13 【ヴォルクSide】
俺は街で見かけた騎士のあとをつけていた。
リナの側を離れるのは不安だったが、ラエルがついていれば大丈夫だと、なんとか自分に言い聞かせる。
集まっていた騎士達は、途中で二人組に別れて、それぞれ別の方向へと歩いていく。
騎士達が着ている制服は、以前、王家から依頼された魔物討伐のときに見たことがある。おそらく王家に仕える王宮騎士だ。
王宮騎士は、貴族や貴族に推薦された者しかなることができない。そして、お飾りではなく、騎士としての高い実力も求められると聞いたことがある。
そんな優れた集団が、どうして王都から離れたこの街に来ているのか。
リナを守るためにも、今はこの騎士達の目的を探らなければ。
先ほどから、騎士達は街の人に聞き込みをしているようだった。俺は細い通路に隠れながら、その様子を伺っていたが声までは聞こえてこない。
これ以上近づくと尾行していることがばれる可能性があった。
俺は風魔法を最小限に発動させ、騎士達の声を風に運ばせた。
「……捜して。……アザ、竜……」
騎士に話しかけられていた男が首を振る。
礼を言ってから騎士達は男と別れた。そろって、こちらに歩いてくる。
「一体どうやって捜せばいんだ? 街中の人の服を脱がして回れとでも言うのか?」
「さぁな。王家からの命令だから見つかるまで捜すしかないだろ
そんな会話をしながら、俺が身を潜めている通路の横を騎士達が通り過ぎていった。二人の姿が完全に見えなくなってから俺は通路から出た。
自分の嫌な予感が的中してしまったことに舌打ちをする。
騎士達は王家の命令でアザを持つ者を捜している。
10年前にリナがこの世界からいなくなってしまった原因がまさしくそれだった。
10年前の王家が『禍を招く者』を本格的に探し出して、ついに俺達が暮らしていた魔物の森の中まで捜索が入ることになった。
リナが『禍を招く者』だと分かれば、捕えられて処刑されてしまう。それを防ぐために、師匠たちは幼いリナを連れてこの世界から旅立つことを決めた。
異世界への転移は、とてつもない魔力が必要になる。
そんなことができるのは、この国で一番魔力が高いと言われている魔女、リナの母だけだった。そんな彼女ですら、この異世界転移魔法は、一度しか使えないと言っていた。
リナの母は、俺に魔法を教えてくれた師匠でもある。師匠は出会ってから本当の家族のように俺に接してくれていた。だけど、さすがに異世界にまでは連れていってもらえないだろうと思っていた。
だから、師匠に「ヴォルクも、もちろん一緒に来るよね?」と言われたときは、信じられないくらい嬉しかった。
でも、とある未来予知を聞いて俺の考えは変わった。
その予知内容は、『リナがいつかこの世界に一人で帰ってくる』というものだった。
断片的な予知なので、師匠たちと一緒に別世界へと逃れたはずのリナが、どうして一人で帰ってくるのかは分からない。
それを聞いた俺は、共に異世界には行かず、ここに残ることを決めた。
異世界転移にともなう衝撃が強すぎて、魔力がほとんどないリナは転移後確実に、この世界で暮らしていた記憶を失うそうだ。
そんな状態で戻ってきて、王家に見つかってしまったら……
それに、魔物に襲われでもしたらひとたまりもない。
俺がこの世界に残れば、リナが戻って来たときに守ってあげられるのでは。
いや、必ず守る。
何より、リナを一人ぼっちにしたくない。
リナがこの世界に戻って来ても俺のことは覚えていない。その上、リナがいつ戻ってくるのかは分からない。
もしかしたら、リナが寿命を終える最後の瞬間に、一瞬だけこの世界に戻ってきて、すぐに永遠の眠りにつく可能性だってあった。
だとしても俺は、寿命を終えるわずかな瞬間ですら、リナを一人ぼっちにしたくなかった。
「リナのためにこの世界に残る」と言った俺に、師匠は根気強く「一緒に行こう」と言ってくれた。
それでも俺は、最後まで首を縦に振らなかった。
俺の命はリナに救われた。
魔物の森で死にかけていた俺をリナが見つけてくれなかったら、今の俺はいない。だから、俺のすべての人生をかけてリナに恩返しがしたい。
そういうと師匠は、諦めたように笑い、膝を追って視線を合わせてからまっすぐ俺を見つめた。
「ヴォルク。私からの最後の課題だよ」
師匠は俺にたくさんの魔法を教えてくれた。そして、これまで俺にたくさんの課題を出してきた。そのどれも難しく、達成するまで数か月かかったものもある。
だから、俺は最後にどんな難題を出されるのか不安になった。師匠が俺に向ける眼差しは、どこか温かい。
「必ず幸せになりなさい。それが私からの最後の課題」
「幸せ……?」
そう俺がつぶやくと、師匠はゆっくりうなずいた。
俺はホッと胸を撫でおろす。
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと?」
不思議そうな師匠に俺は笑いかけた。
「だって、俺はもう幸せだから。リナに会えて、師匠に魔法を教えてもらって、家族のように接してもらえた。俺はあんた達に出会えたおかげで、これからもずっと幸せだから。その課題は、もう終わってる」
そう伝えたら、師匠は涙を流しながら俺を抱きしめてくれた。
昔の思い出から俺が現実に引き戻されたのは、転移装置に貯めておいた魔力の動きを感知したからだった。
ラエルは無事にリナを古城へと連れて帰ってくれたようだ。
これ以上ここにいても仕方がない。俺は魔法で起こした風を身にまとい、宙に浮かび上がった。そのまま空高く上がり古城へと向かう。
リナ達はもうすでに帰っているはず。
古城のバルコニーに降り立ち、城内に入ると食欲をそそるいい匂いがした。
匂いに誘われるように調理場に足を向けると、リナが料理をしていた。すぐに俺に気がつき、優しい笑みを浮かべる。
「ヴォルクさん。おかえりなさい」
胸がいっぱいになってしまい、俺はすぐに言葉を返すことができなかった。