chapter2-8
「チップカードを寅田さんがくれたの?」
「ああ、結構な額が入っているぜこれ……」
チップカードの中身を照合するために携帯を取り出してスキャンをする。
携帯には『こちらのチップカードの残高は500万円です』と書かれている。
寅田が偽のチップカードを渡すような人間ではない事は知っている。
500万円のチップカードがあれば、シホに好きなだけ買い物をする事だって出来る。
だけど……。
「やっぱり、ホット・セーブが一日でも早く再開できるようにしたほうがいいよね」
「うん、私ならホット・セーブに寄付しちゃうかなぁ……」
「だよね。今回店側被害者だし……そっとハンスリー君を呼んで渡しておくか……」
ここはホット・セーブが一日でも早く再開できるようにしたほうがいいだろう。
保険会社もギャングの抗争等で損害を受け場合の保障はしたがらない。
やったとしても数十万からよくて100万円程度だ。
店のガラスやアンティーク品も損傷を受けたりしているし、何よりも高級コーヒー豆までも袋が破けている状態だ。
このままじゃ店の再建すらおぼつかないだろう。
ハンスリー君にチップカードを渡そうとした時にパトカーがやってきた。
事件が起こってから20分後にようやく警察が到着した。
白黒のパンダカラーのパトカーだ。
「POLICE 警察」の黒字がでかでかと書いているセダンカーだ。
赤色灯を焚いて、サイレンを鳴らしてやってきたがパトカーが一台しか来ていない。
全く、ヤクザのほうが早く到着しているぞ。
到着したパトカーに搭乗していた警察官は小太りで中年の巡査長と、その部下と思われる女性の二名だけであった。
「あれ、他の警察官は来ないんですか?」
「来ない来ない、当面来ないよー」
「新橋で格差是正抗議デモに伴う暴動が起きましてね……その鎮圧のために署内の大半の警官が出払っているんです」
「はぁ……そうですか……」
中年警官は死体を見て「おほぉ^~派手にやったねぇ~」と語っている。
まるで他人事のようにギャングたちの死体を眺めているが、この巡査長は聞き取りなどもかなり適当にやっている。
「それでーここの店の店主は誰かな?」
「あっ、私です……」
「あー、災難だったねぇ……ま、保険で幾らか降りると思うし、写真を撮って保険会社に連絡入れてね~」
「えっ、あの……この死体とかの処理はしないんですか?」
「すみませんが我々はあくまでも事件の処理手続きだけとなります。申し訳ないのですが、ギャングの死体処理に関しては処理班がくるまでこのままとなります」
「いつ頃くるんですか?」
「そうですね……遅くても午後6時ぐらいには来るかと……」
「午後6時?!それまでこのままにしていろと?!」
「まぁまぁ、今はどこも人手不足で大変なんですよ。夏場よりはマシですし、ドライアイスでも仏さんの周りに撒いておいておください」
「そんな……早く店内を片付けないといけないんですよ?」
「んぅ~それはしょうがないけど我慢してもらうしかないねぇ~……処理班もあちこちで活動しているから時間が掛かるのさ」
ギャングの死体を半日以上野ざらしにしろとのことだ。
暴徒鎮圧のために出払っているのはまだ致し方無いにしても、最低でも事務的な処理ぐらいはしっかりとしてもらいたい。
死体の周りにドライアイスばら撒けとか……。
また、ギャングを撃ち殺した俺は正当防衛であることを周囲の人が説明してくれたことで、逮捕とかはされなかった。
巡査長から事情聴取を受けたのだが……これまた人をいら立たせる言動を繰り返していた。
「……あ~それで、店内に押し入ったギャングを君が全員撃ったのね?」
「ええ、女性が暴行されそうになっていたので……無我夢中でやりました」
「そうかー……聞き取りでも正当防衛だったみたいだし、今回は問題ないよ」
「ありがとうございます」
「でもさ……中々ない機会ですっきりしたでしょ?」
「……それはどういう意味です?」
「銃所持が合法化されて20年近く経っているけど銃を持っていても使う機会はないし、ギャングでもむやみやたらに撃ち殺すのは正当な理由がない場合は犯罪になるからね。今回みたいに思う存分撃ち殺せる気分は良かったでしょ?」
俺が今回好き好んで銃を発砲したと思っているのか。
全く、好きで撃ち殺したわけじゃない。
シホとのデートを台無しにしたのと、ハンスリー君や寅田の娘に暴力を振るったから殺したんだ。
それに、俺は清掃人だ。
依頼されれば殺人だってやる。
それが仕事だからな。
好き好んで殺しをするのはサイコパスや独裁者ぐらいだ。
仕事と身の危険……それから周囲に害を成す存在を消すために殺す。
快楽のために殺しをすると一緒にしないでほしい。
きっと俺の額には青筋が立っているだろう。
だが、ここは穏便に巡査長の問いに頷くしかない。
揉め事を増やしたくないからね。
「……まぁ、否定はしないですね」
「でしょでしょ???だからね、ギャングをぶち殺した気分ってどんなものなのかなーと思ってね」
「……あっという間に死んだとしか言いようがないですね。因果応報ってやつです」
