chapter1-2
中華料理店には似つかわしくない地下への通路……。
ヨシムネを構えて音を立てないように、ゆっくりと奥に進んでいく……。
進んでいくにつれて、視認魔法の靄が濃くなってきた。
それと同時に……独特な匂いが漂ってくる。
(これは……森の匂い……それに、空気が澄んでいるな……地下で湿気が多くて雨の日ならジメジメしているはずなんだが……空気清浄機をフル稼働でもしているのか?)
森の奥深くで深呼吸をしているような匂いだ。
地下なのに、これほど空気が澄んだように感じるのはおかしい。
外は雨がザーザーと音を立てて振り続けている。
銃声をかき消すのには最適だが、それでも地下であれば湿気からは避けられない。
なのに吸い込む度に、もっと吸いたいと錯覚する程に心地よい匂いだ……。
高揚感というか……身体が空中に浮かんでいるかのような錯覚すら覚える。
(マズい……これは沢山身体に吸い込んではいけない匂いだッ……!)
ウットリしそうになった俺は、咄嗟に我に返って左手で口元をハンカチで覆い、なるべく息を吸い込まないようにした。
これは……地下で確実に異世界経由で持ち込まれた違法な植物を育てている。
それも、とびっきり人体に即効性のあるタイプだ。
異世界から流入してくる違法植物を日本に持ち込んで製造・販売しているブローカーは後を絶たない。
用途としては単なる物珍しさであったり観賞用として持ち込む奴がいるが……。
実際には大麻や阿片に変わる自然由来の薬物を作り出すために密売・密造・密輸をする輩が多い。
こうした薬物を作っているのは道を外してしまった異世界出身者が多い。
日本に移住したものの、馴染めずに同じ異世界出身同士で団結した連中がギャングになった。
さっき殺したオークも、ギャングの構成員だ。
なぜ分かるのか?
それは服の襟元にギャング構成員を示すバッチを身につけていた。
魔法を使えて、オークのように体格も良くて腕っぷしも利く連中は強い。
あっという間に東京中の不良を締め上げた上で、幾つものグループを作った。
ヤクザと親睦を深めて大手ヤクザ組織の二次団体になったグループもあれば、逆にヤクザや警察に喧嘩を売って白昼堂々殺人事件を起こすような危険な武闘派グループも存在する。
そんな連中の資金源として使われているというわけだ。
どんなに有明の日本と異世界の間で検査を受けている交通ゲートでチェックをしても、上級魔法使いであれば隠し通してしまうことが出来てしまうのだ。
警察も躍起になって探知犬であったり、人間の数十倍の嗅覚を持っている獣人族を雇って摘発をしているとニュースでは報道されているが……。
実際にはすり抜けている例が多い。
その証拠に地下室に到着すると、日光のような強烈な光を放つ蛍光灯にお見舞いされた。
強力な光を放つ蛍光灯の下で、ガーデニング用の鉢植えが通路部分を除いてびっしりと並べられている。
その鉢植えのすべてに植物が所狭しと植えられており、パセリの葉っぱのようなものがフサフサと動いている。
葉っぱの先からは緑色の発行体が放たれており、フワフワと空中に浮かんでは消えていく。
案の定、異世界由来の違法植物が大量に姿を現した。
「これは……異世界産セリ科マンドラゴラか……こんなに沢山育てているとはな……情報よりも多いぞ……」
異世界産セリ科マンドラゴラ……。
引っこ抜く度に雄叫びのような叫び声を放つことで有名な異世界産の植物だ。
地球原産のマンドラゴラはナス科の植物だが、異世界産のはセリ科の特徴を持っている。
セリ科マンドラゴラは漢方薬の材料として重宝されている。
特に根っこの部分。
人面で叫び声を上げる箇所は、精力剤であったり貧血症状を改善するのに使われている。
