chapter2-1
☆ ☆ ☆
目が覚めると、シホがスヤスヤと眠っていた。
カーテンの外では朝日がビル街の隙間から降り注いでいる。
こんなカブキシティーの街でも朝日が入り込む部屋を取れたのはラッキーだ。
部屋に置かれているデジタル時計を確認する。
時刻は午前7時30分……。
シャワーを浴びてからベッドでのお楽しみタイムを差し引いても5時間も眠れば上出来だ。
眠っているシホを起こさないように、そっとベッドから起きて洗面台に向かう。
お湯で顔を洗い、髭を剃る。
電動髭剃りもいいが、やはり魔石で作った剃刀で剃るのが一番だ。
魔石で研いだ上で、刃先に保護膜を張る液体を付けてから髭を剃ると、肌を傷つけずに優しく剃れるからいい。
朝剃っても、夜まで剃りが効いている。
髭を剃り終えてから、今日のデートの準備をしよう。
朝は早く過ぎ去ってしまう。
ルーティンワークではあるが、仕事の日は準備に時間を要する。
今日は休みとはいえ、原宿でシホが行きたがっている店に行くのがミッションだ。
そのミッションも抜かりなく行うつもりだ。
髭を剃り終えてから、俺はデスクトップパソコン『Venri-25Pro』を起動する。
今年の4月……仕事の帰りに秋葉原の電気街にあるメガバシで現金一括払いで購入したパソコンだ。
一括払いで115万円……高い買い物であったが、現時点で民間で売っているパソコンの中では、法人用であったりサーバー用のやつを除けば、一番高性能を発揮している最新モデルだ。
買った理由はシホの娯楽目的が半分……残りは俺が仕事の内容をサクッとメールやチャットで確認したいがために買ったのが目的だ。
普段はシホが音楽を聴いたり、ラジオを聴く際にも使っている。
FM/AMラジオもチューナーを内蔵していることもあってか、ボタンを押すだけで流してくれる優れものだ。
このパソコンにおいて今では日本だけではなく世界規格になった大東亜電気製のPCシリーズを系譜としており、このVenri-25Proも大東亜電気の子会社で、分裂前のアメリカで大流行していた虫食いブドウのマークが目印の「グレープ」が手掛けている。
プロモデル仕様の最新型パソコンだけあって速度も早い。
電源ボタンを押して僅か2秒で起動し、すぐにデスクトップ画面を映し出してくれる。
とても便利だ。
おまけに魔導工学の技術が応用されていて、電源ボタンには指紋認証システムが内蔵されているので、このパソコンは俺とシホ以外は使用できない仕組みになっている。
セキュリティ対策もバッチリだ。
パソコンを付けたのには理由がある。
ここから原宿の店までの距離であったり、周囲に他の施設がないか確認するためだ。
シホとの休みであれば、今日の休みを有効活用する。
できるだけ彼女を楽しませて、想い出になるぐらいに良いモノにしたい。
S・A ― デートも仕事も、前準備が大事だ。
これは横浜で仕事の依頼を持ち掛けてきた依頼人……S・A氏からの掛売の言葉でもある。
その相手は中々特殊というか……ポエムを挟むのが好きな人だ。
これまでに車に関する依頼を何度かしてくれた相手だが、依頼を行うチャットでのやり取りが鮮明に思い出してしまう。
S・A ― ところで内守君……デートというのは、男が女性をエスコートするものさ……。気取られずに……ゆっくりとやるものさ……。
「エスコート?デートってそういうものですけど……どうしてデートの話題に?」
S・A ― 何となくさ、それに君も女性がいるのならそれを実践したほうがいい……同じ日は二度とやってこない……。
「それはデートをやった後になって後悔しないようにするべきって事ですね?」
S・A ― ああ、普段は踏み込めない時もデートなら踏み込むが出来る……。でも、踏み込むには手順が大事だ。
S・A ― 特にデートに必要なのは準備さ、ノープランでデートをやるのは軽トラックでスポーツカーに勝負を挑むぐらいに無謀な事……。
S・A ― 夜明け前の首都高のように……走って流れていくネオンの街並みがアクセントになったとしても、それだけでは女性は満足させることは難しい。
S・A ― 異世界と接続して以来……醒めちまったこの街みたいに……判断が遅い奴には追いつくことが出来ないドラマさ……。
「……ドラマ……ですか」
S・A ― 俺だけじゃない、先輩がそう教えてくれた……。
S・A ― この彩られた世界には無数に咲いているドラマの一つ……豆知識程度に覚えていてくれ。
「……肝に銘じておきます。それで依頼ですが話してもらってもいいですかね?」
S・A ― ああ、そうだね。では依頼の話だが……。