「ははは、そうだとも。あそこで倒れているのは日本の治安を脅かしている害虫さ。勝手に増えて、勝手に増殖し、勝手に繁殖している……異世界人もいいが、悪いが増えれば増えるほど日本に害を成すトコジラミのような連中だよ。死んで当然さ」
「……」
「ま、君も社会貢献したんだしさ。誇ってもいいんじゃない?」
何とも賛同しにくい言葉だ。
異世界人の事に対する憎悪表現というやつだ。
傍にいたシホもあまりいい顔はしていない。
全く……過激な極右排斥主義みたいな事を語る警察官だ。
そんでもって、職務放棄に等しい行動の数々にさすがの俺でも痺れを切らす。
「お巡りさん、一つ聞きたいんですが……」
「ん~?なんだね?本官はまだこれからやる事があるから忙しいから手短に頼むよ」
「せめて店内の死体の処理を行う班を優先的に回すことはできないのですか?」
「んー警察管轄ではないけど1体1万円で駆けつけてくれる業者はあるけどねぇ……あくまでも紹介手数料とかが必要でねぇ……」
「ここに15万円ある。お巡りさんの分のチップ込みです……これで今すぐ業者を呼べますか?」
あまりにも五月蠅いので、そっと札を見せた。
「……ちょっと待ってね」
巡査長はそう言って事務処理を済ませるとパトカーに戻って無線でやり取りをしている。
どうやら死体処理を行う民間業者を派遣するように取り合っているらしい。
民間業者……ではなく、恐らく死体から臓器を抜いて売買している臓器ブローカーだろう。
ギャングの死体などを漁り、死体から無事な部位を取り出して販売する連中だ。
警察としても身元引受人がいないギャングの死体の処理に苦労しているようだし、臓器が誰かのために使われるのであれば、それも本望かもしれない。
無線で話した臓器ブローカーと思われる連中が商業用のバン数台が駆けつけてきた。
人間やドワーフ、それにゴブリンといった多種族で構成されているブローカーは、巡査長に認可書の紙にサインを貰ってから、死体をそそくさと持ち運んでバンに詰め込んでいく。
死体をバンに詰め込む度に、冷凍魔法を付与して凍らせている。
恐らく、臓器の腐敗を防ぐためだろう。
傷物になったら商売にならないからね。
3分も経たずに業者が全ての死体をバンに詰め込み、あっという間に立ち去ってしまった。
「コレデ、ドウカヨロシク」
「おお、これよこれ!これを待っていたのよ。ありがとう!」
「イイデスヨ、オタガイサマデス」
帰り際に、業者の代表者が警察官に謝礼として袋に入れた現金を手渡ししている。
全く……典型的な汚職警官のやり口だ。
これで俺から15万、さらに臓器ブローカーから数十万の利益を得た巡査長はホクホク顔だ。
「よし、それじゃあ本官はこれで次の現場に向かうので失礼するよ。後は頼むよ」
そう言って部下の女性を現場に残して立ち去っていく。
気に入らないヤツだが、これでハンスリー君と落ち着いて会話する事が出来る。
「ハンスリー君、ちょっといいかい?」
「え、ええ……もしかしてさっきの業者は……」
「俺があの汚職警官に賄賂を渡して民間業者に呼んでもらって処理したよ。流石に半日以上ここに死体を放置するわけにはいかないからね……」
「すみません、何から何まで……」
「良いって事よ。それに、ああいう汚職警官は金で黙らせるしかないんだ。それに、下手に言うと権力を盾に逮捕をちらつかせて脅したりするから質が悪い……これで店の掃除もできそうか?」
「ええ、2~3日ほど時間は掛かりますが、これで掃除と窓ガラスの交換ができれば……」
死体も片付いて、ようやく店の掃除ができそうだ。
「それは良かった。それからこれは心ばかりの気持ちだ……受け取ってくれ」
「それって高額用のチップカードじゃないですか……いやいや、受け取れませんよ」
「いいんだ。彼女と話をしてこの店に寄付したいんだよ。ユーリンが絶賛した喫茶店が一日でも早く営業再開できる事を望んでいるんだ。どうか受け取ってほしい」
「……分かりました」
ハンスリー君は少し間をおいてチップカードを受け取ってくれた。
金額までは話していないけど、500万円なら店も超特急で修理できるだろう。
「あの、改めてお名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「内守だ。こっちはシホだ」
「内守さん、シホさん……本当に、今日は何から何まで助けて頂いてありがとうございます。店が復旧したら必ず御呼び致します。あの、電話番号を教えてもらってもいいですか?」
「ああ、いいとも。これが携帯電話の番号だ……店が直ったら連絡を入れてほしい」
「ええ!必ず!」
メモを取り出してハンスリー君に携帯電話の番号を書いた紙を渡す。
「次、いらっしゃる際には貸切に致しますね!」
また来るときは貸切で店を開けてくれる約束までしてくれた。
いいね、人には親切にしておくべきだな。
「それじゃあまた。日を改めて……シホ、行くよ」
「うん!」
シホと一緒に俺はホット・セーブを後にした。
こんな日もあるさ……。




