chapter1-3
地下室から煙がモクモクと地上に向かって出てきた。
店内にも少しずつ煙が立ち込めてくる。
だが、最後の一仕事がまだ残っている。
この店も燃やさないといけない。
それも、派手に燃えなければ意味がないんだ。
店内のガスコンロの栓を解放し、店内をガスで充満させる。
さらに電子レンジの中にポリエステル繊維で出来た袋を沢山入れこんでから、俺は1500Wの過熱ボタンを押した。
これで電子レンジ内で発火が起こって燃えるだろう。
そして地下の炎が店内にまで達したら、ここのガスと反応して派手に店が吹っ飛ぶだろう。
マンドラゴラだけじゃなくて武闘派ギャングたちもセットでやるつもりだ。
いいだろう、タダで火葬してもらえるんだからな。
ガス栓を全て解放したのを確認すると、俺は一目散に店から出て車に戻る。
降りしきる雨の中、車のエンジンを始動してから何時でも逃げれる準備を行う。
時刻は午前0時10分……。
店を襲撃してからまだ10分も経っていない。
しかし、店内から薄っすらと炎が見えてきている。
「もうちょっとだな……」
インスタントカメラを構えて、発火するのを待つ。
5分後ぐらいから、電子レンジの中に入れた袋に発火した電子レンジは、内側だけではなく外側にも燃え広がった。
その瞬間に、店内が一気に炎に包まれると同時に、派手に爆発して周辺にガラス片が飛び散った。
轟音と共に爆発の振動で車が揺れる。
店の向かい側に停車していた車にも大量に破片が突き刺さって窓ガラスが破壊されている。
可哀想に……車のオーナーと自動車保険会社が泣くぜ。
「さて、依頼遂行完了……」
呟いてからインスタントカメラのシャッターを押した。
これで今回の依頼は完了だ。
現場を離れて、10分ほど車を走らせる。
追手がいない事を確認してから、浅草から隅田川を挟んだ隣の墨田区役所前の入り組んだ住宅地の道路にハザードランプを付けて車を停車させる。
それから何時でも逃げれるようにエンジンはかけっぱなしだ。
念のため、車両のスモークフィルム濃度を調整して外から車内を見れないようにする。
インスタントカメラの下側からUSBケーブルを取り出して、車内のUSBソケットに接続してからヤクザ組織に車内電話を掛ける。
車内電話とはいえ、基本的にはビデオ通話が必須となっている。
そのため、運転席側に取り付けられたカメラに向かって姿勢を整える。
相手はヤクザだ。
寝起き直後でない限り、基本的に挨拶をする時の筋は通さないといけない。
カメラの隣には映像を投影してくれるスクリーンがある。
そこのスクリーンに相手の映像が映し出される仕組みだ。
「えっと……番号はこれだな……」
ダイヤルを押して5秒ほどだったか、ワンコールで電話番の若いヤクザが応答してくれた。
背広姿で、眼鏡を掛けている。
一見すればそこら辺の企業にいるサラリーマンみたいな奴だな。
実際に、俺が電話をかけたのはヤクザの舎弟企業だ。
こんな深夜でも笑顔でニコニコ対応している。
流石ヤクザ、どんな時でも笑顔だな。
『はい、こちらは株式会社異世界マーケティング統合戦略研究所です』
「夜分遅くに失礼いたします。清掃人の内守です、4番の寅田さんはいらっしゃいますか?」
『4番、寅田ですね……少々お待ちください』
最近のヤクザの電話対応は親切だ。
そこらへんの一般企業と変わらない。
ヤクザに用事がある時は先ず舎弟企業に通してから行う。
これはこの世界の常識だ。
舎弟企業からヤクザの大元である関東紅屋会に電話が切り替わる。
交替した後に電話対応をしてくれたのは、依頼を持ち掛けてきたヤクザだった。
ずっしりとした体格。
そして、人間とは違う虎のような凛々しい顔立ち。
異世界人の獣人族出身でありながら関東紅屋会の若頭に上り詰めた男。
寅田軍蔵だ。
和服姿でずっしりと構えたように座ってのビデオ通話。
貫禄があるな。
『寅田です、内守君……その様子だと仕事をこなしてくれたみたいだね』
「ええ、やはり情報通り……地下に栽培施設がありましたよ。ご覧の通り、相当の利益を上げていたものと思われます」
『やはりここでも生産されていたか……そこの施設が潰れるだけでも浅草の方はマシになるよ。その辺りを仕切っている武闘派ギャング連中にも警告になるだろうね』
「そうですね。ただ、清掃中に一つ気掛かりな事がありました」
『ほう、何だね?』
