chapter2-9-Extra
三人称視点が含む回です。
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首都東京は眠らない。
ありとあらゆる富が蓄積された都市。
世界中を見渡してもここまで繁栄されている都市はそうないだろう。
異世界に通じる有明との物資運搬がし易いように道路と鉄道網がパソコン内部のケーブル線のように絡み合っている。
東京湾に浮かび上がる巨大広告に、高さ500メートル級のビル群が林の如くポンポンと生えてくる。
まさにビルの人工林で出来た街だ。
途轍もない成長を見せている日本だけに与えられた特権でもある。
そんな東京の空には箒にまたがっている魔法使いがひっきりなしに空中を飛んでいる。
空のネオンの灯りと空中に表示される交通表示に従って順序を守って飛んでいる姿が何ともシュールであると同時に、日本と異世界にしか見られない都市部の空まで過密している様相を物語っている。
そんな東京の赤坂にある高級ホテル『新満鉄ロイヤルホテル』では日本のトップ政治家が、部屋の外で活動をしている景色を眺めて束の間の休息を味わっていた。
「いやはや……こうして東京の街を見るのも悪くはないですね」
彼の名前は岸部信三……。
日本国第90代目の総理大臣だ。
与党『日本進歩党』の党首であり、アメリカ合衆国が内戦による分裂を起こし、欧州やソ連が核戦争によって崩壊してからは実質的に世界有数の先進国である日本が世界のトップに君臨している。
そのため、世界のリーダー的存在の役割を担う政治家でもある。
『昭和の怪物』と呼ばれた旧満洲国の官僚で、戦後にアメリカ合衆国との安全保障法案を制定した岸部信助を祖父に持ち『終わりなき経済成長』と呼ばれた空前絶後の好景気を産み出した時の総理大臣、岸部新太郎を父に持つ首相経験者の一家に生まれた。
また彼は政界入りを果たす前に、異世界に関する事業などを手掛ける事業『異世界リクルーティング株式会社』で会社員として経営管理を3年間担っていた経験を持つ。
この日本は、実質的に岸部家と彼らを支える官僚によって日本の政治体制は確立されているのだ。
だが、彼の仕事は決して楽なものではない。
国会では法案の制定などを巡り党内の意見をまとめたり、同じ党内部における政治権力闘争にも参加しなければならない。
日本の一人勝ち状態となっている経済体制によって、日本進歩党を中心とした与党は衆参両院で590議席を有しており、実に8割以上を日本進歩党が議席を獲得しているのだ。
ごく少数の野党勢力は選挙で勝利して当選こそしているものの、大半の政策は与党の賛成多数で可決されるのだ。
事実上の一党政党で大躍進をしているものの、安泰を手に入れた日本進歩党の党内政治は派閥争いによって複雑化している。
まずは岸部総理を中心とする莫大な経済的恩恵を日本と友好関係にあるアジア諸国や異世界諸国に分配し、日本を中心とした新アジア経済圏を重要視している平和路線派の『進歩政友派』……。
その進歩政友派と同盟を組んで、よりリベラル的な政策内容を提言する穏健派……戦後の外交重視の吉田シゲオ元首相の思想を受け継いだ『吉田派』が党内の三分の二を占める議席を有している。
対して残りの三分の一は、日本の経済的・軍事的な力を持って世界の治安を平定し、恒久的な世界統一政府の樹立を実現すべきと訴えるタカ派を中心とする『皇国書紀派』が対峙している。
皇国書紀派は太平洋戦争時やそれ以前における日本の帝国時代の思想を受け継いだ派閥であり、ノーベル文学賞を受賞した『胎動する日本』の著者で、日本進歩党議員の「千十田直哉」を中心に出来た戦前回帰主義とも言える者達で構成されている。
冷戦時代に米国とソ連の両者から圧力を受け、日本が敗戦した原因が列強諸国による物量に負けたことを挙げ、二度と日本が負けないようにするために脅威となる芽を摘むことを主目的としている。
この皇国書紀派と呼ばれるタカ派は、肥大化した日本の経済と連動するかのように動きが日に日に増している。
その一例として、かつては日本に否定的であったマスメディアに関しては手のひらを返すかのように、自国賛美と愛国的なナショナリズム運動を支持する報道を繰り返している。
これは元日本国営放送局幹部であった千十田がテレビ局時代の人脈を伝って放送しているのだ。
現在の日本政府を『軟弱で弱腰外交をするな』『より世界のトップとして強権を振るえ』とこれまでの平和主義者で自衛隊にすら拒否的な反応すら持っていたアナウンサーが主張を180度回転させ、手のひらが骨折する勢いで軍国主義を擁護する発言を口角泡を飛ばしながらニュースで述べている程だ。
「全く……千十田君は困ったものですよ……彼らは手段を選ばずにやってきますからね」
タカ派は進歩政友派や吉田派の切り崩しを図っており、今年に入ってからは進歩政友派からは10名、吉田派からは6名の議員がタカ派への鞍替えを行っているのだ。
この派閥の鞍替えに関しても、清掃人を使って脅しをしていたりハニートラップを仕掛けて懐柔させた事を岸部総理は把握している。
