01 憧れのお姫様に「犬小屋へ帰りなさい」と言われた
王宮主催のパーティー会場で、私はずっと会いたかった人にようやく会えた。
天井で煌めく豪華なシャンデリアや、会場内を彩る装飾がかすんでしまうほど目の前の女性は美しい。
透き通ったアイスブルーの瞳が、私をまっすぐ見つめている。
なんて優雅なの……さすがお姫様ね。この物語のヒロインなだけあるわ。
一応、私もドレスを着て正装しているけど、お姫様の足元にも及ばない。
私が紛れ込んでしまったこの世界は、『幸福を呼ぶお姫様と森の魔王』という小説にそっくりだった。子どものころ大好きだったお話に出てくるお姫様が、今、私の目の前にいる。
お姫様の鮮やかな紫色の髪が揺れ、バラの蕾のような唇がゆっくりと動く。幻想的なその様子に私はうっとり見惚れていた。
「あなたが彼のパートナーなの?」
お姫様が言う彼とは、小説の中でヒロインと恋に落ちる魔王様のことだ。
魔王様のエスコートを受けて私が会場入りしたので、お姫様が誤解してしまっている。私は慌てて首を振った。
「あっ、いえ!」
彼の本当のパートナーは、今、目の前にいるお姫様のはずだから。
お姫様は「そうなのね」とつぶやくと、艶やかな笑みを浮かべた。
「そうよね。こんなにみすぼらしい女が、彼のパートナーなはずないわね」
私は一瞬、お姫様が何を言ったのか理解できなかった。こちらをうかがっていた周囲の人達がクスクスと笑っている。
お姫様も微笑んでいるけど、その目はとても冷たい。
「あなた、よくここに来られたわね? 何を勘違いしているの? さっさと犬小屋に帰りなさい」
この人は、本当に本の中に出てくるあの優しいお姫様なの? 大好きだった人のイメージが私の中で音をたてて崩れていく。
予想外のことに頭が真っ白になってしまい、どうしたらいいのか分からない。そんな私の名前を呼ぶ人がいた。
「リナ!」
背の高い青年が人をかき分け私に駆け寄ってくる。
長い黒髪を一つにまとめて、優雅な貴族服を着こなしている彼こそがお姫様のお相手。
魔王なはずなのに、背が高い上に顔が良いので身なりを整えると、もう王子様にしか見えない。ただし、その瞳は魔王と呼ばれるだけあってとても鋭い。
「何があったんだ!?」
そう聞いてくれた彼に、お姫様が微笑みかける。
「お会いしたかったですわ」
二人が並ぶと、まるで一枚の絵画のようだった。すべてがピタッと当てはまったかのように少しの違和感もない。
そっか、ここからお姫様と魔王様の恋物語がはじまるのね。
私がこの世界に来たことにより歪んでしまった物語が今、正しいものに戻った。ずっとそうするために頑張って来た。
ようやく出会えた二人は、周囲に他の人がいることも忘れて見つめ合っている。
嬉しいはずの光景から、私はなぜか視線をそらした。胸がかすかに痛む。
これで……よかったんだよね?