chapter3-4
恵比寿駅近くの駐車スペースに車を停めてから鞄の反応があった周囲を絞り込む。
恵比寿駅周辺に反応があったそうだが、それでも半径一キロ圏内となれば範囲をある程度絞り込みが出来そうだ。
すでに臭いを視覚化して探知する魔法を使うために、十菱金融の人が待ち合わせ場所の恵比寿駅西口で待っていてくれた。
眼鏡を掛けた初老の男性だった。
この人が十菱金融の専務である水落さんのようだ。
すこししかめっ面のような様子で待っていた。
……時間に遅れていないが、少し待っていたのかもしれない。
水落さんに近づいて話しかけた。
「すみません、十菱金融の水落さんですか?」
「ええ、貴方が内守さんでお間違いないでしょうか?」
「はい、証拠の身分証です」
身分証を見せると、少しだけ態度を軟化させたうえで、水落さんは話し始めた。
「では、早速ですが事前にお話したモノは用意してきましたか?」
「はい……ただ、これで鞄の場所を突き止める事が出来るのですか?」
「ええ、必要なものですからね。場所を絞り込むにはこれがないといけません、これで臭いを視認して赤豹たちの潜伏場所まで案内してくれるという寸法です」
必要としていたのは、十菱金融のオフィスを襲撃した赤豹たちが落としていった証拠品の一部……血のついた鉛筆だ。
この鉛筆には襲撃した赤豹の一人の臭いが染みついている。
警備員が応戦した際に赤豹たちの一人が鉛筆を踏みつけた際に、運悪く貫通する形で突き刺さったらしい。
直ぐに引っこ抜いて投げ捨てたようだが、その時の鉛筆が残されていたようだ。
これで赤豹たちの痕跡を辿ることができる。
その鉛筆の上に臭いを視認化する魔法の気体を振りかける。
振りかけた後に俺は試験管に残っている気体を吸い込む。
どことなく喉奥に消毒液のようなツーンとする独特な臭いが染み込んでいく。
一時とはいえ、この臭いはキツイ。
……が、その臭いは30秒ほどで治まる。
すると、鉛筆の上に垂らした臭いの元を辿るように目の前に黄色の気体がゆっくりと浮かび上がっていく。
「おっ、早速見えてきましたよ……」
「ほ、本当ですか?」
「はい……水落さん、これから彼らの潜伏していると思われるアジトに向かいますので、またあとでまた会いましょう」
「分かりました。どうかお気を付けください」
「ありがとうございます、鞄を見つけ次第届けにきますので」
「はい、もし奪取が難しい場合は……」
「自爆用のコード番号を入力して退避……ですね」
「ええ、わが社の経理に関わる案件ですので……何卒宜しくお願い致します」
水落さんがペコリと頭を下げる。
よしっ、おれも頑張ってやらないとな……。
気体は恵比寿駅西口を線路沿いに向かって続いている。
そして少し道を曲がって高架橋の下を潜り抜けてマンションが密集している場所で反応が大きくなる。
住宅地に潜伏しているのか……。
恐らく協力者によって匿ってもらっているんだろう。
でなけりゃ、今頃国営ヤクザの警察とこの辺を取り仕切っている関東紅屋会のヤクザに捕まってボコボコにされて自白しているか、東京湾の奥深くで魚たちと楽しく海水浴を楽しんでいる頃さ。
そうこうしているうちにたどり着いたのが、地上5階建てのマンション『ピクセルライフ・恵比寿マンション』だ。
マンションの入り口に気体が集中している。
恐らく、このマンションに逃げ込んだようだ。
「さて、ここからは透視魔法の出番だ。まだ臭いを視覚化する魔法は有効な状態だ。これで何処の場所に隠れているかチェックするぞ」
透視魔法の入った試験管の蓋を開けて、一気に気体を吸い込む。
透視魔法の色は無色透明だが、匂いはハーブ系の香りだ。
透視魔法の特徴として、壁越しに隠れている相手が3D線画のような状態で視認できるようになる。
ちょうど最初期の3Dゲームソフトみたいな感じで目の中に映し出されるというわけだ。
銃を何時でも取り出せるようにしてからマンションに入り込む。
十菱金融を襲った赤豹たちは少なくとも10人以上。
もし襲撃犯が大人数で押しかけてきたとすれば、複数の部屋を占領している可能性が高いな。
マンションの管理人を脅したり、殺したりして部屋に居座っているだろうな。
早速、マンション入り口にある管理人室に立ち寄ってみよう。
「あの~すみません~何方かいらっしゃいますか?」
管理人室の前で声を出して尋ねる。
少しだけ待っていると、部屋の奥のドアが開いて管理人と思われる人が出てきた。
管理人は若い男性だった。
彼の口元や手には痣のような跡がある。
殴られたのだろうか。
……彼が入ってきたドアの向かい側に2人ほどいるな。
2人とも武器を持っている。
構え方からして銃……。
形状からしてUZIじゃなくてMAC10か……。
合衆国崩壊後に日本に入ってきた銃で、大阪の小学校で起こった銃乱射事件で社会問題化した銃だ。
法規制がされてフルオート機能は制約されたはずだが、ギャング集団に限って強引にフルオート化する装置を取り付けて武装している。
向こう側にいる連中も、そうしたフルオート機能を取り付けたやつだろう。
良くも悪くもマシンピストルとして有名な銃だ。
全く、魔法が当たり前の世界でも銃が強いのは皮肉なもんだな。
「は、はい。お待たせしました……何か御用でしょうか?」
「ええ、ちょっとばかりお尋ねしたいことがありましてね……こちらを見てもらってもいいですか?」
俺は紙を取り出して、管理人に【あなたは今、部屋の後ろにいる人に脅されていますか?口頭での回答が難しい場合はこちらの YES か NO に指をさしてください】と書いたメモ用紙を渡した。
もしハイと言ってしまった場合、後ろから撃たれる可能性がある。
「それで……質問ですが、そちらにお心当たりはありますか?」
「いいえ……ありません」
口頭では管理人の男性は否定する。
しかし、紙に書かれた回答には『YES』の所を指をさしている。
ビンゴだ。
次に【マンションに赤豹はいますか?YES / NO】と書いた紙を渡した。
「赤豹がこの近くに逃げ込んだようですが、ここには来ましたか?」
「いいえ、き、来ておりません……」
管理人は声を震わせて回答する。
これも【YES】と指をさしている。
このマンションは赤豹たちに占領されている。
すると、後ろのドアに居た二人が姿勢を変えて銃を構えてきた。
あいつら、俺たちを撃つ気だ。
「伏せてッ!」
管理人の男性を伏せさせる。
それと同時に、俺はヨシムネを二丁取り出してドア越しに隠れて様子を伺っていた二人の身体を撃ちぬいた。




