chapter1-4
車を走らせて20分ほどで新宿歌舞伎町のあった場所に到着した……。
そこには、輝かしい建物が東京を照らす程に輝いている。
日本の繁栄、そして富と権力を象徴する建造物だ。
「いつ来てもここは眩しいぐらいに明るいな……夜である事を忘れる程だ……」
眠らない街……。
旧歌舞伎町は丸ごと高さ400メートル以上の高層ビル群が連なるメガビルディングシティーになっている。
ビルの中に歌舞伎町にあった施設が丸ごと移転した影響で、建物の外壁は企業のロゴマークなどがひっきりなしに点灯しており、まさに不夜城と呼ぶに相応しい。
……『メガ・カブキシティー』……。
今の歌舞伎町の正式名称だ。
地図アプリを開いても、歌舞伎町という名前は消えて、このビルの正式名称が地名になっている。
でも、40代以上の人々はここを相変わらず歌舞伎町と呼んでいる。
古くから存在していた場所の地名が変わることはほとんどない。
若年層と堅物な役所の人間だけが律儀に「メガ」の部分を省略した「カブキシティー」と呼んでいる。
いずれ、歌舞伎町という言葉も死語になるかもしれない。
幾つもの超高層ビルとマンションが連なるように融合し、建物の内部は居住区や飲食店、それにオフィスビルが入り乱れて、ビルが丸ごと都市として機能している。
生きている都市……。
建物の灯りが途絶えることは決していない。
今の歌舞伎町の就業人口だけで15万人を突破している。
居住人口も6万人を超えており、500メートル四方の場所に数万人を超える人間が常にいる。
一つの街が、一つのビルに集約されている。
食欲、金欲、性欲……人間のフラストレーションを発散する需要がこの場所に詰まっている。
香港九龍のような大量のネオンと、都市の過密……。
表も裏も……人間の欲を満たす場所。
底のないバスタブに金が埋まっていく不夜城の街。
それがカブキシティーだ。
このカブキシティーに、俺の住んでいる部屋がある。
「さて、見惚れているのもいいが、まずは車を駐車場に入れて保管してもらおうか……」
まずは車を駐車場に入れて預けておく必要がある。
俺は歌舞伎町の外周にあるカブキシティーの住民たちだけが利用可能なタワー駐車場に向かった。
『カブキシティー住民専用F棟駐車場』の電光掲示板が掲げられている駐車場前に到着すると、駐車場のスタッフがやってきた。
駐車場の夜間担当のバイトの子だ。
今年20歳になったばかりだったはずだ。
東北の農村から上京して、土日を除いてこの仕事で稼いだ金を元手に通信大学に通っているようだ。
今時珍しい地道な努力家だ。
こういった子は応援したいね。
元気ではきはきした声で尋ねてきた。
「こんばんは!内守さんでしたね……駐車場に車両を停めますか?」
「ああ、頼むよ。仕事でクタクタでね。いつもの場所は空いているかい?」
「はい、F棟19階のF19-04番でしたら空いています!念のため駐車券を発効しておきますね」
「助かる。最近は偽装券を使って停める奴もいるって聞いているけど、本当かい?」
「そうなんですよ……一昨日偽装した券持っていた奴がいて、ひと悶着して大変だったんですよ。あっ、これが駐車券になるので無くさないでくださいね」
「それは大変だったね……これ、少ないけど夜食代に取っておいて」
「!!ありがとうございます!!」
俺は彼へのチップも兼ねて1万円札を手渡しであげてやった。
やはり迷惑な客も一定数いるようだ。
偽装券を使うということは、それだけIT技術に精通した奴が売りさばいているんだろう。
一昔前ならダフ屋といって転売屋が主にやっていたやり方だが、最近では認証魔法を応用した最先端承認システムを使った駐車券を使っているので、偽装券であっても見破る事ができる。
それでも期限切れの駐車券に細工をして偽装券として機械を誤魔化して乗り切ろうとするアホがいるから困る。
とはいえ、この辺りの駐車料金も青天井のように高くなっているのもまた事実だ。
入居者以外の一般向け駐車料金は1時間あたり5千円だ。
つまりカブキシティー周辺の駐車料金は1時間5千円であり……最大24時間12万円が相場となっている。
べらぼうに高い。
バイトをやっている子なら、6時間駐車するだけで日給が吹き飛んでしまう計算だ。
カブキシティーの洗礼というやつだ。
俺は車専用のエレベーターに車をぶつけないように入れる。
広々としたエレベーター。
事前に階層を伝えておけば、あとは車を動かすことなく自動的に駐車までやってくれる。