セリ科マンドラゴラも漢方薬用に粉末化した状態で所持するのは違法ではない。
違法植物とされているのは、セリ科の特徴である葉っぱの部分だ。
この葉っぱの部分からは大麻に含まれているTHC成分を多く含有している。
数値でいえば大麻草の苗一本に含まれている量を1とすれば、このセリ科マンドラゴラは一本の葉だけで20から30に匹敵する。
つまり、このセリ科マンドラゴラの葉っぱだけで効率よく大麻成分が作れてしまうので、少量であっても大麻よりも効果がてき面だ。
しかもマンドラゴラは葉っぱを刈りつくしたとしても、根っこさえ無事であれば半日ですぐに葉を再生する能力を持っている。
効果や生産性も覚醒剤や大麻に比べて段違いにやりやすいので、大量に作って儲けることが出来るのだ。
ヤクザもこの異世界産のセリ科マンドラゴラに目を付けているが、セリ科マンドラゴラは異世界人でなければ育たない上に、育成魔法が無ければ大きく育たないという欠点がある。
だからギャングはこのセリ科マンドラゴラを違法栽培している事が多い。
ヤクザの専売特許ともいうべき大麻や覚醒剤の売買は皮肉なことに異世界産のセリ科マンドラゴラの出現によって『儲けが出ない』商売になってしまった。
覚醒剤や大麻よりも効果が高くて価格も遥かに安い薬物が出回ったら、ソッチのほうに皆行ってしまった。
ヤクザから覚醒剤やら大麻を買うよりも、ギャングたちから安価で効果の大きいマンドラゴラの葉を買ったほうが安いからだ。
末端価格1グラム5千円の大麻に対し、セリ科マンドラゴラは1グラム300円から500円だ。
つまり、高くても大麻の十分の一という安い値段でギャングから買えてしまうのだ。
セリ科マンドラゴラの葉の重量は個体差もあるが一本あたり100グラムの葉を生やしてくる……。
つまり半日で葉が再生されるという特性上、セリ科マンドラゴラは一日一本で200グラムの葉を生産できるので、毎日6~10万円の利益を産み出すのだ。
ヤクザからしてみれば自分達のシマで異世界産の違法植物を売買されて利益が減らされるのは嬉しい話ではない。
むしろ縄張りを荒らされているので、彼らの面子や利権に関わる事案だ。
「一本のマンドラゴラから一日で採取できる葉の末端価格にして6から10万円……それが100本以上……毎日葉を採取したとして少なく見積もって600万円以上の売り上げか……そりゃ、ヤクザからしてみれば目の仇だよなぁ……」
今回の清掃人としての仕事も、関東地方で有力なヤクザ組織からの依頼だった。
ヤクザ組織と対立している武闘派ギャングの一派が、この台東区浅草の中華料理店を根城に製造・販売しているであろうセリ科マンドラゴラがあれば、二度と売れないように処分しろという内容だった。
その為には『手段は問わない』というお墨付きまで貰った。
さらに処分費用なども先に一部を前払いで貰っている。
大盤振る舞いというわけだ。
さて、清掃人として依頼はしっかりとこなさなければならない。
俺はインスタントカメラで写真を撮ってから、部屋の入り口付近まで戻ると魔法瓶を取り出した。
「それじゃ、ここで作っているマンドラゴラの派手な火葬といこうか」
それをマンドラゴラ目掛けて投げつけた。
魔法瓶が衝撃で割れると同時に、一気に地下室に燃え広がった。
魔法瓶の中身は火炎魔法として使うファイヤーブレスを噴射する内容物が詰まった瓶だ。
この瓶が割れたら一気に炎が燃え広がるように作られている。
ガソリンの入れた火炎瓶よりも燃えやすい。
瞬く間に地下室全体に炎が燃え広がり、俺はその光景をインスタントカメラで撮影し、マンドラゴラが叫び声を上げて根まで燃えているのを確認してから地下室を後にした。