「恐らくですが……ここの中華料理店に食材を卸している業者も一枚噛んでいます。これだけの大量のマンドラゴラを捌くにしても、地下室には葉の加工場がありませんでしたし、店内の調理場にもマンドラゴラの葉はありませんでした。こちらのインスタントカメラの写真も見てください」
あの店にはおかしな事がある。
大量に栽培されるマンドラゴラの葉を、店では販売していない。
メニュー表の裏側も見てみたが、記載や暗号等は無かった。
それに、あの場所では栽培こそしているが販売するには最低でも葉を加工しなければならない。
セリ科ということもあってか、葉の大きさもかなりかさばってしまう。
調理場で包丁で加工している線も捨てがたいが、それなら料理と一緒に使うことはしないだろう。
なにせ、大麻成分であるTHCがたんまりと含有されている葉だ。
調理用の包丁についた状態で、少しでも洗浄が不十分だと食材を切った部位にマンドラゴラの葉の成分が付着したら、食べた瞬間にハイになってしまう。
表向きは中華料理店としてやっているのであれば、そんな警察に通報されるリスクはしない。
地下に加工場もあるかと思ったが、あそこには栽培だけをする場所であり、加工場と思われる場所はなかった。
『……つまり、他の生産拠点から集めたマンドラゴラの葉を集積している場所があるという事かね?』
「ええ、とにかく地下室はマンドラゴラの葉の成分がたっぷりと含んでいた場所だったので、あそこで加工しようものなら加工中にハイになって大惨事になりますよ」
『店内で加工している線も薄いかね?』
「戸棚や冷蔵庫にも入ってなかったです……もし、店内にあれだけの量のマンドラゴラの葉を保管して何かの拍子で袋や箱が破けたりでもしたら……店内の従業員や客がよだれを垂れ流し確定ですよ」
『となれば……やはり、君の指摘した卸業者が関わっているという事になるね』
「ええ、恐らく警察の摘発であったり強盗が起きても本丸を防衛できるようにどこかでまとめて加工しているはずです、業者のトラックに積ませてからやっているはずです」
『業者か……確かに、業者のトラックであれば監視の目を掻い潜れるね』
おそらく……というか、ほぼ間違いなく怪しまれずに店に出入りできるのは業者しかいない。
業者なら、食材の箱に混じってマンドラゴラの葉を回収することも容易いだろう。
中華料理店での卸業者なら箱単位で持っていくし、製麺であったり肉屋であってもプラスチック製の箱で運搬してくれる。
袋詰めしたマンドラゴラの葉を、そういった箱の中に入れておけばノーリスクで回収できる。
ヤクザに監視されていても、卸業者のトラックであればヤクザ側も変わりない光景であると判断し、察知できなかった可能性が高い。
寅田は顎に手を当てて、思い当たる節があったのか大きく頷いた。
『成程……言われてみれば辻褄が合うな。あくまでも中華料理店は栽培拠点であって、加工拠点ではないという事だね』
「ええ、卸業者も探りを入れた方がよろしいと思います」
『ありがとう。内守君のおかげでギャング連中を締め上げることが出来そうだ、今回の報酬は……一部前払い込で500万円だったね?』
「はい」
『卸業者の件はこちらでも調査しておくよ。今回の依頼を遂行してくれた件と、卸業者の件のお礼と合わせて少しばかり報酬に色をつけておくね。確認しておいてね』
「ありがとうございます」
『それじゃあ、私はこれからコレの元に向かってお楽しみの時間になるから、君を楽しみに過ごしてね。おやすみ』
「わかりました。おやすみなさい、寅田さん」
寅田との通信が途切れる。
その直後に、スクリーンに映し出されるのは『入金振り込み確認』の文字だ。
早速振り込んでくれたようだ。
=入金振り込み確認=
〇 十菱銀行:普通預金
〇 株式会社異世界マーケティング統合戦略研究所
〇 振り込み +600万円
〇 種類:報酬支払
〇 口座合計金額:1600万0810円
関東紅屋会の舎弟企業である異世界マーケティング統合戦略研究所から入金振り込みがあった。
合計で600万円の収入か……。
前払いで貰っている上に、更に上乗せで支払ってくれるとは……。
寅田も気前がいいな。
半年分の家賃まで付けてくれるとは……助かるぜ。
清掃人の仕事としては悪くない。
後は、さっきの爆発で消防と警察がやってきて事故検証の為に周囲を封鎖するだろう。
それまでにここから逃げておく必要がある。
人から隠れるには、人混みの中に潜り込むのが一番だ。
「さて……しばらく部屋に籠るとするか……」
俺は車のアクセルを踏み込んで、400メートル越えのメガタワーが立ち並んでいる新宿の繁華街に向かって走らせた……。