停車して10秒ほどでエレベーターが動きだす。
大きな振動もなく、スイーッと上に向かう。
外の強化コーティングガラスの向こう側に映るのは、夜の東京だ。
こうして見れば綺麗なものだ。
深夜に合わせて白色蛍光ランプとブルーライトのライトで照らされたビル群を眺める。
あのビルの一つ一つに、誰かが残業して働いているんだ。
その残業で出来た灯火が輝いている。
ぼんやりと眺めていると、栄養ドリンクメーカーが打ち出した広告が空中投影魔法を使って映し出されている。
ドワーフの青年と、オーガの女性がスーツ姿で栄養ドリンクを飲みながら、笑顔で商品のキャッチコピーを語っている。
『24時間、働ける社会に向かって頑張ろう!!!』
未だに、この国の経済は飛躍的な発展を続けている。
止まる事のない好景気……。
アメリカが分裂したり、ヨーロッパで核戦争が起こっても、この国だけは戦争にも巻き込まれなかった。
異世界経由から入ってくる天然資源と魔法技術を独占した事で、今日に至るまで平和を享受している。
……平和か……。
ある意味、世界中の富と権力が集中する過程で犠牲になった国々の上で成り立っている平和だ。
ここに住むという事は、世界中で流された流血という名の海の中にポツンと浮かんでいる孤島だ。
……ま、説教臭い事を言っても俺が言えた義理ではない。
俺は人殺しも厭わない清掃人という稼業をやっている。
テロリストが愛と平和を語るぐらいに詭弁な事だ。
エレベーターはあっという間に19階まで駆けのぼる。
『19階に到着しました。駐車番号……F19-04番までご案内致します』
自動音声と共に、ゆっくりと車が進んでいく。
ここからはオートナビゲーションシステムによって、車が自動的に決められた駐車位置まで動いてくれる。
ハンドルも手放し。
アクセルもブレーキも必要ない。
必要なのは、駐車をし終えてから荷物を取り出して車のロックをするだけだ。
19階のF19-04番に到着するのを確認した俺は、車のエンジンを切った。
『これにて運転を終了致します。運転お疲れ様でした。』
車内のアナウンスも聞きなれたものさ。
フロントガラスに駐車券を貼り付ける。
これを貼り付けておかないと、無断駐車扱いになることがある。
偽装券の一件もあるし、カブキシティー周辺においては自動車盗難を行う窃盗団が頻発している関係で、盗難防止の一環として駐車券を貼り付けておく必要がある。
駐車券を貼り付けると同時に、車両止めの柵が車の前に出てくる。
一応の防犯対策だ。
もっとセキュリティ対策がしっかりしているVIPルームであれば、アサルトライフルなどの重武装した警備員がいる。
その上、指紋認証や生体認証……といった何十ものチェックがあるので、盗難とは無縁の生活を送れるのだが……。
ま、そこまで稼げるレベルになるには大企業のCEOであったり、不動産事業を手掛ける奴か、株で大儲けしたトレーダーか、金貸し屋かヤクザぐらいしかいないだろう。
『居住エリアF番地19階』と書かれたの自動ドアを開く。
ドアが開かれると、絨毯が敷かれた通路にギッシリと部屋が敷き詰められている。
ここが俺の住んでいる部屋の階層だ。
この階層は全て1DKで統一されており、この階層の場合……ひと月分の家賃は100万円だ。
カブキシティーという立地もあって高い。
しかし、清掃人としての仕事をする場合……東京の中心からどこにでも行ける場所でないといけない。
だから、カブキシティーで借りるほうが利便性の面で優れている。
実質的にビジネスホテルとそこまで変わりがない。
これでも広い方だ。
5階や8階の一番安い価格の居住区に至っては、一部屋四畳半程度しかない。
四畳半に4人が暮らしている部屋もあるぐらいだ。
まさにすし詰め状態……タコ部屋と変わりないぐらいの環境だ。
それでもカブキシティーという立地のせいで、そんな部屋でも家賃は20万円……。
それと比べれば、かなりの贅沢さ。
通路には無人販売のコンビニや自動販売機があり、そこで夜食のハンバーグ弁当と無糖の紅茶を二人分購入する。
駐車場から歩いて3分……。
俺の住んでいるF19-051号室に到着した。
ドアのチャイムを三回押す。
防犯上の理由で、俺が帰ってきた事を示す合言葉の意味も兼ねている。
チャイムを鳴らして30秒後……。
「おかえりー!!!セイ君!!!」
部屋から目元を長い髪の毛で覆い隠したエルフの女性が、ドアを開けるなり俺に抱きついてくる。
彼女の名前はシホ。
俺の幼馴染だ。