水面下では既に政治工作すら行われている。
つまるところ、同じ党であっても常にバチバチに互いに銃口を向けているようなものだ。
岸部総理にとっても、党内部が分裂することへの危惧している問題でもあるのだ。
そんな党内問題すらも忘れ去られてくれるのは岸部総理が得意とする外交であった。
「総理、各国の要人の方々がお見えになりました」
「分かりました。部屋に通してください」
岸部総理の元にやってきたのは、現在内戦によって分裂状態にあるアメリカから親日的な西部アメリカ共和国大統領や、地域核戦争後のヨーロッパ代表国となったオーストリア首相、日本との軍事同盟を締結した韓国や台湾、英国領香港やインドネシアといったアジア諸国、それから異世界側で日本の庇護下にある複数の王国政府関係者であった。
「総理、この場をお借りして話合いの場を設けてくださったことに感謝しております」
「いえ、こちらとしてもお会いできて幸栄です。さっ、席が開いておりますのでどうぞおかけください」
このホテルの一室で話し合うのは、現在日本の庇護下にある各国への支援を行う具体的な経済政策と、異世界における地下資源に関する内容であった。
岸部総理は代表者たちが見れるようにテーブルの中心に位置する場所に座り、話を始めた。
「我が国が管理を行っている地下資源ですが、現在の採掘状況は前年度に比べて5%の増産が確約されております。5%分の資源ですが、西部アメリカ共和国とオーストリアに優先的に配分する事ができそうです」
「本当ですか?!ありがとうございます!ロサンゼルスとサンフランシスコに新しく居住区画を作ることができます!」
「それは嬉しいニュースですね。我が国としても核戦争後の地域復興のために使わせていただきます」
日本が異世界との窓口となり、良質な異世界産の地下資源を異世界側の国から買い取り、世界中に輸出している。
石油・鉄鉱石・レアメタル……。
さらには魔導工学に欠かせない魔石に関しても、日本企業による優先的な入札が約束されているのだ。
また異世界側には複数の日本企業の石油コンビナート群であったり、地下資源採掘場が国有企業によって管理・運営されている。
実質的に異世界すらも日本が支配しているも同然なのだ。
また国鉄、日本郵政公社、電電公社、日本航空といった国有・公共企業が異世界に参入しており、異世界の【日本化】を急速に推し進めている。
左車線、右側ハンドルといった日本車特有の左側通行が規準とされ、国鉄では80年代から90年代に掛けて製造されたディーゼル機関車がひっきりなしに資源運搬のために走っており、鉄道網が敷設されているのだ。
世界中で日本製品や異世界産の天然資源が輸出されている。
これらの企業だけでなく複数の大企業グループも参入して経済面でも異世界は日本に支配されているのだ。
日本による安価な天然資源配分は、世界中の資源バランスを変えてしまった。
今では日本の庇護下や同盟関係にある国家は日本の経済圏に入れば多大な恩恵を受ける反面、日本に逆らうことは出来ない。
特に地球ではアメリカという一大軍事大国が消失したことで、アメリカの軍事力に頼っていた周辺諸国は、新しい覇者となった日本に頼るしか生き残る術はないのだ。
「釜山における都市開発に関しても日本企業の協力が不可欠です。日韓トンネルが開通して20年という節目になりますが、やはり最近ではキャパシティ管理を超える量の物流が入ってきており、改善が必要不可欠です」
「台湾や香港も同様です……それに南部中華連合と北部共産同盟との戦闘で多くの難民が押し寄せております。こちらも受け入れてはいますが、既に収容所の収容人数を超える数に膨れ上がっております」
「インドネシアですが、再びゲリラの活動が活発化しております。パプアニューギニア方面が厄介ですね……」
「なるほど、順番に整理した上で解決策を模索しましょう。まだまだ時間はたっぷりありますから」
それを一カ国ずつ聞いた上で、岸部総理はメモを取ってから話し合う。
これが岸部総理にとって党内対立間でのいざこざを忘れることができるやり方でもあった。
難しい話合いが終わったのは深夜1時30分を回った頃であった。
大好きな焼肉を頬張る岸部総理の元に一通のメールが届いた。
メールの送信者は信頼している党内の議員からであった。
『異世界人ギャングで構成された赤豹が都内各地で襲撃を起こしました。既に多数の死傷者を出しております。日本進歩党の原宿区議会議員の自宅も襲撃されて複数人の使用人が死亡しました。党としても企業やヤクザと協力して清掃人を使って解決しますか?』
箸を止めて、岸部総理はメールを返信する。
『清掃人を使って構いません。ギャングに関しては企業やヤクザと連携して問題を解決してください』
『分かりました。そのようにお伝えいたします』
表立って政府が動けば反発する住民によるデモが過熱する。
そのため、清掃人を使ってやったほうが政府への批判も少ないのだ。
「はぁ……全く……異世界と繋がった結果ですね……」
岸部総理はため息をつきながらも、束の間の休息に入る。
そして、この時に内守との関わりが繋がるのであった。




