を窺うように見ている。
「俺の師匠は、この国で一番魔力が高いと言われていた優秀な魔女だった」
「魔女……。その方は、今はどちらに?」
ヴォルクさんの瞳が一瞬だけ揺らいだ。
「師匠は、10年前にここから出て行った」
「そうなんですね……
それからヴォルクさんは、ずっと一人で暮らしていたのかな?
「……リナは」
「え?」
「リナのご両親は、今、どうしているんだ?」
まさか私のことを聞かれるなんて思っていなかったので驚いた。
「私の両親は……」
すぐに言葉が出てこない。これを口にしてしまうと両親にもう会えないという現実を受け入れないといけない。
そんな私をヴォルクさんは根気強く待ってくれた。
「事故で、亡くなりました」
ヴォルクさんの瞳が大きく見開く。
「それは……」
長い沈黙のあとで、ヴォルクさんは「つらかった、な」と言ってくれた。
ありきたりな言葉なのに、ヴォルクさんに言われると私の心に響くのはなぜだろう?
「つらい……。そうですね、私、つらかっ……」
両親の葬式でも出なかった涙が急にあふれて出た。
「わ、私、父さんと母さんのことが、大好きで……。これからも、ずっと一緒にいられると思っていたんです……。それなのに、急に私一人になってしまって。私は、まだ、両親に何も親孝行できていないのに……」
涙と共に後悔が押し寄せてくる。
「父さんと、母さんに、会いたい……」
頭の隅で、こんなことを言っても仕方がない。私が泣いていたらヴォルクさんが困るだろうから泣き止まないとと思っても、涙は止まってくれない。
「ご、ごめんなさい。食器を下げますね」
涙を手で拭きながら立ち上がると、「リナ」と呼び止められた。
立ち上がったヴォルクさんが私に近づいてくる。泣いていることが恥ずかしくてうつむくと、頭に軽い重みを感じた。
驚いて顔を上げると、ヴォルクさんが私の頭を撫でている。その表情は真剣そのものだった。でも、撫でる手つきはとても優しい。
「一人じゃない……俺が、いるから」
ヴォルクさんなりに、一人になってしまった私を慰めてくれているのね。その不器用な優しさになんだか心が温かくなる。気がつけば涙が止まり、私は微笑んでいた。
「ヴォルクさん、ありがとうございます」
パッと私の頭から手が離れた。
「いや、あっ……すまない」
「どうして謝るんですか? 嬉しかったですよ」
「嬉し……? え?」
「私は嬉しかったです」
「そ、うか……」
顔を背けたヴォルクさんの耳は赤くなっている。もしかしたら、照れているのかもしれない。私たち、少しは仲良くなれたかも?
でも、「ヴォルクさんのご両親は、どうされているんですか?」と、何気なく返した質問で、ヴォルクさんの顔が強張った。
「……母はどこにいるのか分からない。父らしき者は……王都にいる」
父らしき者……。
そんな言い方をするなんて、ヴォルクさんの家庭環境は複雑そうだ。魔族にもいろいろあるのかな?本人も言いたくなさそうだし、あまり深く聞かないほうがいいみたい。
ヴォルクさんが空になった食器に手を伸ばした。
私も後片付けのために動き出す。「洗い物を手伝う」と言ってくれたヴォルクさんに「少ないから大丈夫ですよ」と微笑みかける。
一人で洗い物を済ませて部屋に戻ると、扉の前に小さな籠が置いてあった。
「なんだろう?」
籠を拾って中を見ると、糸や針が見えた。
そういえば、ヴォルクさんに針と糸がほしいと言ったんだった。それを覚えていてここに置いてくれたらしい。
「会ったらお礼を言わなくちゃ」
私は楽しい気分で部屋の中へと入っていった。