話が長くなってしまうので省くが、要はデートの準備をしっかりとしたほうがいいという事だ。
それを伝えるためだけに、仕事の依頼の前の談話で長々と10分ぐらいポエム混じりの話をする依頼人もどうかしている……冗談じゃねぇ……。
でも金払いがいいんだよなぁ……。
ペンネームであるS・A氏とはいずれ直接会うかもしれない。
さて、そんな彼のアドバイスを受けつつ、デートの下準備をするとしよう。
パソコンから地図アプリを起動し、原宿のカフェを検索する。
『原宿……パンケーキ……有名店……』
検索も慣れたものだ。
地図アプリから調べればリアルタイム検索で情報を調べることができる。
検索ワードから原宿のパンケーキの有名店が幾つかピックアップされている。
その中から、シホがラジオで紹介されていた喫茶店を探し出す。
「シホの事だから……FMラジオを聴いていたはずだ。であれば、そこのラジオ番組を調べればわかるかな……」
FMラジオは都内に複数あるが、その中でも『東京発異世界ラジオ』という放送局をシホは良く聞いている。
そのラジオ局の中でも、毎週水曜日に同じ異世界出身であるエルフ人の歌手であるユーリン・ミヨタがパーソナリティを務めている『ザ・サンジ』の放送を毎週聞き逃さずに聴いている。
シホ曰く、ユーリンは中学時代からの大ファン。
今でも彼女の新作アルバムだけは欠かさずに買ってパソコンで聴いているぐらいだ。
確か日本に来たのが1990年頃じゃなかったか……。
今でも第一線で活躍して歌声を届けているベテランの歌手だ。
丁度昨日は水曜日。
ザ・サンジのホームページに飛んで調べると複数の喫茶店が紹介されていた。
その中でも『こちらの喫茶店『ホット・セーブ』ではパンケーキが絶品です!ユーリンがオススメしております!』とお墨付きのコメントを出している。
「……ビンゴだ!ホット・セーブだな」
ホット・セーブか……。
思い出のセーブをしてくれるのであればありがたい。
早速ホット・セーブの営業時間や定休日を調べてみる。
営業時間:11:00~17:00 定休日:毎週月・火曜日
ふむ……営業時間は11時か……。
パソコンの時計は午前7時45分……。
午前11時からとはいえ、きっとラジオで宣伝されたことで人も大勢やってくるだろう。
メディアによる宣伝効果というのは計り知れない。
雑誌だけでなくラジオやテレビで紹介されれば、それだけ紹介でやってきた客がごった返してくるはずだ。
……となれば、早く行った上で並んで待つほうがいいな。
きっと開店一時間前には行列が出来ている頃合いだろう。
ユーリンの宣伝広告はテレビCMを流すよりも効果的だと聞いている。
パソコンの地図アプリに戻り、ホット・セーブから最寄りの立体駐車場までの位置情報を車のカーナビゲーションシステムに転送する。
これで地図に関する準備は整った。
あとは、ホット・セーブを出た後、どうするか決めておく必要がある。
「待っていたり準備しているほうが長いかもしれないな……ま、それもデートの嗜みだと思えばいいか……」
喫茶店を堪能してハイオワリ……だけでは少々味気ない。
シホは目が見えない。
それを考慮する必要がある。
ゆっくりと二人っきりで楽しめる場所……。
……あった。
『代々木公園』
都心のオアシスとも呼べる上にデートスポットとしても有名だ。
二人でくっついて歩いていても問題はない。
整備も行届いているし、治安もいいからね。
花見の季節は過ぎたけど、今の時期は青々とした葉っぱが生き生きとしている。
帰り際に明治神宮に参拝して、その後に夕飯でも購入すれば大の字だ。
「よし……このプランで決まりだ!」
デートの下準備は万全だ。
確認をしていると、シホが起きてきた。
白髪がクシャクシャになっており、後で櫛で優しく整えないといけないな……。
「ん~……セイ君おはよー……」
「おっ、起きたな。おはようシホ」
「今日もセイ君は早起きだねぇ……パソコンで何か調べもの?」
「うん、今日行くお店の情報を確認していたんだ」
「すごいねぇ……下準備バッチリじゃん」
「職業柄、準備はキチンとこなすものさ。あと一時間ぐらいで出発するよ。それまでどうする?」
「せっかくの休みなんだし、一緒にダラダラしたい~っ」
そう言って、シホは俺の身体に抱きついてきた。
のしかかるシホの身体を受け止めながら、シホと一緒にダラダラする。
パソコンでFMラジオを流してクッションの上に乗ってシホと一緒に身体を寄せあってリラックスをする。
その間に俺は優しく彼女の髪の毛をセットしたり、今日着ていく服を選ぶ。
こんな、何気ない休みの日が一番良いんだ。